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この本は、いかに社会が様々な点において「軋んでいるか」が書いてある一冊である。一つの問題に対して考察しその問題の対処法を考案するというより、著者の目から見て現在社会に存在するように見える問題の洗い出しを行っている。
第一章「日本の教育は生き返ることができるのか」では、過去(1960年代)と現在(2008年)の「学歴社会」の違いについて主に考察し、現状の格差社会における教育の役割について著者の考えが述べられている。過去の「学歴社会」は新卒が会社に入った後、社員間の「学歴格差」により給料の上がり方などが違ってくることを主に指していたが、現在では「会社に入る前の段階」において「学歴格差」が影響を及ぼしているという点は興味深かった。また現在のキャリア教育は就業観や勤労観を養うものであり、道徳的性格が強く実際にスキルを得るには程遠いという点も同意だった。
第二章「ハイパーメリトクラシーに抗う」では「学歴」で人を判断する「メリトクラシー」から、「学歴があることはある程度当たり前」で、その上にコミュニケーション能力や人間力などの測定できない、取得するのに長時間かかるような能力を雇用側が要求してくる「ハイパーメリトクラシー」に社会が変化し、それが現在の若者に対してどのような影響を与えるかが書いてある。本田さんがいろいろな場所で発言されている「柔軟な専門性」も面白かったが、章の最後の「恵まれない他人の現状の原因をその他人自身の中に帰着させる若い男性」に対する考察が鋭いと感じた。その若者の多くは狭いコミュニティの中での他人から見られる自分像にすがって生きている場合が多く、そういう状態は簡単に彼の地位を反転させ彼自身が「排斥」される立場に陥る可能性が高く、それを現在のいわゆる「成功者」は認識すべきだと著者は述べている。
第三、四章では、(対談方式、本田さんは他にも必要な要素があるといっていたが、主に)「自分の好きなことを仕事にすること」で雇用側が労働者の「やりがい」を搾取し、労働者を「働きすぎ」の状態に誘っている効用側の現状と、実際に対談者が接した「排斥された労働者」について書かれている。
第五章「排除される若者たち」では若年労働者が「現実」と「言説」の二つの意味で排除されている現状について考察している。「現実」の排除とは労働形態が多様化することによって企業は正規労働より必要なときに必要なだけ働いてもらう非正規雇用に雇用形態の中心をシフトし、非正規雇用労働者が過酷な労働条件での労働を強いられる現状を指している。これは社会が労働者の親世代の余剰に依存していることが大きな原因として挙げられている。「言説」の排除とは厳しい労働環境にある労働者の現状の原因をその「労働者の中」に求める風潮を指す。この風潮は政府の戦略やマスメディアの煽りによって生まれている。これら2つの排除に現在の労働者、特に若年労働者は苦しめられている。
第六章ではヒップホップアーティスト、評論家、そして学者が対談する中で「文学によって上(政府、社会、etc)からの押し付けへに対抗できる可能性」について模索している印象を受けた。第七章では若者へのメッセージが書かれてい��。成功している若者たちに対しては「一緒に社会に対抗してもらえませんか」と問いかけ、苦しんでいる若者には「それはあなたのせいではないですよ」と呼びかけている。最後に第八章では、学校教育で何も社会に出る準備ができなかった若者が就職活動中に急に「社会の中における自分」を求められ苦しんでいる現状について分析している。
データが多く読みづらい部分も見られるが、現在日本における家族、学校、会社の間の関係性に関して深い考察を行い、様々な示唆を与えてくれる良書である。最後に本文中に書かれている、僕が心を打たれた著者のメッセージを載せる。
「必要なのは他者のつらさに思いを馳せ、それが自分のつらさとは違っていても、つながりのあるものとして感じることである。そして自他のつらさをできるかぎり正しく言い表し、共有するための言葉をつむいでいくことだ。ぴかぴかした理念でも、単純な決めつけでもないような、鍛えられ、練られた言葉を。」本田由紀
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筆者の近年の主張や概念(ハイパー・メリトクラシー、やりがいの搾取etc...)が見事に縮約された一冊。
細切れにされたかのような社会の、至る所で起きている軋み。教育、仕事、家族。日本のいびつすぎる現状が描き出される。
あとは、このようにあぶり出された軋みからいかに声を集積し、具体的な力としていくのかが問題なのだが…
とにもかくにも、それが出来ずに軋み続けているのが現状なのだ。
その解決の糸口に関しては、やはりこの本の主張だけではカバーできない。
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社会学者による教育、仕事、家庭、若者の現在についての考察。
元々、高校や大学におけるキャリアキャリア教育の充実が必要だと自分は考えていたが、著者はそれを専門高校の復権と絡めて、柔軟な専門性といっている。
これは僕も一部賛成である。もっと早い時期、中学生くらいから行うのが個人的には理想だ。
他にも、正社員と非典型労働の格差是正、人生前半の社会保障の充実という考えは賛成だ。
学者の方なので、具体的な解決策はないが、これは一人一人が考えなければならない問題である。
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筆者と同い年である。ここ数年来、メディアに登場することも増えてきた気鋭の教育社会学者である。教育と仕事と家族が研究テーマだそうだ。この本が初出されたのは2008年。くしくも安部首相が退陣したころだ。この本を今、読んでも当時と何も変わらないことに衝撃を受ける以上に、より選別や排除の論理が進んでいる気がする。一方では絆といいながら、選別と排除をテーゼとする人が人気取りを競っている。今の状況を変えていくには時間がかかる。かかるからこそ、一見、決めれない状況に見える。がらがらポンで一気に決めることより、よくよく考えながら行動する時間が必要であると思う。
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私たちの生きる社会がどんな風になりたっているか、社会でよいとされてること、見て見ぬ振りをしている事実がなぜこのままではいけないのか。私たちはきちんと知らないとだめだなと思った。世の中に対しての“それはちとおかしい”という見方が私は好き。鵜呑みにせず、自分の意見を放つ言葉が私は好き。
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本田由紀さんの短い論考を、テーマごとにまとめたもの。教育社会学ってよくわからないけれど、労働と家庭と教育をトライアングルにしてそれぞれのつながりが今、日本では不適合をおこし、ぎしぎしと軋んでいる。その分析も鋭いが、それに対してどんな対抗提案をするかまで踏み込んでいるのはすごい。ただし、どれも、実現可能性が低いなと思えてしまうのが残念。
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「楜沢 小説をひとりで読むのが近代文学なんですが、もともとプロレタリア文学には、「壁小説」というのがあって、壁にはられた小説をみんなで読んで、みんなで考えるという手法があった」ー 223ページ
小説の出版数とかいろいろ厳しいと言われるようになって久しいし、今この時期に小説家になろうと思う人はよほどの酔狂か現実逃避者が大半なのだと思わざるをえない状況なのだが、それでも小説というものーーあるいは物語というものーーにあえて拘泥するのだとすれば、なにか別の表し方、手法について考えてみるのも必要なのだと思う。
そのあたり、星海社とかいろいろ実験的にやってて面白いと思うし、こういうところが盛り上がればまだ未来はありそう。小説で定石、当たり前と思っているところを崩すとしたらどのへんか。一人で書くというあたりか、読者と一体一の対話というところか、紙媒体というところか文字媒体であるというところか、さてどのへんなのだろう。
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特に引用する部分が無く、まぁ、他著で言っている事を焼き増ししているだけなので、これといった感想はありません(笑)
悪い本ではないのですが、著者の熱が理論を邪魔して、説得力に欠ける部分もあり、もう少し学者らしく仕上げてほしかったなぁと感じました。
僕の評価はAにします。
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3章の「やりがいの搾取」の概念はなるほどと思った。
しかし、全体的には共感ができない論理展開が多く、また、本自体が非常に読みにくい・・・読みにくいから理解できず、共感できない点もあるかもしれない。
若者のことを考えるように、読者のことも考えて欲しい。
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[ 内容 ]
夢を持てない。
将来の展望が見出せない。
社会の軋みを作り出したのは一体誰なのか。
その負荷を、未来を支える若者が背負う必要などあるのか。
非正規雇用、内定切り、やりがいの搾取で拡大する「働きすぎ」…今、この危機と失意を前にして、働くことの意味はどこにあるのか。
文庫版増補として、「シューカツ」を問う論考を追加した、若者の苦しみを解き放つ糸口を探る一冊。
[ 目次 ]
1 日本の教育は生き返ることができるのか
2 超能力主義に抗う
3 働くことの意味
4 軋む社会に生きる
5 排除される若者たち
6 時流を読む―家族、文学、ナショナリズムをキーワードにして
7 絶望から希望へ
8 増補・シューカツを乗り越えるために
[ 問題提起 ]
[ 結論 ]
[ コメント ]
[ 読了した日 ]
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教育と仕事の格差について。
働きすぎるシステムはとても納得。ゲーム性や奉仕性など、時間をかけた分だけ仕事量もサービスの質も上がるのは当然。
吉田修一が「現代のプロレタリア文学」と書いてあって、自分の感じ方を言葉にしてくれた感じが嬉しかった。
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いくつかのレポートをまとめて1冊にされている。ここにも湯浅氏が登場し、ぶれない持論を展開。全体に「今はこうだから、これからこうしよう」という提案や投げかけはなく、現状を知ろう、ということだ。本田さんは自分の意見よりも他人の受け売りをわかりやすく解説するのが得意らしい。引用元も示しているので悪いことではない。