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西鶴も今では浮世草子の創始者と認識されてるけど、元は俳諧師だったらしいです。松尾桃青(芭蕉)を意識しているのに素直になれず、ムキになる西鶴は憎めないw。
気になったのは、西鶴の敬愛する西山宗因が全く出てこないこと。まあ、盲目の娘・おあい視点の物語なので、おあいと接点がなければ仕方ないか。
そう、目の見えない話者の特性上、視覚描写が全然なく、音や匂い、触覚による情報が豊かなのが独特な世界を作っている。絶世の美形らしい上村辰彌も、容姿の描写に頼れないので、その素行や周囲の扱いといったエピソードによって造形されているのが見事。
あと、駆け出しの近松門左衛門もチラッと出てきます。
「げろり」とか「げろげろ」といった擬態語が、個人的にはウザかった。
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朝井まかてさんの小説を読むのは初めて。本書は江戸初期の俳諧および草紙業界で大活躍した、井原西鶴の歴史小説である。
解説によると、井原西鶴に関する資料はあまり残っていないようだが、著者はかなり調べたらしい。本小説は、井原西鶴の盲目の娘の視点で書かれていて、西鶴に実際にそのような娘がいたというのは史実だそうだ。
西鶴は大阪に拠点を構え、派手な生活をしながら、俳句を次々と詠み、それがまず評価されていった。娘は家事、主に料理をして父やそれを取り巻く人々との交流を支える。西鶴がたまたま書いた、好色一代男が大ヒットし、西鶴は売れっ子小説家となる。
江戸時代の町人を描いた歴史小説や時代小説はいくつか読んだが、大阪が舞台となった本書はなかなか興味深かった。盲目の女性の視点で書いているので、音や匂いや気配を中心に物語が展開されるが、想像力を掻き立てられて興味深い。お手伝いさんのお玉とその夫も人間臭くて面白かった。若くして妻を亡くし、息子たちは手放して娘だけを手元に置き、自由奔放に見える西鶴だが、ほのかな優しさが見え、疎ましく思っていた娘も心を開き始める。ほのぼのと温かい小説だった。
宇江佐真理さんあたりの小説を好きな人には、とても楽しめると思う。
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井原西鶴が生きた時代は、文化が花開くころだったことを知りました。
→https://ameblo.jp/sunnyday-tomorrow/entry-12385788138.html
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切ない。何がせつないってそりゃもう、父娘の実は…的な。
やっぱり、言葉に言わないけど空気を読めって親子でも絶対分かり合えない。
いっぱいスキンシップをしていっぱいコミュニケーションをとってほしい。ハグしたらいっぱいアドレナリンとオキシトシンが出るからそれが脳にも心にもとっても重要。今大好きな人を横目にみて、これを書き終わったらキスして大好きと言おうと思えた。
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詳細は、こちらをご覧ください
あとりえ「パ・そ・ぼ」の本棚とノート
「阿蘭陀西鶴」 → http://pasobo2010.blog.fc2.com/blog-entry-1294.html
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井原西鶴と盲目の娘おあいの物語。
あー、こういう親父いるわ、と思いながら、嫌でたまらなくても、その親の面倒を見るのはおあい。
俳人でありながら、俳句ではなく草子ものが当たってしまい、その間に天才芭蕉が西鶴の先をいってしまう。
巻き込まれる娘はたまらないよなぁと思いながら、それでも私もあおいと同じ事をするのだろうと思う。
切なくて、あったかくて、最後に泣かされなんて、もう朝井まかてさんはずるい(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
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教科書に出てきた江戸時代の文化人…ほどの知識しかなかったが、テレビで井原西鶴について知り興味を持ってたどり着いた本。
よくありがちな調子のいい道楽者で豪傑みたいな人物像を想像してたけど、物語の主人公である盲目の娘と同様にページが進むにつれ西鶴の情の深さやユーモアのある生き様に魅せられた。
また読みながら家の中の様子、台所風景が目に浮かぶ美しい文章だった。
西鶴のみならず江戸時代の文芸をもっと知りたいと思った。
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身体障害者の身内に、あなたは、どんなふうに接しますか?
西鶴は、ダメな父ちゃん、として接します。
完全護衛もしません。
自分が死んだあとも、娘は生き続けるのだから。
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大矢博子さんの解説を読んで、そうだったのか!とスッキリした。読み初め、やや物語に入り込めない感があったのだが、「おあい」を見ていた自分が、いつしか「おあい」として見るようになっていき、すっかり作品世界に没入していたからだ。大矢さんが書かれている「思えば、目が見えない ー 映像情報がないということは、テキストのみで構成される小説を読む行為と似ている、と言えるのではないか。さらに本書はおあいを語り手にしたことで、物語の中にも人の目鼻立ちや風景の直接の描写はまったく出てこない。しかし読者の目には、台所に立つおあいの姿がはっきり目に浮かぶ。桜鯛を捌く彼女の手が、彼女が出会った人々の様子が、それぞれの読者の心の中で再現される。」「もちろん、著者の筆力あってこそだが、これが物語の力だ。」という言葉に、非常に納得した。
とはいえ、解説は作品の読後に読んだのであって、このように整理された考えを頭で理解し読み進めていた訳では、もちろん全くない。
徐々に解き明かされ深まっていく親子の時間を共に生きることで、二人の生涯は幸せだったのだなぁと、静かに満たされて本を閉じることができた。世の中が落ち着き文化が成熟していく時代の、大阪の市井の人々の闊達な暮らしぶりがまた、気持ちを晴れやかにしてくれた。朝井まかてさんは、やっぱり面白い。
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井原西鶴とは、文学年表だけの人でした。彼の一人娘が盲目であったことなど知る由もなかった。娘から見た、偉大な父を描くのは著者の得意とするところか。娘に対する父の思い入れは、不器用になるのだが、二人の心の通い合いがとても良く描かれて感動を誘う。今になっては、読み直そうとすることはかなわないが、とても興味のある作家であることを教えてくれました。
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井原西鶴と言えば、「好色一代男」を書いた坊主頭の人という知識くらいしかなかったが、読みやすく、登場人物がとても魅力的で非常に面白かった。
盲目の娘おあいの目を通して、父として、また、俳諧師、草子書きとしての井原西鶴を描いている。自尊心が強く何よりも自分が大好きで、自由奔放に人間臭く生きる西鶴が活き活きとしていて良い。
天下泰平の江戸、将軍綱吉の時代を背景に、俳諧が世間を席巻していくさまは、現代にも通じるワクワク感があり、松尾芭蕉や近松門左衛門など、歴史上の人物も登場し、歌舞伎や浄瑠璃といった文化が熟成されていく過程を垣間見ることができる。
盲目の娘おあいの作る料理の数々も、全部美味しそうでそそられた。ぶぶ漬けや素麺、冷やし飴など、
江戸時代の豊かな食文化に興味が湧く。
俳諧師としてテッペンをとることに執着していた西鶴だが、本当の力量は草子書きで発揮された。
現代で言うところの大衆小説のハシリ。「好色一代男」の何がそんなに凄いのか。読んだことのない私は、怪しげな題名に、あまり良いイメージを持っていなかったが、西鶴の人となりを垣間見ることで、それはリスペクトに変わってしまった。
「好色一代男」読んでみたい。
市井の人々のひきこもごも。「皆、愚かで惨めで、けれど父は彼らを非難していない。ただひたすら、掛け値なしのまなざしを向けていた。」
作者は「世間胸算用」をもって、「お父はんの真骨頂や」とおあいに言わせている。
話の骨には父と子の不器用な愛情が描かれており、何度も泣かされながら、井原西鶴という人物の面白さに魅了された。
「万懸帳埒明けず屋」「よろずかけちょうらちあけずや」だった西鶴。お金を稼ぐ事が目的ではなく、したい事、やりたい事を突き詰めた人生。
自分とは正反対の生き方を貫いた西鶴に、大きな拍手を送りたい。
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大衆小説の創始者 井原西鶴と、盲目の娘 おあいの物語。
ゴッホがそうであったように、創始者はなかなか時代に受け入れられず周囲の人に迷惑をかけつつ己の道を邁進するものなんですね。多くは朝井さんの創作でしょうが、父娘の関係が変わっていく様子は胸を打ちました。
一方で研ぎ澄ますことで道を極める芭蕉のような存在も貴重だと思いますが、間口を狭めることで一部の人たちだけのものになったことが、いつくもの日本の伝統文化が細々としか継承されない結果を招いたのかな。
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5と迷って迷って4にした。そのくらいすごく良かった!!
井原西鶴の盲の娘、おあいの視点から物語は展開していくんだけど、盲のおあいに料理や縫製を叩き込んだ優しい亡き母、可哀想と言われるのを何よりも嫌っていて、いい格好しいの父親が嫌でたまらないおあい、幼い二人の弟、女衆のお玉、出てくる登場人物がすごくありありと頭の中で映像化されて、のめり込んだ。
最後は泣きそうになったし、現実がこんな風にあたたかいことを切に願った。
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小学校の歴史でしか知らなかった「井原西鶴」という人物像を深く知ることができた。娘のあおいの視点で書いているのもよかった。西鶴がどのように生きてきたのかということと、親娘愛という異なった方面から楽しめる本だった。
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西鶴の娘おあいが主役。
盲目のおあいだが、家のことは一通りこなせる。
近所への買い物もできる。
同時に、談林派の俳諧師でのちに戯作者になる父西鶴の越し方も描かれる。
元禄のころ。
好色一代男などのヒット作を生み出した西鶴と、その周辺のあれこれが勉強になる。
西鶴の妻、つまりおあいの母は早くに亡くなる。おあいの弟たちは他家へ養子に出されるが、おあいは西鶴の手元に残された。
父の気持ちがわからないまま、父と娘の日常生活があり、おあいは父の身の回りの面倒を見る。付き合いの広い父の客のために料理をする。
なかなか大変な生活。
読みどころは、目の見えないおあいの感覚で作られる家庭料理の匂いと味の表現。とてもとても美味しくそう。
いい小説だった。