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バラードの自伝的長編が文庫化。確か単行本は国書刊行会から出ていたんだよな。
上海で生まれ、太平洋戦争中は上海の民間人収容所にいたというバラードの体験が色濃く反映されている。決して美しいばかりではない上海という街や、主人公が両親と生き別れて収容所生活を始めてからの描写は真に迫るものがある。
また、子供らしい単純さと、逆に捻くれたところのある複雑さが上手く混じった主人公の造形は非常に魅力的だった。
これでバラードの邦訳書のほぼ全てが創元SF文庫で読めるようになった。後は新潮社から出ていたコカイン・ナイト辺りなのだが、これも復刊されないかなぁ……。
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上海の日本軍の外国人捕虜収容所時代の自伝的小説。
11才になったばかりの1945年12月8日、真珠湾攻撃があり、ほどなく上海の外国人は日本軍の捕虜収容所に収容される。収容から解放まで、ジム少年の11歳から14歳までの収容所での生活を描く。最後にはかなり大きく見えていた大人と背丈がほぼ同じになっているのに気づいて驚き、そうだ自分はもう14歳なのだ、という場面がある。日本式の学年に直したら小学校の5年生の終わりから中学3年の夏までである。
自伝でもかなり収容所のことはページをさいてあったが、小説になると肉体や街、土地の匂いが感じられ、特に銃撃で死ぬ中国人、日本軍、飢えや病気で死ぬ捕虜収容所の人たちが、日常のこととして少年の回りに満ちている。
自伝を読んでいたので、収容所では実際は両親と一緒だったが、設定は両親とはぐれて1人になったことにしている。捕虜収容所では大人たちの間では大人たちの事情があったにちがいないが、まだ11歳の少年にとっては大人の世界のことはよく分からなかったので、少年1人の設定にしたとあった。
「太陽の帝国」とは何なのか?
戦争が終わりそうになり、収容所からスタジアムへと向かう。そこで収容所にいた人たちが病気で死んでゆくなか、ジムは青白い光がスタジアムを覆うのを見る。それが「太陽の帝国」と題された章に書いてある。それは長崎への原子爆弾の光が見えた、となっている。
日本との戦争は終わったが、今度は中国共産党や国民党の戦闘があり、ジムは第三次世界大戦が始まったと思いこむ。
小説にしたことで、饒舌になったバラードの少年時代が現れた気がした。ジム~バラードにとって日本とはどういう存在なのか。ものごころつくころには日本軍が街にあり、ゼロ戦、ナカジマ、と物体としての飛行機が大好きなのだ。街中にある日本軍、事変ではなく本当の戦争へとじわじわと進む日常、まさに「旱魃世界」などの非日常化がじわじわ進む世界を生きてきたのだという気がした。
1984発表
1987.8.30初版(単行本) 図書館
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救われた少年兵の中には新しい生活に馴染めず戦闘に戻っていく子がそれなりにいると聞くけど、その心理ってこういうことなのかもと思ってしまった。ジムは兵士ではなかったけれど親と離れて捕虜として収容されて、戦争の中でできることをなんでもやって生き延びた。幼さも賢さも全部使って適応して本当に想像を絶する。戦勝国の被害者の経験を読む機会は多くないけど戦争ってほんとに誰にとっても平等にひどいものだと思う。いまもあちこちでこんな暴力と残虐性に晒されてる人たちがいることも、私たちに迫ってくるかもしれないことも、本当に辛い。