紙の本
偏屈な明治男である祖父・幸田露伴にひたすら仕えた母・幸田文との歳月を綴る珠玉のエッセイ。芸術選奨文部大臣賞。
2001/03/12 00:10
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
「家庭」と言えば、家族が寄りそって時には喧嘩もしながら支え合うという、どこかぬくいイメージが基本にはある。
離婚率が高くなり、荒れる子どもたち・心を病む子どもたちが増えてきて、それが徐々に安定したイメージではなくなってきてはいるものの、理想としてはまだその姿におさまっている。
しかし、明治期から戦前までの「家庭」というものは、そのぬくいというイメージとはまるで異なる。威張る家父長にひたすら仕える女たち、問答無用でしつけられる子どもたちという鋼鉄の糸でぎりぎりと縛られた「タテ関係の修練の場」とでも言えばいのか、そんな時代がかつては確かにあったのだなということが、この本でよくわかる。
そんな厳しい関係であったからこそ、その奥に見え隠れする情愛が、きらりきらりとシャープな光を放っているかのように感じられるのだとも思った。
このエッセイは、昭和13年のことから書き起こされている。幸田文が文学者として立つ前、離婚し、9歳になる娘の玉を連れて父・幸田露伴の住む小石川の家へ戻ったところからである。
夏目漱石や正岡子規などと同じ慶応3年生まれの露伴は博学で、明治の知識人を代表する一人である。「弱即悪」「愚即悪」と考えるがため、行儀が悪い、作法がなっていない、受け答えがしっかりできないなどのトラブルがあると機嫌が悪く、故事や成語を持ち出しての小言が始まる。気持ちよく暮らしたい祖父のリクエストは、時に理不尽なわがままであったりする。
しかし、孫娘の書き初め用にと銘の入った見事な頂きものの硯をおろしてしまったり、竹の棒と麻ひもで弓を作ってくれたり、時に厄介な展開になったりするが、頑固おやじなればこその愛情表現が何ともほほえましい。
この祖父にして、この母あり。
のちに美しい日本語で人間の情や自然・風物などについての潔い文章を残した文学者・幸田文が、父と娘の三人の家庭においては、偏屈な父のおさんどんと娘への厳しいしつけに明け暮れた主婦であったことが、幼い少女の視線で描かれている。
美食の父のために、戦時下、病の体をおして伊豆まで出かけ新鮮な魚や伊勢えびを調達してきたり、書き初めの稽古をする娘の腰が浮いていると後ろから蹴飛ばすという気丈ぶり。
口からポンポンと飛び出すきっぷの良い東京弁が気持ちいい。
この独特な緊張感がみなぎった家庭環境の中で、少女は縮こまりながらも火鉢の起こし方やお燗のつけ方などの生活技能をしっかり身につけていき、多識に基づいた上質のユーモアを自分のものとしていく。
愛憎をともなう人と人のつながり。
そのことを骨のずいまで身をもって教えてくれた祖父を見送った日、母を見送った日のことを読んでいると、肉親の絆というものが、深い響きで胸の奥まで届き、全身を包み込んでくれるような感覚があった。
投稿元:
レビューを見る
今年のお正月に『幸田家の人びと』という特番を観て、幸田文の娘もものを書く仕事をしているのだと知った私。露伴は読んだ事がないのですが幸田文がとても好きなので、その娘さんは一体どんなものを書くのか?と興味津々で購入したのですが、わたし的には若干期待外れでした。昭和初期生まれの方なので致し方ない部分はあるにせよ、文章のテイストが古すぎて古すぎて(書かれたのが90年代初めとは驚き!)。テレビで観た著者の、今時の人とは思えないぐらいちょっと浮世離れした古風な言葉遣いや振る舞い、しぐさは十二分に文章にも表れていたけれど、エッセイとしては若干読みにくい部分もありました。だけど露伴の傍若無人なまでの亭主関白っぷり(実際には文は娘なので“亭主関白”という言葉は当てはまらないのですが)やそれに愚痴ひとつこぼさず尽くす文の姿は、読んでいて大変興味深いものがありました。戦前の日本の男の人ってこうだったのねえ、と。嗚呼、私は現代に生まれてよかったなあ、と(笑)。まあなんだかんだ書き連ねましたが、著者が幸田文について書いたエッセイもあるようなので、今度はそっちも読んでみたいなと思ってはおりますが。ちなみにどうでもいいけど『幸田家の人びと』によると、著者の娘も文筆業をしているらしい。蛙の子は蛙ってこの事ね(才能が伴うかどうかはさて置き)。
投稿元:
レビューを見る
小石川の幸田露伴の家へ移ってから、
戦後幸田露伴が亡くなるまでの話し。
幸田露伴ってこういう人だったんだぁってよく分かる。
投稿元:
レビューを見る
祖父露伴、母文との戦前、戦中の暮らしのエピソード集。露伴の頑固ジジイ振りは明治の文豪の面目躍如であるが、世話する身は大変である。母娘の凛とした生活は清々しい。
投稿元:
レビューを見る
幸田露伴は未経験なれど、幸田文は結構好きらしいから、期待度高。
幸田文よりほんの一滴世俗的、いや二滴かな・・・?で強さのある文。
でも、こんな風に人のお家を覗き見るのは楽しいもの。
もうひとつ、小石川、上野、立川
知ってる街の知っているところ知らないところ
ふたつが重なり合って、何かが少し確実に滲む。
バカな私は小さな日本家屋に引っ越したくなりました。
投稿元:
レビューを見る
もうこれで何度目かの再読。ドラマで見たのが本を読むきっかけでした。
9歳の青木玉さんが、離婚した母(幸田文)と共に
祖父(幸田露伴)の住む小石川の家での生活を綴ったもの。
こんな明治いや、慶応生まれのカチカチじーさんに、三つ指ついて家政婦のごとく
尽くしまくる暮らしなど、私はまっぴらごめんこうむるが(笑)、
父の要求を上回る完璧な家事と機転の良さで立ち回る母に対し、
娘玉はのろまで気が利かず、いつも祖父や母に叱られると言う構図が楽しい。
自分を重ねてしまう(笑)。
しかし、私では到底理解できない膨大な教えを露伴や文から受け継いだ玉さんを羨ましいと思う。
生活術や着物の事など、教えて欲しい事は山ほどある。
また、文の看病をする玉を、近い将来の自分と重ねて涙してしまったりもする。
いろいろ考えさせられる話ではあるけど、
この愛とユーモアに包まれた厳しい家族の話が私は大好きだ。
投稿元:
レビューを見る
幸田家の様子が、手に取るようにわかった。
昔は厳しい時代だった事も知り、
今の時代に生きる自分は恵まれているなと感じた。
投稿元:
レビューを見る
…泣いたわー泣いちゃったわー。露伴と文の死んじゃう描写泣いちゃうよ。戦時下、露伴の「若いものがなぁ、若いものが。」という言葉。そして文の厳しいしつけ、露伴の家のしきたり。それだけで物語みたいだ。いいなぁ、とてもいい!
投稿元:
レビューを見る
幸田露伴の孫で幸田文の娘の著者。気難しいけどどこかユーモアのある祖父との生活を想い出すエッセイ。幸田文さんのエッセイは、少し悲壮感を感じるものでしたが、こちらは大変な中にも、何か面白さを感じます。親子2代で描き出す露伴像、とても強烈でした。
投稿元:
レビューを見る
昭和十三年の、母文の離婚から、戦争を経て、母が死ぬまでの「幸田家」が描かれている。
時に理不尽にも見える、祖父や母の言いつけ。
昔の暮らし。
そして、戦争のこと。
露伴が戦時中、勝ち目のない戦線に投入されていく若者を傷んで号泣したという話は、心を打つ。
それから、食べものの描写もなんともおいしそう。
しかし、食にうるさかった露伴の要求をかなえるために、裏でどれだけの用意がなされたことか。
この本は著者が還暦を過ぎるころに書かれた本のようだ。
生活の細部をこんなにも鮮やかに覚えていることに驚嘆する。
投稿元:
レビューを見る
1929年(昭4)幸田文の長女として生まれた青木玉のデビュー作「小石川の家」(1994.8刊行、1998.4文庫化)を読みました。1938年(昭13)母幸田文は離婚し、娘9歳の玉を連れ、祖父露伴の小石川の家(蝸牛庵)に戻りました。それから1947年(昭22)露伴の死までの10年間、祖父露伴、母文と過ごした自分の幼い日々を振り返ったエッセイです。なおラストの「三日間」では、1990年(平2)10.31母の死から11.2の葬儀までの様子が綴られています。1994年度文部大臣賞を受賞した作品です。
投稿元:
レビューを見る
吠えるも堪えるもただ泣くも、なんと見事な昭和の生きざま。どうして今まで読んでないのか。ぬかったよ。幸田文好きと言えないや
投稿元:
レビューを見る
厳格で緊張するエピソードの連続だが、孫の遊びに本気出したり鉄道唱歌が止まらなくなる露伴に時々くすっと笑える。なんだかんだいって密な家族関係。
お年玉のくだりは泣けた…
投稿元:
レビューを見る
幸田家四代の文章を読んでいると、そのどっしりと腰の座った明快な保守性に清々しささえ覚える。幸田文の娘、青木玉のデビュー随筆集。美しくときにユーモアさえある筆致に惹きつけられ、起き抜けに一気に読んでしまった。近年なかなかここまで風通しのよい文章にはお目にかかれないので、ホンモノの綺麗な日本語にふれたい人にはぜひとも読んでいただきたい。
文章の流麗さについ魅せられがちだが、なかなか内容は波乱に富んでいる。母が離婚し小石川の祖父の実家で暮らすことになった幼い玉。明治の文豪・幸田露伴の理不尽なカミナリオヤジ(※言葉を選びました)ぶりにも母の容赦なく厳しいしつけにも耐える日々。露伴先生の無茶なジジイぶりは文豪でも人間だ…となんだかしみじみした。玉と文とのエピソードで玉が文にお年玉で帯枕を贈る話が好きだ。とつとつと語られる露伴の胸糞悪いいじわるクソジジイぶり(まあ。なんとはしたない言葉遣い、ごめんあそばせ)だけでなく、こういう暖かくなるような一編があるからこそ、本著は名随筆と言える。
青木玉さんの本は母の幸田文さんと比較すると、じっとりとしたしゅうとめ感(?)がなくカラリと読みやすいので、若い世代にも長く読み継がれることを祈る。
投稿元:
レビューを見る
探している本とは違った。序盤は現代と違う「厳しい」エピソードがどうにも読んでいて面白くなかったが、終盤の戦争や身内の最期に関する部分はエピソード力が圧倒的。それだけで読んだ価値はあった。