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本を読むことが、今こそ求められている。知識を得るためではなくて、「何か」を読み手が発見するために。
本自体の内容が良いか悪いか、役に立つか立たないかじゃない。その本が読み手にどんなインスピレーションを引き起こすかだ。
現在は行き詰まった。今から先を考えるためには振り返り、書かれていない「何か」を見つけださなくてはいけない。
読み手は今を生きる僕たちだ。
そんな感じのことを感じる本なんだけど、本文の9割方は「日本から見た世界経済をどう読み解くか」という話。
そして、おすすめの本は無いという、最後の1割での結論。
だけど、それは作者が「本を読む」という行為に対して、真摯であるための必然的な結果。
故に、本を読む必要性を説いた歴代の名著の中でも格別の名著かも知れない。
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(本文抜粋)
「大不況が収束したらどうするのか」と考える−「その時に我々はどう生きる
のか」を考える。
経済の第一義は「グルグル回ること」です。
「我が身のありよう」を考えるのも大事なら、現実生活を維持するために働く
『金稼ぎ』も大事です。
「豊かになったら貧乏のあり方を取り入れて理解しろ」
「データ化する」ということは、つまり現実を捨象してしまう。
「1度は豊かになった者の困惑」
農業は、「限界」の存在を前提として成り立つものです。
本を読む上で一番重要なのが、「行間を読む」ことです。
これまでのあり方を振り返って、未来を検討する。
本というものは、「時間あたりの単価」が安くつくのです。
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大不況→時間だけはある→本を読む→本には書かれていない行間を読む→未来に備える経験値を積む。
まるでレンタルビデオ屋化してしまったかのようなつまらない品揃えの図書館でも無料で本を読むことはできる。
それでも時代を振り返ることにはなるのだからよしとする。日本が一億総中流となり、誰もがあくせく働き、外国からは異端的な目で見られるようになり、そして自家中毒投資でバブルがはじける。
大不況を収束させるための考え方が著者なりに解明されていて面白かった。
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本を読むハナシはあまり書いてない。橋本治を読むと「なるほどそうかっ!」って思うんだけど、人に話そうとすると話せない(^^;)
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図:やっぱり素晴らしい橋本治氏! やはり書かれていないことを読み取らなきゃ! もっと自分のアタマを使えって!!
内容(「BOOK」データベースより)
もはや読書と出版の復権はありえないのか。「思想性ゼロの国」日本でいま起きている日本人の魂のドラマを描き、「本を読む」人間をここに取り戻すための方法を深く考察した、硬骨の力作。
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本を読む話は、終わりのほうで、ほぼ日本経済の話。受験で取り上げられる著者だけに、文章の論理性、読ませる力はさすが。
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相変わらず橋本治は不思議で面白い。
タイトルからは想像つかないけど、日本経済の話が90%くらいです。騙されたと思ってはいけません。きちんと?最後には帳尻合ってるし、何よりもえらく面白い。
1985年の時点で「日本が自動車輸出やーめた」にして、別の道を歩む可能性だってあったでしょ、というところから始まって2008年の世界同時不況まで理路整然と語っていくその過激さ。複雑なことを単純化しすぎるのは危険だなあと池上某氏を見てて思うけど、橋本治の単純化は(恐らく膨大な調査をしているのだろうけどそれをおくびにも出さずに)人間なり物事の本質的なところからやっているように思えるので、こっちも「なるほどなー」と思ってしまう。
まあ、とにかく読んでみましょう。タイトルが「大不況には本を読む」ですから。ちなみに僕はブックオフで105円で買いました。
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タイトルのうち「本を読む」に相当する部分の内容は少なくて、先般の金融危機からはじまった不況を機に、150年前に開国して以来、世界でも稀に見る経済的成功と失敗を体験した日本のあり方そのものを見つめ直す本。 経済は永遠に発展を続けることを前提としているが、それはもう限界にきている。限界を前提とした生き方にシフトしなければならない。そのためには本を読み、近代の見直しをするべきだ。ではどんな本を読めばいいかというと正解はない。その代わりに「書かれていること」ではなく、「書かれていないこと」を読め。
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経済が勉強したくて買った本。
農業がなぜ食べていけないのか? というところが読みたかったのもある。
・全体的にまとまりには欠ける。
・同じことの繰り返しが多い。
・経済に対しての新しい視点が学べてよかった。
・経済=お金の循環 産業革命から時代が変わった
・超先進国は、仮想空間でお金を循環させる
・景気は上向きになるという、前提からそもそも疑うべき
・飽和状態から、景気を減退させるという選択肢もあり。
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タイトルに反し、日本経済の話。
分かったようで分からないことに対して、筆者独自の観点から考えを巡らせるというのはいつも通り。でも、今回はその巡りがいつもほど軽快ではなく、同じところでぐるぐる回っている印象。いつもは同じことを手を替え品を替えつつ展開していくのに。
一方その中でも、本を読むというこのは、書き手の言うことをそのまま受けいれて従うことではなく、書かれていることをよんで、そこに書かれていない事を考えること、という一節には非常に感銘を受けた。
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行き詰った「現在」を考えるためには、過去の出来事を見直す必要がある。また、何かを読むという行為は、どうしたって「ではこれからどうすればいいよいか」という思考を揚棄することになる。したがって、本を読まなければならないのである。僕自身も、もうどうしようもなくどうしようもなくて、読まずにはいられないのだ。人が恋に落ちるように。あるいはニトリ君が女装をするように。高月君が男装をするように・・・・・。読むことは、とりもなおさず、そこに書かれていない何かを読むということである。俗にいう行間をよむことが必要とされている。何を考えるべきかを考えなければとてもじゃないが解決できないほどの問題が山積してるからである。
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[ 内容 ]
もはや読書と出版の復権はありえないのか。
「思想性ゼロの国」日本でいま起きている日本人の魂のドラマを描き、「本を読む」人間をここに取り戻すための方法を深く考察した、硬骨の力作。
[ 目次 ]
第1章 この不況はどのような不況なのか?(解決は困難だが、解明はそう困難ではない大不況;この大不況はどのように収束されるのか?)
第2章 人類の折り返し点(黒船にやって来られた国の考え方;経済は永遠に発展しうるのか?;歴史はもう停止しているかもしれない;日本と世界の不思議な関係)
終章 「本を読む」ということ(役に立たない「本書のまとめ」;「本を読む」ということ)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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著者の橋本氏は小説家、文芸家で、本書のような経済評論は本職ではないと書かれています。団塊世代の人でもあり、高度経済成長やバブル崩壊も体験し、出版業界(ここでは小説などの読み物を想定)は不況に強いといわれていた時期も知っているというところから、話が始まります。
そして橋本氏の持論につながるわけですが、高度経済成長が日米の貿易不均衡を拡大し、日本が輸入を拡大することを米国に押しつけられたことから、バブル経済とその崩壊による不況が起こったと考えているようです。
(余談ですが、日本のTPP参加の論評でも同様の意見がありました。輸入拡大を米国が押しつけ、日本がそれを承諾する流れはいつも同じですが、それで日本への輸入を拡大できたのは、米国ではなく中国や韓国だ、という話は皮肉なものです。)
今世紀に入ってからのサブプライム問題、それに続くリーマンショックは、欧米各国が実態のないものを取引することで利益を得ていた構図が崩れたこと、日本は先進国の中で唯一「ものづくり」を主力としていたため金融不況の影響は受けなかったものの、実体経済が止まってしまって大きなダメージを受けたこと、などが主張として展開されています。
さて、出版が不景気に強いのは今は昔の話ですが、「ビジネス書ばかり売れて、小説が売れない」という嘆きが事実なのかどうか。自分は小説は読みませんが、自分の感覚では、電車の中で本を広げている人の半分は、小説です。ビジネス書や各種試験の問題集などの技術書を読んでいる人も多いとは思いますが、かなりの人が小説を読んでいるように思います。もちろん、何を読んでいるかまでのぞき込むことはできないものの(自分は乱視で遠くの細かい文字は見えないし)、隣や前の人の読んでいるものはちらっと見えることがあるので、そのときの感覚では、小説が読まれていないということはないと思います。
ただ、今では小説も娯楽のために読まれるものが増えてきてしまっていて、教養として読まれる小説は減ってきたのかな、と感じます。ベストセラーとなった『ハリー・ポッター』シリーズも『1Q84』も、娯楽的要素が強いでしょう。タイトルには「大不況には本を読む」とありますが、多くの人が心のよりどころとできる書籍は、ほとんどなくなっている、とはいえるのかもしれません。
そして、本書の最大の問いかけは、「今回の不況はどのようにして終わるのか」「どうなれば不況が終わったと認識されるのか」でしょう。これまでの不況との大きな違いは、経済を動かすシステム自体の構造問題であり、元の状態に戻れないことです。なので成長率や失業率で不況を脱したかどうか判断することは難しく、新しい経済システム、場合によっては資本主義を乗り越える概念の構築が必要になってくるかもしれません。
産業革命以降、経済成長を続けてきたことが限界に達したという表現もありました。とはいえ、人間は本質的に自己の成長を求めるものだと考えていますし、人間の集合体である社会や経済も、成長すること、進化することが究極の目的でしょう。これまでの経済成長の延長線には、新たな時代はないかもしれません。ですがそれは成長を否定するもの��はなく、別の形での変化、進化という形で新たな社会の成長を見ることができるかと思います。
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中途半端な豊かさは、すべてを失う。
豊かさに慣れてしまう。
書かれていないことを読む。
書かれたことを読んで、書かれていないことを読む。
過去を拒絶して、時代はただ若くなる。
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少欲知足というかダウンサイジングの発想ですな。→「一九八五年に日本が経済の規模を縮小させていたら……」
リーマンブラザース破綻による世界同時不況下で書かれた本書。アベノミクスや東京五輪開催決定で世間はまた内需拡大、景気回復への道を向かい始めているように見える。バブル時代と同じことが性懲りもなく繰り返されるのだろうか…