紙の本
科学か哲学か
2020/01/23 19:46
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投稿者:とめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
心と時間に関して哲学すると死の問題や塵理論にも及ぶようだが、結局は何が分からないかが分かる、印象的な出来事が少なかった期間ほどあとで振り返った時に短く感じられる、意識なんてどうでもいい、といった結論に達するらしい。
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1章5章の内容(時間の流れとは?)と4章8章(死と時間について)の内容が特に面白かった。
最終章で死と時間について取り上げているのがしっくりきた。
塵理論についても面白く読めた。
飛ばし読みしたような箇所も多かったが、タイトルに惹かれたなら読むのをおすすめできる一冊。
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まず真っ先に指摘したいのはこの本の章立ての独特さだ。もちろん意欲的な試みだとは思うのだが、扱っている題材の重さと新書というメディアからするとやっぱり複雑すぎると思う。奇数章で時間の認識論及び存在論、偶数論で理論の現実世界への適用のあり方を扱うというのはいいとして、これをさらに前半と後半で2分割する必要があるのだろうか。結果として議論がぶつ切りになってしまい、僕には一つの統一した書籍として処理することができなかった。仕方なく本書を断章の集積としてエッセイ的に読んだのだが、やはりフラストレーションは否めない。ただ各章の内容それ自体は極めて示唆に富んでおり、興味深く読めるのは間違いない。
有名なリベットの実験を初めて知ったのは多分ノーレットランダージュ「ユーザー・イリュージョン」だったと思うが、その時に感じた素朴な疑問を本書の第2章がダイレクトに扱っているのが嬉しかった。件の準備電位の実験は「自由意志の発現時点」が確定可能であるという前提を所与として行われているのだが、これを読んだ時「そんなの被験者の自己申告なのにどうやって客観的に確定させるの?」と思ったのだ。こんな素人考えは僕だけのものだろうなあと思っていたのだが、改めて本書の「自由意志に明らかに対応する心理現象などあるのだろうか?」という疑問に接して再び意を強くした。仮にそういう心理現象が確定されたとしても、さらにその原因となる前駆現象を探さねばならないという無限後退に陥る。脳神経科学の唯物論的な議論に一定のシンパシーを覚える僕だが、ひょっとして脳神経科学はプロセスを解き明かすのには至便だが、自由意志の原因にリーチするという目的からは離れてしまうのでは?とも思ったりした(ただし、本書でも触れられている「脳と時間(ディーン・ブオノマーノ著)」では、脳内ニューロンの電位変化から prospective に被験者の動作を予測できたという実験結果が紹介されている。これが事実ならリベットの実験にも hindsight 的な側面はないことになるのだろうか?)。
1章の議論も、僕が抱いてうまく言語化できなかった疑問をストレートに表現してくれている。時間を測ることの奇妙さだ。物理的な質量・大きさなどの他の概念と異なり、時間を測るときだけはなぜだか「物差しの長さをその物差し自体を使って測る」ようなトートロジーを感じるのだ。なお本章で扱われる「バーバーポール説」も、時間の流れとはあらゆる時空が並存する「多元宇宙」の各ブロックを連続して認識した時に生じる錯覚であるというブライアン・グリーンの説を想起させ興味深い。どちらも「この今」という概念を捨象し「今」性というべき時間の一般性を扱う点で共通している。
ラッセルの「5分前仮説」に関連し、個人的に好きな野矢茂樹氏の議論が扱われる第3章。著者の主張は「5分前仮説は確かに危険だが、1秒前仮説や1億年前仮説と同等の危険性しかない。無数に挙げられる懐疑論の一つでしかなく、そこには深刻な個別の懐疑はないため無視しても無害」というもの。うーん、確かに小気味良いけど、果たしてそれでいいのか…。「無数に挙げられる懐疑論が全て致命的に危険」という可能性はない��か。仮にこれが「個別の危険性」を唯一の評価軸にしてよいという意味なら、思考実験の大宗は無意味ということになりそうな気がするが、違うのだろうか。ただこの章を踏まえた、なぜ我々が眼前の「スケッチ(5分間仮説における懐疑の出発となる土台)」を出発点とせざるを得ないかを論ずる第7章は、エピソード記憶をメタ的に分解することで眼前の景色の蓋然的な確からしさを身体論にリンクさせており、なかなか面白い。
あと印象に残ったのは第6章。イーグルマンのように有責性を脳の器質的要因に帰属させるとなると、それは確かに未来志向的(予め規定された犯罪の類型=タイプとの照合で有責性を判断)ではあるが、個別の(=トークンとしての)犯罪には他行為可能性が認められないことになり、その犯罪者に修正可能性がなければ責任は問えないこととなる。かなりラディカルな決定論をとっているといえるが、これに対する著者の反論が気が利いている。犯罪について環境と遺伝を重視するのであれば、ことの善悪を問わず社会制度全般に同じ評価軸を当てざるを得ず、倫理に与える影響が甚大だというのだ。つまり器質的決定論は正しいかもしれないが、現実社会への適用の場面で問題を生じる。「認識における未来志向」と「効果における未来志向」を衡量し、倫理の進化過程に鑑みれば後者に天秤が傾いているため前者は放棄して良い、というのが著者の考えであり、プラグマティズム重視と言えよう。ただ、発生主義で決定論と自由意志のコンフリクトを調停しようというのはよくある手筋。本書では量的な制限もありそこからの深い議論はなされていないのがやや残念。
読み終わってみると「あれ、これって時間の本なんだっけ?」と思うほど扱われている領域が多岐にわたっていることに気がつく。やや不親切な章立てには不満を覚えたが、時間のもつ圧倒的な奥深さを実感できたことは収穫だったと思う。
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自分がいつの時期の自分かわからなくなる認知症。
自殺そのものは罪ではない。
タイムトラベル
相対性理論で浦島効果=未来へのトラベルは論理的に可能。
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人は自殺の権利を持つか? 先日の「死」とは何か…とは違い、絶対的存在を前提としない「死」「生」感。
この手の本は何度か読み返さないとダメだな。
以下印象に残ったフレーズ幾つか。
マインドワンダリング、人は日々の半分近い時間を「目の前の現実」と関わりのない思考に費やしている。
Postdiction 予言(Prediction)逆、不連続の事象や刺激の中間に、結果として本来存在しない何かを感じる。
トリックで選ばなかった方の選択理由を述べるチョイスブラインドネス。
自殺する権利、未来からの不同意にいかに対処するか?
インディジョーンズ、レイダース失われたアーク、物語の結末にとってインディはそもそも不要だった?
「#心にとって時間とは何か」講談社現代新書、青山拓央著
Day69
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様々な角度から「時間」を論じた哲学の本。
第三章 〈記憶〉過去のデッサンを描くには
第四章 〈自殺〉 死ぬ権利は、権利なのか
第五章 〈SF〉 タイムトラベルは不可能か
第六章 〈責任〉 それは、だれかのせいなのか
上記の4つは大変読み応えがあった。それ以外は、自身の読解力不足故に、まだ消化できていない。いずれ再読したいと思う。
特に第六章 - 責任は、読み進める途中、昨今世間で注目される裁判の結果が幾度も思い起こされた。裁判とは、正に法の下に責任の所在を明確にする行いだからだ。
最近は特に、世論や国民感情からかけ離れた、被告人に対して甘い判決が下ることが多いと自分も感じている。
だがそれは、裁判官の能力や適性云々によるものとは言い切れないのではないか。読了して率直にそう感じた。
彼らは、一般庶民とは異なる眼鏡を通して物事を見つめている。同じ対象物でも、角度によって全く違って見えるように。それはある種の責任に関する哲学かもしれない。
大物女優の覚醒剤事件に判決が下り、池袋の事件は在宅起訴となったが、果たしてどのような顛末を迎えるのだろうか?
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『心にとって時間とは何か?』
1.本書を購読する前の私
2020年、心に対しての関心を高め、心のテーマの読書を開始しました。
この書籍は、自身の時間を自身に向き合うをイメージして手に取りました。
2.読了後の私
この書籍の前置きと後書きに記載のとおり、著者は執筆にあたり、一般を対象にする意思はありません。
また、すべての章を理解してもらうことも求めていません。
内容はそれほどに難解なものでした。
3.著書から共感できた内容
①よく使うポジティブ、ネガティブとは?
こちらは、心と時間の視点で定義しなおすと下記のようになります。
ポジティブ。思考の対象を未来に据えること。
ネガティブ。対象を過去に据えること。
②心と決定とは?
決定、決めるという行為。この行為にどれだけ心が反映されているか?の問いです。
著書では、決定に対して心が影響を及ぼす範囲は部分であり、全体ではないということです。
選択しているようにみえるという、曖昧な世界が存在するということです。
4.最後に
他のひとのレビューにもありますが、目次をみて、関心ある章から読むこと。
難解ならば飛ばすもありです。
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テーマは興味深いが「時間とは何か」の前にそもそも「心とは何か」が私にとっては問題なのだけれど、そこは共通認識がある前提で書かれている…のかな?一通り読んでも「心」の定義(著者がどう定義して書いているのか、そもそも定義しているのか)がわからない。
「心」というよりは「意識」や「脳」に近いような気がした。確かに近いものではあるように思うが、イコールではないと私は捉えている。サブテーマを見る限り「意識」とも違うのだろうけれど、その辺りが何とも言えず、モヤっとした。
あとは、分かりやすい本ではないが難解な内容というより読みにくい文章だと感じた。まぁ慣れなのかもしれない。
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“自由”や“記憶”など大きなテーマに一石を投じる一冊。
普遍的と思われている概念を良い意味で“疑う”とこで心の視野狭窄に陥ることを避けられると思った。
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特に〈自殺〉の章の話が印象的でした。
『自分自身に関してなら「理想の自殺」を思い描けるが、その細部の条件はしばしば他者には当てはまらない。
つまるところ人間は、自分と似た境遇にある他者のことしか、よく分からない。』
『「自分には十分に分からない他者の苦しみというものがある」と気づくことも、また、想像力による。想像力の及ばない領域が存在するということについての、想像力があるわけだ。』
誰もが納得するような条件の自殺は難しいです。
安楽死が認められてる国が数カ国あるみたいですが医師の判断はすごく重そうですね…
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知覚 自由 記憶 自殺 SF 責任 因果 不死
八章からなる知的興奮を覚える一冊。
著者の青山氏は、時間の専門家である。しかし、変な癖がある。本書の第一章で、本人が自覚して書いているところもある。が、作為的なのかどうかわからないところもある。
文章表現で、「といった。」とか、「ような。」で文が切れる落ち着かない印象を与えるところがあるし、また、時間の系列がレコード盤のように飛んでいくという傾向は処女作の「タイムトラベルの哲学」から変わらない。これは癖とは違うのだろうか?
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ちょっと難しい本だった。ぼんやりと買いてあることは理解できる。床屋さんのサインの一行一行に自分が乗っていて、同じところをぐるぐるしているだけかもしれないという説や1時間かけて5分後の世界へタイムトラベルするのは未来へのタイムトラベルか過去へのタイムトラベルか、5分前創造説は過去を否定しない(5分ぶんは過去がある!)などなど刺激的なテーマが多く、おもしろかった。
ただ、理解が追いついてなくてもどかしいという感じもする。今年は時間の本をたくさん読んでいるように思う。
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作者の学問と人生の謎に対する真剣な姿勢に尊敬する。
難解でしたが、すごく面白かった。
「今の錯覚」、「自由意志」、「塵理論」とか
過去に戻って選択し直すことができないから
その選択が偶然だったのか必然だったのかは証明不能である。
反証も不可能である。
人間は自分の脳と身体のセンサーに限られている
「真理とは何か」を聞くのは答えようがないが、
「限られている人間の枠の中に真理’’とは何か」は無意味な問題とは思わない。
人間の枠の中から、その真理’が有限で認識可能と保証されたのだと思う。
限定語をつけて”心にとって”時間とは何かを問い続けることで
簡単に虚無と無限という深淵に食わられないような気がする。
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「心にとって時間とは何か」というテーマについて、「知覚」、「自由」、「記憶」、「自殺」、「SF」、「責任」、「因果」、「不死」という8つのサブテーマに沿って、どこまでが分かっているかを示し、何が分かっていないかを描き出す。
非常に面白い試みと思い、ワクワクして読み進めたのだが、自分に哲学的素養がないためか、結局、何が分からないのかよく分からなかった。ただ、「責任」についての章はまだとっつきやすく、現実世界にも示唆深い内容と感じた。
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一読しただけの状態で、実のあるノートが書けるとはとても思えない本だ。
でも、時間についてわかっていないことがこんなにある、と知り得ただけでも十分自分には意味があった(と思う)。
行動の意志を起こす以前に、既に何らかの脳反応がある。
そんな実験が結果が発表され、その後も研究が継続されていることが紹介される。
筆者によれば、現時点ではまだ人間の自由意思を否定するほど強い結果ではないそうだが、私にはそういう研究さえ、かなり驚いた。
本書では、その直後にチョイス・ブラインドネス(選択盲)の話に発展する。
自分が選択したものをすり替えられていても、気がつかず、すり替えたものを選んだ理由さえ述べる。
こういう現象も、きっと「今」が把捉しがたいからなのだろうか、とも思ったけれど。
いずれにしても、意志とか、主体とかは、掘り崩される方向に進むのだろうか?
その流れからの自殺論、死ぬ権利は認められるかという議論も興味深かった。
自殺には、未来の自分という他者を殺害する他殺性があることを指摘するものの、それですべての自殺の善悪を判断できるわけではないとも書かれている。
なるほど、確かにそう考えると時間論にも関わってくるのだなあ。
ただし、この本は自殺論をメインとしたものではないので、自分の考えを持つにはやはり別の本を読む必要があるようだ(そして親切にもピーター・シンガーらの本が紹介されている)。
少し時間を置いて、もう一度読み直してみよう。