紙の本
理解できない...力不足です
2012/04/20 12:05
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:のちもち - この投稿者のレビュー一覧を見る
この世代は、プロ野球ファン、ひいきの球団の熱狂的な信者、が多い。今のプロ野球はちょっとスマートでキレイすぎるんだけど、以前はもっと「男くさい」感じで、中華料理屋のテレビ中継が似合う感じだった。著者自身は、かつてはジャイアンツ、大人になってからはアンチジャイアンツ、とわりとフツー(?)なタイプかもしれない、というくらいの前知識。
野球に関する小説だと思っていました。三島由紀夫賞を受賞した作品ということで、ご多分にもれず「野球好き」な自分としては、野球に絡んだ「感動」を勝手に期待しておりました。が...
正直、よくわからない、というのが感想です。ストレートな野球の小説では、少なくともありません。既に読まれた方の書評によると、本書の「深さ」や「面白さ」を感じていらっしゃったり、「野球にカタチを借りた日本文学に関する内容だ」とか、さすが「読み解く」力が備わっている方は違うな...と思わせる書評が並んでいる。
...残念ながら自分はそこまで深読みはできませんでした。「ポストモダン文学の鬼才」とされる著者の表現力は理解するには高尚すぎました。著者が日本野球に対してもっている想い、或いは文学そのものの味わい、どちらも理解力を越えておりまして...
ただ。これは何とも不思議な現象なのですが、クエスチョンマークでいっぱいになったアタマですが、読んだ後に、「この世界観」に浸されていることに気が付いたのです。次の本を読み始めたのですが、それはノンフィクションの内容であるにも関わらず、この本に対する「理解しよう...できない...でも何とか感覚でもいいから...」という気持ちが抜けなくて、完全に引きずっております。これをどう表現してよいものやら分からないのですが...
一部「実名」でプロ野球選手を登場させている場面があります。当時だから許されたのか、タイガースだから許されたのか、実名で架空のキャラクターをかぶせる、という荒業。これをどうとらえるか、なのですが、自分にとっては、これがある意味印象的で、「後に引きずる」原因になったように思われます。
最後の方になってやっと、ちょっとだけ笑える「余裕」がでてきました。これが理解の入り口なのかも...分からなくても読んじゃう、ミステリアスな世界。
【ことば】 晴れた空。緑の芝生。試合が始まる直前の、胸がしめつけられる気持ち。スタンドを埋めた観衆がかれの名前を連呼する...ああ、野球がやりたい!
これが、人工芝、屋根付き球場でやる野球に対する批判なのか?わからないけれど、プロ野球だって「効率」だけではなく、フィールドで野球をする選手たちの「純粋な」子どものときに初めてキャッチボールをした時のような気持ちを感じることが、見る側にも楽しさを運んでくるもの、である気がします。
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初高橋源一郎。おお、これがポストモダン文学ってヤツか。面白いけど、どうすりゃいいんだこれ?・・・ま、なんかたぶんこういう小説書く人なんだろうな、と予想はついてたんだけど、ここまでむちゃくちゃやっていいんだ。それが俺の中で衝撃的だった。ブローティガン読んでこういうのやっていいんだと知ったんだけど(ブローティガン以上に比較されるバーセルミは読んだこと無い)、あれとはまた一段階むちゃくちゃだ。面白いけど、これやってどうするんだろう?ポストモダンはやっぱり元気出ない方向性のような気がする。あと思ったけど、舞城王太郎とかって、こっちから攻めてるって理解すればいいのかな?
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高橋源一郎はステキです。
チャンイーモウみたいな雰囲気を読む本。
野球狂でなくても楽しめる。かも。
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某球団の選手たちを神々に見立てて、日本野球という神話を創生しているようです。大変アクロバティックで、刺激に満ちた作品だと思います。
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第1回三島由紀夫賞受賞作。
日本野球を通して日本文学を思想し、語る。
やっぱこの人天才。
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メタファーとしてベースボールをつかったお話
中年になるとバンドして一塁走者を二塁に送ることが大切だとか
速球を投げるのは、おかしを食べるようなものだとか
そういったわけが分からなくなるけど、
ふむふむと相槌をうったかな 多分
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僕が今までで読んできた中で、一番面白かった小説かもしれない。
肩肘の張った括弧付きの文学というものを取っ払ってくれた。
国立国会図書館にある38万冊の蔵書のうち、約三分の一が野球にまつわるものである、という文章は僕の心に響いている。
言葉の力の持つ魔法、言葉だからこそできること、それが彼の小説には詰まっている。
このレビューだって、きっと1984年の阪神タイガースの葛藤のことを表現しているんだろう。
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高橋源一郎は僕の中で今一番旬な作家さんなのでこちらも読んだ。文庫本買って読んだんだけれど驚いたことにもうすでに文庫本買って読んでいた。そして、なんども文庫本を買って読むような本であると言えなくもないだろうとそういう感慨を持つ。題名があまりに素晴らしすぎる。この本を読める時期は限られているのだろう。たぶん今の私の求めているものではなかった。
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野球はどうして日本で爆発的に普及したのだろうか。ゲームに参加しない応援者ですら血を流す。これこそ欧米の洗脳。フリーメイソンの陰謀じゃないのか!
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もうなんか批評家めいたことはかきたくないしかくのめんどくさいんだけど、そしたら全部「おもしろかった」で終わっちゃうからなんかなー。とりあえず全体的によかった。日本野球創世綺譚の章はとくによかった。
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高橋源一郎って、ずっとハッタリで生きているよな、ていう感じがする。作品も、本人も。ハッタリだけ。ある種、詐欺師みたいな。そんな人だよなぁ、と。基本的に、空っぽ。でも、それに価値があると思わせるのだけが、長けてる。そんなふうなイメージでいる。(12/7/4)
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高橋源一郎が、野球について書くことで日本人の心のありようを描こうとした作品。
野球が消えてしまった世界で、野球に関して書かれた文章を探す者、野球選手になるため野球について知ろうとする少年、元野球の監督、そして1985年に優勝したとされている阪神タイガースの元選手たち……。
以前、友人の一人が檀一雄について書かれたエッセイや評論を読んでいて、でも檀一雄の作品はひとつも読んだことがなくて、それで檀一雄についてやたらと詳しく語っていた。
友人曰く「俺は堀を見て城を想像するのが好きなんだ」。
この作品で高橋源一郎がやろうとしたのも同じようなことなんじゃないだろうか。
高橋源一郎「いや、むしろ僕がやろうとしたのは屋敷を見てトレーシーを知るって感じですね」
と答えてくれたら面白いかなと思ったが、自分でも書いていて意味不明なのでこれはこれで終了。
僕は少し前から高橋源一郎信者で、要するに彼の書く文章に参ってしまってこれはもう全部読まなくちゃと、とりあえず今のところ変わらぬ決心をしたので買いやすいものから順に彼の著作を買っている。
その文体だが、やっぱり何度読んでも心地良い。
単純に僕の好みなのだ。合ってるのだ。
距離感というか、文章と文章の間にあるスリット部分の幅と深さがちょうどいい感じでもういくらでも読んでいられる気分だ。
野球よりサッカーが好きで、高木豊にも屋敷にもトレーシーにも若菜にも阪神タイガーズにも興味がない僕がこれだけ楽しく読めるのはひとえに高橋源一郎のおかげです。
どうもありがとう。
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1988年の小説。これは、解読したいという欲望をめちゃくちゃ喚起させるくせに、解読しようとするとさらさらと指の間から零れ落ちてしまうような小説だとおもった。なにか大事なことが書いてある「気がする」、というか小説にはきっとなにか大事なことが書いてある「にちがいない」、という思い込みから脱兎のごとく逃げ出そうと試みる小説。どう受け止めたらいいんだーポストモダンむずかしい。なんでこんな訳分かんないのに読み進めちゃうんだろうなあと首を傾げながら、でも面白くてするっと読んでしまった。うーむ。
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偽ルナールの野球博物誌
ライプニッツに倣いて
センチメンタル・ベースボール・ジャーニー
日本野球創世綺譚
鼻紙からの生還
愛のスタジアム
日本野球の行方
第1回三島由紀夫賞
著者:高橋源一郎(1961-、尾道市、小説家)
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野球は、資本主義によって、新聞によって、TVによって、かつての夢を叶えることはできなかった。それどころか今や、球場には血が流れる。野球があるためには様々なものが省略されたり、抹消されたり、交換されなければならない。野球は極めて恣意的で、膨大な数の選択によって生まれた。重大な秘密が隠されている小説にも見えたし、この小説自体が重大な秘密として在るような気もした。