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邦題はいささか扇情的な感じがするが、原題は"One Child --The Story of China's Most Radical Experiment"。直訳すれば「一人っ子政策-中国の最も過激な実験の物語」である。
「一人っ子政策」という、類を見ないほど大規模な「国家による子宮の支配」が、社会にどのような影響を与えたのか。20年に渡る取材を3年の時を掛けてまとめたものである。
まるでディストピア小説のようだが、中国において、1組の夫婦に原則1人の子どもしか認めない一人っ子政策は実際に1980年に開始され、2015年末に撤廃されるまで、実に35年の間続いた。
著者は中国系ではあるが、マレーシア生まれのアメリカ人。本書は、「ウォール・ストリート・ジャーナル」記者として中国に派遣された際の取材がもとになっている。
著者もそもそも、一族がマレーシアに移住していなければ存在していなかったはずである。5人姉妹の末っ子であるからだ。
一人っ子政策は、中国経済の成長のために取り入れられた施策である。増え続ける人々が赤貧に陥るのを避けるため、出生数を制限し、人口を抑制しようとしたのだ。経済成長は一人っ子政策開始後に顕著であったため、政府はこの政策の有効性を主張してきたが、果たしてそこに因果関係があったかどうかは不確かだ。
そもそも出生率自体は政策開始前の1970年代から減少してきており、これほど過激な政策が必要だったか疑問が残る。そして今後懸念されるのは、人口を過度に抑制したことによる労働力の減少、付随する経済状況の悪化だ。
一人っ子政策の実施に当たっては、場合によって、かなり極端な方策も取られた。建前上、政府は国民に政策への「協力」を要請し、遵守は国民の「自由意志」によるものとされてきた。だが、実質、「人口警察」が2人目を妊娠・出産に目を光らせていた。違反した夫婦に対しては、年間所得10年分等の過度の罰金、夫婦いずれかへの強制避妊手術、投獄、生まれた子供の没収などという例も珍しくはなかった。痛ましいのは妊娠後期での中絶の強要で、もはや嬰児殺しに近いようなものもあったという。
農村部などでは1人目が男子でなければ2人目の出産が許されたり、2000年代以降はそれほど厳密でなくなったりした側面はあったが、「ノルマ」達成のため、こうした人口警察の手荒な手段が黙認あるいは推奨されていたのは確かなようである。
2人目としてどうにか生まれたが、戸口(戸籍のようなもの)が得られず、学校にも通えなければ医療も受けられない子供もいる。国家にとっては「いない」存在として扱われるのだ。
実施に当たってもさまざま問題はあったが、極端な出生数抑制の結果、何が起きたのか。
1つは、よく言われる「小皇帝」の出現である。1人の子供に注力できる分、1人の子供に過度の期待が向く。金を掛け、よい教育を受けさせ、乳母日傘で育てられた子供は、自意識過剰な「君主」になる。勉強はでき、得てして「よい子」ではあるが、覇気に欠ける子も少なくない。これは子供の気質によるものだけではなく、親世代と時代が変わってきていることも大きいようだ。親は自分の基準でもっと上をもっと上をと期待をかける。しかし、同じように高度教育を受ける子供たちであふれかえる中、頭1つ出るどころか、まともな就職をすることすら困難になってきている。終身雇用が普通だった親世代とのギャップは大きい。
これもまたよく言われるが、「いびつな男女比」も一人っ子政策がもたらしたものだ。伝統的に男の子が喜ばれる中国で、1人しか子供が許されないとすれば、当然、男子を選ぶものが増える。一人っ子政策終了時点での男女比は119:100だった。2020年までに男性が女性より3000万~4000万多くなると予測され、独身男性の数は膨大なものになると思われる。結婚できるのは相当恵まれた者ということになりかねない。
一人っ子が成人となり、年をとっていったらどうなるか。親世代は高齢者となる。
子供は1人で親2人の老後を支えることになる。
成長した子供を、事故や病気等で失うという場合もある。そうした場合、子を亡くした悲しみに加え、老後の計画が一気に崩れる親もある。
さらに、養子や生殖医療の問題がある。
2人目として、あるいは男児を望んでいたのに女児として生まれた子はときに、養子として海外に行く。望まれない子が、子供を欲しがる裕福な家庭にもらわれる、ある種、道徳的にもかなった縁組と考えられ、実際に多くの子供たちがそうして養子となった。だが、容易に想像がつくように、ときにこれには金(往々にして大金)が絡む。斡旋料目当ての乳幼児売買が横行し、ときには人口警察によって「没収」された子供が養子として売られるケースもあったという。子供にとっては、裕福な家に養子にもらわれて行って、恵まれていた側面はあったかもしれない。だが、その陰に犯罪があることもあったのだ。
生殖医療に関しては、驚くべきことに、一人っ子政策をかいくぐるために、双子や三つ子を産もうとした母たちがいたという。代理母を利用してさらに子供を得ようとする者もいた。代理母業者には、男児確約サービスまであったという。
このあたりは、政策開始時点では想像もできないほどに生殖医療が発展したことによるものだろう。
一人っ子政策とそれがもたらしたものは、中国の未来だけにとどまらず、少子高齢化を迎える多くの国々にさまざまな示唆を投げかけるものと思われる。
一人っ子政策を多角的に捉えた労作である。