投稿元:
レビューを見る
大変面白く、興味深い随筆でした。
この随筆集は5つに分かれています。巻末の秋山駿氏の解説によると、「一章が人間の原型などを探る原理編、二章がその視線を歴史に投げての実験編、三章が戦争と敗戦、日本のことを考える編、四章が歩道橋など社会問題編、五章が日常の中の自分、いわば私小説編である」そう。
これを読めば本当に吉村昭と言う人の人となり、考え方が手にとるように解ってきます。そして誠に勝手ながら、吉村昭氏に親近感を抱くようになります。
一章では、「作家」(あえてここでは作家という言葉を使う。笑)としての吉村昭氏の姿がありありと見えてきて、普段ヴェールに包まれている (と私は勝手に思っている)作家という仕事の姿が見えて実に興味深いです。同じように、五章でもちょっとそういった部分が含まれていて、作家の実の姿というのが垣間見えて面白いです。
そして何と言っても三章。「二つの精神的季節」。こういうのを待っていた。
吉村氏はすぐれた戦争文学をいくつも書かれていますが、その根底にあるものが一体何だったのかというのを知ることができます。
戦争に関する小説や見聞禄、回想録を読んでも、しっくり来るものと、来ないものがあるなか、吉村昭氏のそれはいつも「しっくり来る」。
その理由がこれでわかったような気がしました。読みながら、私はまったく経験も体験もないのに、共感できるなあとしみじみ思いました。
何と言うか、私たちの世代にとって戦争とは「恐ろしい、怖いもの」「二度と引き起こしてはいけないもの」という点のみが強調されすぎていて、それだけにスポットが当てられている感じがして、国民がみんな被害者のように語られているのだけれど・・・
実際は政治・経済・産業など日常生活に深く染みこんだものであり、戦争は日常そのものであったはず。そういった点があまり語られないのがとても残念で、本当の戦争の姿を知りたいとずっと感じていました。それが私の中で澱のように溜まっていたのだけれど、それを解消する手段を持ちませんでした。
吉村氏の「精神的季節」は、そんな私の澱を一掃してくれるような力を持っていました。実に清清しい気持ちで読みました。読み終えて、清清しい気持ちと、おかしな23歳だな。という二つの気持ちが沸きました。笑
でも、実に良い随筆に出会えたと思います。
やっぱり吉村氏は生まれが戦前で、この随筆の一つ一つ時代が少し昔に書かれたものなので、現代の考え方とは少し合わないようなものもありますが、やっぱり作家。言葉の大切さや、価値について語る随筆には、吉村氏の言葉への思いが感じ取れました。
社会問題に対する随筆も実に興味深く、共感できることが多かったです。
とても面白い随筆集でした。良書でした。