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学校で正史を学べない日本
教育問題の根幹ではないだろうか?
5つ星にならなかったのは
文章がちょっとくどいから
でも日本人が知っておくべき事実がいっぱい
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(2005.08.12読了)(2004.09.25購入)
【日本の戦争・その①】
日本が日米戦争に敗れてから、今年で60年だそうです。戦争が終わったのは、9月2日だそうです。8月15日は玉音放送が流れた日で戦争が終わった日ではないそうです。ポツダム宣言を受諾したのが8月14日だそうです。歴史教科書が中国や韓国から注文をつけられていますが、現代史が学校で教えられる事はありません。
この本は、連合国側が日本の戦争責任を裁くために行った東京裁判(極東国際軍事裁判)において、ただ一人「被告人全員無罪」を主張したインドのパール判事の理念を簡潔、的確に伝えた一冊です。単行本は、「パール博士の日本無罪論」と題して1963年9月に慧文社より刊行された。
●東京裁判は国際法に基づいて行われたのか
「これまでの国際法には、戦争そのものを犯罪とするような規定はどこにもない。戦争そのものは法の領域外におかれているのである。まして戦争を計画し、準備し、遂行したというかどで、個人が裁かれるというような規則はどこにも存在していない。ただ戦争遂行の方法だけに、法的規律が存在するのみである。そこで連合濃くは、東京裁判を行うため、新たに「裁判所条例」なるものを作って、戦争犯罪を定義し、これを裁く機能を付与し、これによって日本の指導者を裁いたのである。」
「戦争に買ったからといって、戦争の一切の責任を負けた国の指導者や国民に負わせ、自分たちに都合のいい、敗者だけを裁く急ごしらえの法律を作り、これを昔にさかのぼって裁いたのが東京裁判である。」
「東京裁判を構成した国は、当時、連合国として日本と交戦したアメリカ、イギリス、ソ連、フランス、中国、オランダ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの9カ国と、フィリピン、インドを加えた11カ国であった。これに対しA級戦犯として訴追されたのは28名である。」
パール判事によると「1950年のイギリスの国際事情調査局の発表によると、東京裁判は結論だけで、理由も証拠もないと書いてある。ニュルンベルグにおいては、裁判が終わって3ヶ月目に裁判の全貌を明らかにし、判決理由書とその内容を発表した。然るに東京裁判は判決が終わって4年になるのに、その発表がない」と述べている。
「国際法が規定する戦争犯罪というのは、毒ガスの使用とか、俘虜の虐待、海賊行為、又は武装軍隊の構成員にあらざる個人が、武器を取って行う一切の交戦行為、間諜、戦時叛逆、掠奪などに限定されているのである。したがって、侵略戦争を計画し、遂行したものを戦争犯罪人として処罰するという事は、決して国際法に準拠したものではないのである。」
(クウェートに侵略戦争を企てたサダム・フセインも戦争犯罪人として裁かれたという話を聴いた事はない。)
●無条件降伏なのか
「ポツダム宣言の第5項には、連合国自身も、以下の条件はこれを守るといい、日本人を奴隷化するものではない、国民として滅亡させるものでもない、言論・宗教及び思想の自由並びに基本的人権は尊重する、と約束しているのである。」
●民族的優越感を起こさせる教育は重大な犯罪なのか
共同謀議の訴追を立証するために、その証拠として、「①教育の軍国主義化、②宣伝の統制及び広報、③戦争に対する国民動員」の3つをあげている。
これに対してパール判事は「あらゆる国民が、自分の人種こそ他のいかなる人種よりも優秀であるという謬見のもとにあるのである。そして、国際生活において、人種的差別が持続される限り、この謬見は実に防禦武装なのである。」と述べている。
「自国の青少年に対して、民族的優越感を植えつけたことが犯罪であるというなら、現在の米ソや中共やインドやその他新興諸国家の指導者たちは、いずれもこの犯罪行為を犯しているといわねばならぬ。」
●日米戦争はなぜおきた?
日米交渉のための日本の暗号電報がアメリカ側に傍受されていた事はよく知られている。(つい最近の橋本総理のときにもあったようだ。)傍受されただけでなく、肝心なところが誤訳されて、日本の真意が恐ろしく曲げられて、アメリカ首脳に伝えられたところに、日米開戦につながる悲劇がある。
●アメリカは不意打ちを受けたのか
アメリカは、日米交渉において、日本が受け入れることが不可能な条件を突きつけた翌日の、11月27日、ルーズベルト大統領はアメリカ前哨地帯の諸指揮官に対して、戦争の警告を発し、戦争体制に入ることを命令した。
●パール判事の判決文は公表されなかった
「パール判事の判決文は、法廷においては公表されず、多数派の判決のみが、あたかも全判事の一致した結論であるかのように宣告された。」
●絞首刑を執行された7人はそれぞれ主戦場に割り当てられていた
松井石根(中支方面軍司令官)-中国、木村兵太郎(ビルマ方面軍司令官)-ビルマ、板垣征四郎(シンガポール第7方面軍司令官)-シンガポール(イギリス)、武藤章(フィリピン第14方面軍参謀長)-バターン(フィリピン)、東条英機(陸軍大臣、内閣総理大臣)-真珠湾(アメリカ)、土肥原賢二(満州駐屯第5軍司令官)-満州、広田弘毅(駐ソ大使)-ソ連
日本は、東京裁判によって戦争責任は、果たされたということにして、自らの内で戦争責任は問わないままできた。外部からの裁きでけじめはついたとしている。このままで、二度と戦争を起こさないと言いきれるのか。自主憲法を叫ぶ前に、自主裁判を開いて、なぜ15年間もずるずると戦争を続けることになったのかを結論付ける必要がある。その反省の上に立って、憲法をどうするかが決められると思う。
ラダ・ビノード・パール
1886年 インド・ベンガル地方出身
1941年 カルカッタ高等裁判所判事
1944年 カルカッタ大学総長
1946年 インド代表として東京裁判判事に就任
国連国際法委員会委員長
1967年 死去
●関連図書(既読)
「秘録 東京裁判」清瀬一郎著、読売新聞社、1967..
●関連図書(未読)
「日本無罪論」パール著、太平洋出版社、1952.05.03
「平和の宣言」パール著、東西文明社、1953.04.10
著者 田中 正明
1911年 長野県生まれ
旧制飯田中学卒業
興亜学塾に学ぶ
アジア解放運動に従事
戦後「南信時事新聞」編集長
(「BOOK」データベースより)amazon
東京裁判の真の被害者は「法の真理」だった!判事十一名の中ただ一人日本無罪を主張したパール博士。判事中唯一の国際法学者だった彼は、国際法に拠���ず、事後法によって行われた裁判を、戦勝国による「リンチと何ら変わらない復讐」であり、違法裁判であると非難した。後にその主張は世界中で高く評価された。本書は、パール判決文を中心に、マッカーサーも認めた「東京裁判の不正」を問う。多くの日本人が信じて疑わなかった東京裁判史観と、戦後日本人の歪んだ贖罪意識にメスを入れる不朽の名著を復刊。
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戦後の日本は、混乱していた。GHQがさらに日本を貶める東京裁判を行った。
パール判事は、ただ一人日本は無実であると言った人物です。
戦後の歴史は、TV・ラジオ・教育にまで介入され、操作されました。
今でもそれが続いています。
この本を読んで、目を覚ましましょう!!
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極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判において唯一「被告人全員無罪」を唱えたインド代表のパール判事の判決についての書。
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日本の侵略戦争を導いたとして、A級戦犯を裁いたとされる「東京裁判」
しかし、この裁判でただ一人毅然として無罪を主張したインド人判事パール博士。
現在も続いている教科書問題・靖国神社問題の発端となる東京裁判の事実を書いた本書。
この本を読むと戦後の歴史教育の問題点や太平洋戦争での戦争責任をなぜ日本だけが攻め続けられなければ行けないのか?
読めば読むほど、先人の歩んだ道を見事なまで踏み外していると感じる。
特に、南京大虐殺を実行した罪で絞首刑になった松井石根の半生を紐解くと、いかに東京裁判の茶番劇が理解できる。
50年前に出版された本にもかかわらず、その後のアメリカが過去の過ちを繰り返しとんでもないしっぺ返しを受けたことに納得してしまう。
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パール判事の判決文の一部抜粋に著者の解説を添えているので、詠み手の受け取り方によっては危険な方向へ行くかも。
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日本人必読の書。
自虐史観に陥っている日本人に光を与えてくれる。
読み進めると怒りがふつふつと湧き上がる。東京裁判の欺瞞をパール判事の判決文から暴き出している。
小中高とサヨクがかった教育を受けてきた自分にとって、目からウロコだった。
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大東亜戦争後の東京裁判において
唯一日本に対して無罪論をくだした
パール判事(インド)の無罪を下した
論拠について書かれた名著。
日本の名誉を守りつつ、
やむなく立ち上がったと言う日本の立場を
よく理解できる名著。
今の自虐史観で教育された世代に
よく読み込んで欲しい本。
法律論についても書かれているので難しいけど
読みこめば、当時の日本が置かれ状況を良く理解
できると思います。
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東京裁判におけるパール判事の反対意見の概略を著者の意見とともに紹介したもの。東京裁判の国際法上の問題点が明確になり、その点は勉強になる。ただ、判事の意見と著者の意見を混同しないように意識する必要あり(いつか反対意見の全文にあたりたい)。また、世界の根源は、建前に隠れたパワーにあり、東京裁判の問題点を明らかにする実効的意義があるか、悩ましい。
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第二次世界大戦後の東京裁判の実録。
名のある日本人を公開処刑する為に平和と正義の名の下に行われた裁判で、
唯一、全ての被告日本人に無罪の判決を下したパール博士の、法治社会への冷静で力強い希望が印象的でした。
私は、連合国の振りかざす「正義」がどれほど卑怯で野蛮で腐っていようと、そんなものかと思うだけですが、
パール博士は、人類の積み上げつつある良識を踏み躙る行為だと憤慨し、ひとつひとつを検証して反論する、英雄的な姿勢を貫いた。
こういう、人の精神性を見限らず凛としている人を知ると、自分ももう少し頑張らないとなぁ、と思えます。
日本はまだ、こういう人に「敬愛する」と言ってもらえる国でしょうか。
噂話に惑わされず、自分で判断できる人間でありたいものです。
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ううむ。こういうのを読むと、自分がいかに自虐史観のなかで教育されてきたのかがわかる。今のようにインターネットのさまざまな情報と照らし合わせることで自分を再教育できる時代は幸せだ……と、ふと思ったのだが、現在60歳以上で戦争を知らない自虐史観ずぶずぶの世代で、ネットも使えぬ情弱世代がいまだに「日本は悪いことをした」と思うのは仕方ないことなのかもしれない。
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良本。日本人は絶対読むべき。とても論理的。というのもパール博士の判決文をなぞっているから。事実に即していて、主観ははっきり主観と言って紹介する。東京裁判を切り口に、パール博士の事、太平洋戦争の事、米国やロシア等各国の事、平和の事について。個人的には、日本がグローバル化すべき大きな意義を別の視点から見出だせた事が良かった。
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東京裁判で唯一人、被告の全員無罪を主張したパール判事の1200頁以上にも及ぶ判決文を元に、東京裁判の不当とそれのもたらしたものを解説してあります。
いかに東京裁判によって現代日本人が自虐的になってしまったかが分かります。
いまこそこの本を日本人は読むべきだと思います。
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終戦記念日の前だからというわけではなく、たまたま本棚に眠っていた当書を夏休みにあたり紐解く。
なぜこの様な著書が日の目を見ないのか甚だ疑問である。
当初、東京裁判は国際法にのっとって裁くものだとしきりに宣伝していたにもかかわらず、結果、戦勝国にとって「復讐の欲望を満たすため、たんに法律的な手続きを踏んだにすぎないというやり方は、国際正義の観念とは縁遠い」とばっさり。著者は極めて客観的事実を列挙し、当時の法令、慣習、また背景にある人種差別と照らしその判断の誤りを厳しく指摘する。
いままで学校で習ってきた戦後の歴史と実際がはこんなにもかけ離れているのかすんなり飲み込めない感すらする。一度皆さんにも読んでいただきたい。
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戦後すぐに戦勝国により国際法の名のもとに行われた東京裁判。いわゆるA級戦犯たちは戦争の責任を取って、長い裁判ののちに有罪判決となり処刑された。
検察側の9人の判事(全員外国人)のうち、インド人判事のパール博士だけが、日本の無罪を最後まで主張した。
そもそも、有罪の理由が、共同謀議があったかどうかが焦点であり、検察側はそれを証明できなかった。パール博士の主張は極めてロジカルで、納得のいくものである。彼に言わせれば東京裁判は、国際法の点からも矛盾が多く、戦勝国による敗戦国への復讐でしかないというのだ。
彼の何千ページにも及ぶ論文の存在は、感動的である。こういう人がいたことを知らなかったが、現在京都や靖国神社に有志によって記念碑がたてられているそうだ。
著者の憤りも理解できるが、本としては、同じ内容の繰り返しが多いと感じた。