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「わたしのげぼく」を読み ものすごく興味を持った作家さん。
よくできているオムニバスストーリー。
突然見えるようになった不思議な数字。その少なくなっていく数を見ながらの生活は 想像を超える心の葛藤があるだろう。
「授業」と「嘘」か良かったな。
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もうタイトル見た瞬間から涙腺が緩んでいたほど、ズンと来る本でした。
短編集。表題作はとても短いけれど、なんとも…なんとも…。想えば想うほど、その対象を傷つけることになるジレンマに視界が歪む歪む。
しかし、そっちか!!となりましたよね。うまい。でも実のところ、「そっち」でもないと。もっとちがう次元の話なんですよね。
いつか死ぬ生き物には、見えないだけであらゆることにリミッターが存在している。呼吸の回数、瞬きの回数、ありがとうっていう回数、人を傷つける回数、流す涙の回数、声を上げて笑う回数…。あらゆる限定的なファクターの中で生かされている虚しさ、哀しさ、尊さ。うーん。この人生を大事に生きよう。
表題作と電話の話とおじいちゃんの話が好きです。逆に言え他の話は少し物足りない感が。
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表題作ほか全7つのカウントダウンオムニバスストーリー。
涙するものから面白いものまで、考えさせられる作品だった。
いろんな話を楽しめた。
それぞれ良さがある。
最後の話の最後に鳥肌がたった。
当たり前のことを当たり前と思わないこと。いつまであるか、続くかわからない。
もし自分の視界に残り○回と数字が見えたなら、何を思い、どう行動するだろう?
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目の中にごみのように見える「あなたが母親の手料理を食べられる回数は、残り○○回です。」の文字。母親の手料理を食べるごとにそれは減っていく。それが0になったとき、何が起こるか想像した僕は…。そんな表題作をはじめ、授業に出られる回数、不幸が訪れる回数、など限定回数をもとにした7編。手料理や生きられる日数はもちろんキツイけれど、嘘をつかれる回数っていうのもしんどい。相手が本心か嘘かすぐわかるわけだから。覚悟して読み始めたけれど、どれもがとても優しい後味の良いお話でした。7話目がとても良くできていて好きです。
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何かしらの回数が見えるお話。
回数話縛りの短編だけどどれも面白くいい話。
他の人の話の時に前の物語の登場人物が出てきたりそういうサプライズは好きです。
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「何か」の残りの数字がいきなり表示されるようになった人たちのオムニバスストーリー
雰囲気としては世にも奇妙な物語
母親の手料理を食べるごとに減っていくカウンターの数字
「数字が0になったら母親は死んでしまうということでは?」という発想から母親の手料理を頑なに食べまいとするが
はたして、その数字の意味とは?
実家に帰った時に読んだので、こういった感覚を意識してしまった
母親が85歳まで料理するとして、僕が実家に帰るのが1年で計7日間くらいとすると、1日3食で315回
この数字を大きいと見るか小さいと見るかだけど、意外と少ないなぁ
話の回数と大体近似してるあたりに、なおさらの焦燥感
毎日3食食べた場合は3ヶ月半と考えるとものすごく少ないよね
いやぁ、いいタイミングで読んでしまったなぁ……
他の話では
「自分に電話をかけられる回数」
「授業に出られる回数」
「不幸が訪れる回数」
「嘘をつかれる回数」
「遊べる回数」
「生きられる日数」
展開の予想を一番覆されたのは「授業」の話かな
大学行ってもまだ多いし、大学院も?もしくは社会人になってもセミナーとかそんな回数もカウントするのか?とか思ったけど
言われてみればそれもそうだなと、思い込みにやられてしまった
ってか、そんな計算は数学どころか算数だろ!と序盤に突っ込みを入れながら読んでたので間違えてしまったのかね
他の話でも両親や生涯のパートナーに関するエピソードが色々とあって、今の僕には結構響いた
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『わたしのげぼく』が良かったので、こちらも読んでみた。ある時、自分にだけ見える「期限のカウントダウン」ファンタジーなら、全部 ハッピーエンドにしてほしかった(T▽T) 表題の「手料理」の話などは、母親も息子も救われないし可哀想。こんな数字が見えたせいで、母親は意味が分からず冷たくされたと思う。人は先の事など知らない方がいいなぁと、つくづく感じた。
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今までに出会った物の中で、最も感情が揺さぶられた本。
同じ感想を抱いている人もいたが、
最後の最後ゾワッとした。
1話目は、一番生き方を考えさせられる。
6話目、平和で面白くて読んでるうちに笑ってしまう。
全体を通して笑ったり泣いたり考えさせられたり、
心が豊かになる
オススメの本は?
と聞かれたときは、とりあえずこれを勧める。