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紙の本
目配りの行き届いた戦後文壇史
2011/05/18 07:09
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:碑文谷 次郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
現在刊行中の川西政明「新・日本文壇史」(岩波書店)が、絞り込んだ有名作家たちの親、祖父母、更には配偶者の親族にまで遡って、執拗なまでの(不必要なまでの)生い立ち・環境を深堀りするのと対照的に、本書中の有名、無名の作家たちは、戦後十年間に「文壇」という椅子に手が届きかかった時点から登場する。つまり、どんな星の下で生まれようとも、共通して彼らは筆一本に自分の人生を賭けるという宿命を負った姿で登場する。従い、戸籍謄本からは窺い知れない各人の生々しい執念・鼓動・息吹をストレートに感じることができる。
その宿命を戦い抜き、文壇に確固とした座席を占めた者(とりわけ松本清張、五味康祐、柴田錬三郎が自分の筆一本でじりじり這い上がってゆくプロセスは感動的)の中で、儚く消えていった予備群作家たちにも、文芸雑誌の編集者経験のある著者ならではの目配りが万遍なく行き届いていることが、本書の特徴であろう。例えば、「好きな絵」で安岡章太郎と最後まで芥川賞を争ったという豊田三郎。「あと一歩というところで、いまさら芥川賞の新人でもないだろう、との意見がまさって見送られた。・・・この年46歳になっていた豊田も、宇野の言うように、すでに<薹の立った新人>であった。長い文壇暦がかえって災いした。」「豊田は借金をして自宅の庭の敷地に木造のアパートを建て、その家賃で収入を補った。豊田は温厚な性格で、人を押しのけてまで生きる処世が苦手だった。」
本書では、こういう目配りのライトを浴びて、前田純敬、南川潤、池田みち子など、おそらくは志を遂げずに終わったのであろう無名作家たちが躍動している。彼らは宿命の中で、井上靖、坂口安吾、芝木好子らの前に心ならずも筆を折ったり、「文壇」の座から消えていったのであるが、”もし”が許されるなら、今も作品が読み継がれていたかもしれないのだ。まさに一人のモーツアルトの陰に千人の消えたモーツアルトがいたことを思い知らされる一冊。
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