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紙の本

司法への絶望

2015/11/01 12:53

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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る

一つの殺人事件を追う刑事、容疑者を逮捕して起訴する。だが物証は少なく、状況証拠と自白が頼り。その裁判は始まり、脆弱な証拠を突かれて、有罪になるか無罪になるかは予断を許さない。
だが刑事の勘は有罪であることを疑わない。その信念は説得力がある。だが法廷闘争は延々と繰り広げられ、弁護士と検察の駆け引きは熾烈だが、そこで追求されるのは真実というものではないと刑事は徐々に気づいていき、自分の職務と信じていたものとの矛盾に突き当たる。
それは悲劇的な挫折かもしれないが、実際現代においては、刑事の勘なるものがしばしば間違っていたことをみんな知っており、そんなものは信じない。作者の筆致も信じているようで、信じていないようで、落胆よりは混乱を描こうとしているように見える。
事件の舞台は、鳥取県から上京して来た学生達の住む学生会館。地方の地縁血縁から放たれたがが、東京の生活に馴染んだというのでもなく、ただ現代の若者という姿がある。彼らは皆、誠実で、真剣に人生を送ろうとしているが、刑事の想定する行動から、少しずつ微妙にずれている。それが刑事の勘を微妙に外れさせている。
もはや「点と線」のような足と根性で捜査するといった警察官が、良識の代弁者であるような立場であったり、裁判の場が公平、公正に罪を裁ける場所でもない時代に変わってきたということだ。同じように、推理小説がモラルを基底にしたロマンを訴える時代でもなくなっている。
それはなにも、文明や人間が減退しているのではない。時代が移り変わっていくとき、蓄積された知恵や制度は新しい世界に追随できず、すくい上げられずにこぼれ落ちるなにかが生じるのは当たり前のことだ。ただ戦後社会スピードがそのことを発見させた。社会にコミットするすべての人々の眼前に、綻びは姿を現した。
この緻密で迫力のある法廷劇は、正義を見いだしてカタルシスを得るための場としてではなく、現実の人々と社会の枠組みが少しずつずれていく様子を映し出す場に変わっている。作者の意識に現れた世界への違和感が、この奇妙な構造と進展に現れており、その苛立ちが、真実を裁く「闇の法廷」シリーズのアイデアに繋がっていったのだろう。

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