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直前に読んだ「杳子・妻隠」からかなり年月を下って、70歳くらいの時に書かれた短編集とのこと。確かに文体はよりずっしりと重く、滔々と流れる文章には経てきた年月にふさわしい品格がある。
ただその分作者個人の思索、思い出が整理されないままに作品にびっしり絡んで混ざり合っていて、もはや不可分になっている印象。頭に浮かんだことがそのまま次々と文章になっていて、誰が、いつそうしていたのか、今主人公はどのあたりの年齢なのか、そういったことが読んでいてかなり分かりにくい。というか、私には分からなかった。私がぼんやり読んでいるせいかと思ったけれど(それもあるだろうけど)、これはやはり意図的に曖昧にして読者を迷い込ませる趣向なんだろうか。
人の頭の中をそのまま見せられているような、病人か耄碌した人の話を延々と聞いているような怖さがある。現実を一段踏み外したようなとりとめのない思考が続く中で、女性や性の描写だけが妙に生々しく臭い立つようでそれもちょっと怖い。
「まるで愛憐の情を棄てた神の眼だ、いや、この冷徹さそのものが、愛憐なのかもしれない」
それは、私もそう思います。