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テレビに縛られる生活が窮屈になったのをきっかけに、少しずつテレビ離れをしはじめて、今ではテレビがなくても全く支障のない生活が送れるようになった。もっとも、家族はそういうわけでもないので、家にはテレビはあるものの、俺は茶の間にいる時についてたら観る程度で十分。
が、そういう生活になる前は、民放バラエティはなくてはならないものだった。日々のストレスを晴らすのに、酒とお笑い番組はうってつけの薬だった。高校・大学受験の時も勉強の合間に観るテレビや聴く深夜ラジオは、欠かせない安息の時間だった。
ヤングタウン
オールナイト日本
突然ガバチョ
夜はクネクネ
EXテレビ
ゴッツエエ感じ
明石屋電視台
M-1グランプリ…
これら全部に関わっている男、倉本美津留のドキュメンタリーがこの本である。既成の放送スタイルを嫌い、安易な番組編成を壊すために徹底的にバラエティを追求した男。そ之根底に流れる熱くて優しい想い。倉本さんの名前はこの本を読むまで、せいぜい番組内でちょいちょい弄られてるのを聴いてた程度だったんだが…。彼の感性で作られてきた番組が俺のストレスを癒やし続けてくれたことに、気付けたのが一番の収穫。
最近のバラエティ番組の薄っぺらさが嫌いである。スポンサーと視聴者からのクレームにばかりビビって、過剰にテロップを入れたり、商品名とかブランド名にボカしを入れたり。芸人は鮮度が命とかいいつつ、ダイソーで買ってきた便利グッズさながらに使っては捨て、飽きては捨て…。そのくせ、人を傷つけることは平気で放送してたりする。
ネットやゲーム機に負けたからと言われているテレビの衰退。俺は自滅に近い部分も大いにあると思っている。公共の電波を利用していることに特権意識を持ち、かといって責任を感じないマスコミ連中。腐った自尊心と無責任の塊の旧弊したバカどもである。
倉本さんの番組にもそういう要素がなかったわけではないんだけど、少なくとも彼や彼を取り巻く連中には「絶対オモロいもんを作ったる。テレビにかじりつかせたる」っていう意識と、生活に笑顔があることへのあくなき挑戦心があったように思う。視聴率とかスポンサーとか、そういうのは障害物であって乗り越えなアカンという気概。
もうテレビはオモロない。でもかつてオモロかったテレビ番組を作ってきた人のドキュメントは、レビューがこんなに長文になるくらい凄くオモロかった。人生を楽しむ上で参考になる1冊である。
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「突然ガバチョ!」・「夜はクネクネ!」(何れもMBS)・「EXテレビ」(YTV)という、80年代~90年代半ばにかけて、それまでテレビバラエティーになかった番組が席捲した。それらの番組で人気を博した企画は形を変え、引き継がれていく。ダウンタウンの「笑ってはいけないシリーズ」、「鶴瓶の家族に乾杯」に代表される「街ブラ」、「開運なんでも鑑定団」等の元ネタとなっている。その企画を生み出したのが構成作家 倉本美津留。その異才ぶりをスポーツドキュメンタリーで知られた著者が、アシスタントディレクターを経て構成作家へと転身、松本人志との出会い、そして現在の非お笑い分野の仕事までを丹念な筆致で追いかけた評伝。倉本は様々な番組に関わるも、一貫して追求するのは「ドキュメンタリー的な笑い」。予定調和な笑いを排除し、「何が起こるか分からない、その意外性こそが面白い」…、企画をめぐってディレクターと口角泡を飛ばさんばかりの激論、放送事故もあり得る、キワキワのその一瞬に賭ける。その姿勢は時に攻撃的であり、時にアナーキーでありながらも、M-1の一次審査全3,000組のビデオにすべて目を通すなど、通底には笑いに対する真摯で貪欲な姿勢が今なおコンコンと湧出中である。本書一読後、youtubeで当時の番組を検索してしまう衝動に駆り立てられることお約束します。
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ルポルタージュの手法で描かれるEXテレビなどのエピソードはたしかに面白くはあるのだが、いまひとつ最後までしっくりこないのはなんんだろう。倉本美津留"以外"の部分が身内褒めみたいに見えちゃうからなのかも。
だがそれも、倉本美津留に憧れたテレビマン向けの本として考えればこんなもんな気もする。
「すごい(が、フォロワーにゃ真似できないだろう)」みたいなところが透けているあたりに引っかかりを覚えているのかもしれない。