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著者の第二長編で、邦訳は初めてとのこと。
スペインの不安定な世情を背景にした、複数の世代に亘る骨太の社会派ミステリで、スケールの大きさや世相に切り込んで行く筆致は松本清張を思わせる。
他の作品も邦訳が出れば是非読みたいので、本書は売れて欲しいところ。
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スペイン現代史にさほど詳しいわけではない。ヘミングウェイや逢坂剛の作品を齧った以外、あまり勉強していないのが実情である。それゆえ、スペインの作家がスペインの現代史を題材に書き上げたネイティブなこの作品には惹かれるものがある。しかも、フランコ没後、独裁制から民主化に移行したこの国にとっては大転換となるこの時期である。本作は、平和というものの産みの苦しみの中で様々な陰謀とそれに絡め取られていった人々の重厚、かつ壮大なノワールとも言える力作なのである。
多くの登場人物が現れる。また多くの過去の複数時点を語る物語でもある。複雑に絡み合った人間たちの愛憎模様と、彼らの離合集散が生み出す化学反応は、時に繊細、時に大胆であり、一見わかりにくく読み辛いとの印象を与えるかもしれないが、実際には緊迫の一ページ一ページに気持ちが集中してゆくうちに、いつの間にか一気読みさせられている自分に気づく。
目を覆うばかりの暴力描写は、趣向と言うより、むしろ作家の目から自国の歴史を振り返って見て獲得したリアリズムだろう。民主化してなお、実際に起こった一部軍人たちによる革命未遂事件を題材に、そこに至るスペイン史のうねりの中で、個人たちが彼らの熱情や復讐、欲望と非情と、善悪入り乱れる争闘を繰り広げる展開が続く。よって、登場人物は多いのだが、語り口の巧さが混乱を避けたストーリー理解に導いてくれるので、安心して頂いてよいだろう。
そして、一人一人の登場人物の個性の強さも、本作の読みやすさに繋がっている。女性弁護士マリアと彼女の父、元夫。囚人で元刑事のセサルと彼の父。セサルの元同僚のマルチャン。異常者で残酷な殺人者のラモネダ。戦中に暗殺されたイサベラ。その夫であり秘密警察所属のロレンソ。そして残された二人の兄弟(兄はドイツ義勇隊としてロシア戦線へ。弟は精神を病み施設へ)。一族の秘書であり戦略家でもあるプブリオ。さらに、事件に巻き込まれ、運命に揉まれ、生死を分かってゆく彼らの周囲の人々。どの人物も複雑だが有機的に関わり合い、縦糸と横糸となって分厚いタペストリーを紡いでゆく物語の素材となってゆく。
1981年2月23日の革命未遂事件は「23-F事件」と呼ばれているらしい。Fは二月を表わす。日本の二・二六事件は戦争の始動を暗示するものであったが、スペインの23-F事件は最早戦争は終わったのだと改めて象徴されるような事件であった。しかしその裏での駆け引きも含め暗黒史的闘争があっただろうことは、この作品を通して十分に伺い知ることができる。
物語の時制は、現在がこの23-F事件の前後である1981年。しかし、物語はファシズム台頭する1940年代に始まり、戦争を利用しつつ弾圧や独裁化に向けて、国家的野望が不穏分子を国中にばら撒いた時代に移行する。イサベルの暗殺が起こり、一家が離散し、殺人者や目撃者が仕立て上げられ、世界が秘密というベールに被われて、現在の平和という表皮に隠蔽されてゆく時代に。
それらのすべてを暴き葬るかのように、著者ビクトル・デル・アルボルのペンは、この世で最も強い武器となる。各新人賞を獲り、この後もロシア戦線収容所の真実を暴き出す作品等、骨太の創作を続けているらしい。何よりもカタルーニャ自治州警察に20年間在籍していた現場実績を持つ作家という視点を持つことにも注目したい。
最後に本書の原題は"La Tristeza Del Samurai"(サムライの悲しみ)である。作中に重要な道具として存在する日本刀の名である。日本人は、この作品には一人も登場しないが、人間の魂を込めた精神性のシンボルとしてこの日本刀が非常に印象的に使われている点に、是非ご注目頂きたい。バルセロナやピレネーなどスペインの国土の美しさともども、過酷な生と死の物語に、より深みを与えていることがわかると思う。
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1980年代のバルセロナが舞台でそこから40年前に起きた殺人、策略、嘘、憎しみ、復讐。家族三代にわたって引き継がれることとなった憎悪。そして始まる復讐。全てはそのためというような人生を生きてきた者。それを止めようとする者。そこには法や社会を超えたそれぞれの正義があって悲しみの連鎖がある。憎しみから始まり、運命に動かされ、それだけにしか生きることができなかった人間の悲しみ、孤独がある。個人的に文体がすごく好きでとても心地よかった。
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スペイン、1980年、弁護士マリアは警官セサルが情報屋を暴行した時間で警官を刑務所送りにし、売れっ子弁護士へ。しかしセサルは娘を拉致されていた。大物政治家が裏にいて、暗躍している。マリアはセサルに話を聞きにいくと・・・1941年、フランコ政権下、ファランヘ党幹部の妻イサベラ・モラは息子を連れて夫から逃げようとする。しかし・・・40年を経て、暴れ出す謀略、怨念とは・・・
ううむ。こういう話は大好物だ。ラスト近辺でややもたつくので全体としてやや長いけれど、それ以外は完璧に面白い。
イサベラはなぜ夫から逃げようとするのか、その結果どうなったか。それがどういう怨念を生んだのか。40年後、誰がどうなったのか。大物政治家は何を隠そうとしているのか。壮大な大河ドラマとなっている。スペイン近現代史とか重厚長大な物語がお好きな人には強くオススメしておきたい。ものすごくややこしいので、自分用のメモとして、下にネタバレあり。
※以下ネタバレ
イサベラは精神的に問題のある次男アンドレス(夫に施設に入れられそう)を連れて逃げようとした。夫の部下のブブリオは、マリアの父ガブリエルにに殺害を命じる。偽の目撃者として脅迫されたレカセンスが偽証し、無実のマルセロ(セサルの父は)処刑される。イサベラの夫ギリェルモは次男アンドレスは施設に入れ、母を愛し自分を批判する長男フェルナンドは戦争に送る・・・
ブブリオは出世して大物政治家になる。セサルはブブリオの悪事の証拠を握るが、娘を拉致されてしまう。その件で近づいてきた情報屋を痛めつけ刑務所に行くが、ブブリオ側から、娘の命が大事なら悪事の情報を出すなと脅される。というような話。以下省略
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病室のテレビは国会が襲撃されたクーデター事件を放送している。一九八一年のスペイン。弁護士のマリアは三十五歳。バルセロナの病院で死にかけている。複数の事件に関わっているらしく病室には監視がついている。事件は一応終っているのだが、逃亡中の容疑者がいて、刑事が時折訪れて尋問めいた話をしていく。マリアは脳腫瘍の手術後で、しかも腫瘍はまだ取り切れていない。髪の毛は剃られ、身体にはチューブがつながれている。
多視点で語られる。遡行したり、現時点にもどったり、行きつ戻りつを繰り返しながら、絡み合う人物同士のもつれあった関係を一つ一つ解きほぐし、一本の筋の通った物語に纏め上げてゆく。親の因果が子に報い、というのは見世物小屋の口上だが、まさに、それを地で行く因果応報の地獄絵図だ。拷問、暗殺、監禁、調教とこれでもかというくらい救いようのない残酷さに満ち溢れている。
三年前、マリアはある事件を担当した。セサル・アルカラという警部がラモネダというたれ込み屋を拷問し瀕死の重傷を負わせた、とその妻が訴えた。証拠も証言も揃っていた。警部は投獄され、マリアの仕事はそれを機会に倍増した。しかし警部の暴行には理由があった。彼はプブリオ議員の悪行を暴く証拠を握っていたが、逆に娘を誘拐され、事実を話せば娘を殺すと脅されていた。ラモネダを傷めつけたのは娘の居所を吐かせるためだったのだ。
一九四一年、セサルの父マルセロは、フランコ独裁政権下のファランヘ党バダホス県支部長を務めるギリェルモ・モラの次男アンドレスの家庭教師に雇われていた。プブリオは当時貰の私設秘書としてすべてを掌握する片腕だった。そんなとき、モラが共産党シンパに襲撃される事件が起きた。暗殺を計画したのはモラの妻だった。イサベル夫人に惹かれていたマルセロは夫人の逃亡に手を貸して逮捕された後、夫人殺しの罪で処刑されてしまう。しかし、真犯人は他にいた。
第二次世界大戦中、スペインは参戦に積極的ではなかった。余力がなかったのだ。ただ、ヒトラーの支援を受けていたフランコは「青い旅団」をロシア戦線に派兵した。父による母の虐待を指弾した長男フェルナンドを、モラはその一員に加えることで罰した。アンドレスは守り手の母と兄を失い施設に放り込まれてしまう。イサベラの処刑を目撃してしまった兵士ペドロも、プブリオの手で同じくロシア行きとなる。
愛する者や自分の人生を奪われた者たちの復讐劇の幕が切って落とされる。三十五年という時間は、人をその容貌だけでなく精神の根底から変えてしまう。ましてやシベリアの強制収容所(グラーグ)という地獄を経験すれば、変わらない方がおかしかろう。死んだものと思われていたのを幸いに時間をかけて計画された復讐手段は手が込んでいた。
一方で権力を得たプブリオは議員職だけに飽き足らず、クーデターを計画し、権力の掌握を狙っていた。自分の邪魔になる警部の娘を誘拐し、口を封じたが、マリアという弁護士が獄中のセサルに接見し、証拠を嗅ぎ出そうと動き出したことに気がつき、マリアの元夫を使って脅しをかけるが、マリアには通じない。そこで、ラモネダをマリアに付き纏わせる。マリアとセサルは、娘のマルタを取り戻すことができるのか。夫人を殺した真犯人は誰か。
スペイン現代史を背景に、父の犯した罪によって人生を狂わされる子どもたちの悲惨極まりない人生を描く圧巻のミステリ。とはいえ、謎解き興味は薄い。あまりに多くの人間が視点人物となって事件を異なる角度から語りはじめるので、謎がいつまでも謎でいられなくなるのだ。そうなると、興味は人間ドラマの方に移るわけだが、今のこの国の現状と変わらず、悪は追及をすり抜け、運命に翻弄された弱者ばかりが憂き目を見ることになる。どこまで行っても霧の晴れない世界に放り込まれた者たちが互いに傷つけあうのを傍で見ているようでいたたまれなくなる。
小説の中で日本刀が大事な役割を果たしている。ただし、日本で作られたものではない。ピレネー近くの村で鍛冶職人をしているマリアの父が作ったものだ。日本人読者からすれば、それはちょっと、と思ってしまうのだが、鞘は泰山木と竹、鍔には龍が彫られているというから本物の拵えのようだ。原題は<La Tristeza del Samurái>(侍の悲しみ)。西洋人から見た武士道に対する憧憬は感じられるものの木に竹を接いだような違和感が残る。
バルセロナを舞台にしたミステリといえば、カルロス・ルイス・サフォンの『風の影』を思い出すが、スペインの近代史を背景にしている点以外にも、グラン・ギニョールを彷彿させる血塗れの残虐さや醜悪さの追求といった点に共通するものを感じる。裏切りとそれに対する報復に寄せる執着も並々ならぬものを感じる。国民性などという言葉で簡単に括りたくはないが、美観地区にちなんで、バルセロナ・ゴシックとでも名づけたいような独特の雰囲気がある。人にもよるが残酷描写が嫌いでなければハマってみるのも悪くないかもしれない。
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初のスペインミステリー。スペイン近代史の流れの中で起きる事件から、目が離せませんでした。モラ兄弟が悲愴。それに政治家となったあの人、そんなに権力あるものなの?もの悲しげなラストでしたが、もっと堕ちてもいいのでは、とすら思えました。それほどの悪辣さです。
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ある誘拐事件に関して口を割らないケチな情報屋を執拗なまでに拷問し、命の危険にまで追い込んだ悪徳警官セサルは塀の中に収監されていた。セサルを刑務所送りにしたのは弁護士のマリアだ。フランコ軍事政権下にはびこっていた強欲な警官に違いないと、被害者の弁護を請け負ったマリアは、セサルの非人道的な行いを徹底的に裁判で攻撃し勝利した。その結果としてマリアは名声を得て、セサルは自由を奪われた。
それっきりで二人の接点は途切れるはずだった。しかし、いまマリアは刑務所にいるセサルに会いに来ていた。私はとんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない、という疑念が頭から離れなかった。果たしてセサルが執拗に聞き出そうとしたその情報とは何なのか。
三世代にわたる殺人の連鎖の謎を解くために、二人は過去の諍いを越えて手を取り合う。
その結末は・・・
物語を読み解くのに、スペイン現代史を知っているのに超したことはないと思うが、知らなくても十分楽しめる。一級品のミステリー。本の帯には「濃密な人間ドラマが胸を打つ、ヨーロッパミステリ大賞受賞作」とある。決して大げさじゃない。読み終わった後、ここまでの満足感を感じたことはあまり記憶にない。確かに、濃密という言葉が一番しっくりくる。
物語はフランコが政権を掌握したはじめの頃1941年頃と1981年頃を行ったり来たりする。
40年代は軍部怖さに誰もが自分や家族の命と、あかの他人の命を天秤にかけた。命の価値は平等だなんて考えは平和な時代に暮らしている人の考えだ。命令に従って誰かを殺して家族を守るか、命令に背いて家族共々殺されるかの二者択一だ。
物語の中で殺人を犯す、誰かを傷つける犯罪者たちも、見方によっては被害者として捉えられる。もともとは心優しい人たちだったはずなのに、やむを得ず犯罪に手をそめるうちに心を失っていく。だから、切ない。そこに人間性のかけらが見えるから。
スペイン語の原題は「武士の悲しみ」らしい。物語の小道具として日本刀が出てくる。あんまり道具として効いているとは思えないので邦題を変更したのは正解かも。
作者は日本刀に破邪顕正の意味を持たせたかったのかなぁ。怪物に成り果てた人物を日本刀で斬ったから。内側にあるはずの(心)を取り出したという意味で使いたかったんだと思う。
「日本刀」は効いてないけど「心」は描けていると思う
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ミステリとあるがSFのようである。 過去の事件の方がなまなましく、現在の人は過去の亡霊におびやかされているかのように影が薄い。登場人物たちの感情や内面や背景を極限まで廃しており、不思議な読後感。
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第七章の途中まで読んだけど、割と陰鬱で結構しんどいので読み進めるのやめようかなぁ。バルセロナらしさとさほど無く。
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とても重たい。漂う空気は常に緊張して喉が渇いて、口臭がする。そういう緊縛した世界で描かれる人の命の重たさがずっしり。主に三家族の不幸が重なり絡まり全ての人達を苦しめ続け、権力という吸い上げ気により、人生を狂わされた人々の物語。暴君の家族ですら、本人以外、むしろ一番悲劇を植え付けられている。それを後世にのこすなー。悲劇の遺伝。こう、皆わかっちゃいるが、悪者はなんでしぶとく生き延びるかなあ。なんかどっか壊れてんだよね。周りが全員不幸で、自分だけ幸せでいい、ってさ、生きる資格ないと思う。
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スペインを舞台に、フランコの独裁政権下の1940年代に端を発した事件が、時代の流れを伴って民主化直後の1980年代のさらなる事件へとつながっていく。
スペインの陰鬱な時代背景が大きく作用するストーリー展開のおもしろさはあるものの、復讐をベースとした拷問、監禁、殺人など、全編をおおう残虐さには閉口する。ヨーロッパミステリ大賞受賞作ということだが、血生臭いものは年々苦手になってきているので、帯にある「人間ドラマ」を味わうゆとりはなかった。
コロナで閉塞的な日が続くなか、『極北』『幻夏』など重苦しい読書が続いたので、このあたりでほっとしたりスカッと気分転換のできたりする作品を読みたいな。
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これから本書を読む方には、事前に以下の事柄を押さえておくようお薦めしたい。
本書のストーリーは1940年代と1980年代を頻繁に行来しながら進んでゆくが、それぞれの時代におけるスペインの政治的状況、歴史的事件が関係してくる。
40年代においてはファランへ党(ファシスト政党、いわばスペインのナチス)による国家統制、それに独ソ戦への「青い旅団」(青師団)派兵。
80年代では、1981年2月23日の軍事クーデター未遂事件。スペイン人の読者であれば、物語がその日付へと収束してゆくことに、早めに気が付くのではないかと思う。そして、気が付いたほうが先の展開により興味を持って読めるのではないか。
十数名の登場人物が複雑に絡み合う物語なので、せめて歴史的背景くらいしっかり把握して読み始めたほうが話について行きやすいだろう、と老婆心ながら考えた次第。因みに、犯人当ての要素はほとんど無い。あと、僕のように記憶力に自信がない人は、人物相関図を描いたほうがいいかも。
以下、ネガティブな感想がひとしきり続く。ネタバレこそないものの、これから本作を読む人、本作が気に入った人は閲覧注意、かなり興を削ぐようなことばかり書いているので。
情景描写、心理描写に成熟した表現力を見せる書き手で、これぞ大人の読み物、と好感を持って読んでいたが、中盤から細部の書き込み過ぎでテンポが良くない。概して、詩的表現は上手いがストーリーテリングはイマイチ。場面転換するたびに登場人物が物思いに耽るひとくだり、「人間はちっぽけな存在だ」云々、等々。独想・心象風景に筆を費やし過ぎで、読んでいてイラッとくるところもあった。
それに加えて、十数人もいる登場人物を差し置いて、語り手がまあ語る語る。自分の口で言わせてやれよ、と思いながらササッと読み飛ばしたりして。
極めつけは意味不明なピンポイントのオリエンタリズム。それ要る?欧州ではウケた?
主人公は一応弁護士マリアなのだろうが、群像劇の趣もある。登場人物が複雑に絡み合った全体像が判るのはかなり読み進んでから。その後、ストーリーは割と月並みな展開を見せる。ブクログでは案外評価が高いので、これから他の人の感想を読んでみようと思う。