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2021/08/27 16:15
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:エムチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
天才作家の宮沢賢治ではなく、単なるドラ息子、その息子を持ってしまった優秀な父親が書いた息子伝みたいな小説です。謙遜して書いているのかな、と思いましたが、そんな風でもなくて……。確かにこれが実際の宮沢賢治ならば……ねえ
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この作品は、直木賞の選考でも、かなり評価が高かった、と言うことはどこかで聞いた覚えがあり、実際、伊集院静さんの選評には「一回目の選考から文句無しの各選考委員の支持を受けました」と書かれている。
しかし、文庫化されているのを知り、 何とはなしに作品紹介に目を通すと 【清貧なイメージ で知られる彼だが、その父・政次郎の目を通して語られる彼はひと味違う。家業の質屋は継ぎたがらず、「本を買いたい」 「製飴工場をつくってみたい」など理由をつけては、政次郎に金を無心する始末】とある。うーんこれは文豪=くず、のパターンか?と、少し前に読ん だ「やばい文豪」 を思い出す、、、
ところが、実際に読んでみて、私の印象はちょっと違った。実家が裕福で、甘ったれのおぼっちゃんで、やりたくない (できない、の方が正確かもしれない) 仕事はやらず、見通しが 甘かったり、 お金の無心をする息子、確かにそれはそうなのだけど、何というか、その言葉の羅列から想像する、どうしようもないちゃらんぽらんでいい加減な息子とは違う。 読んでいて、お坊ちゃんだなあ、トシが長男で賢治が次男だったらねえと思ったり、政次郎に対しても、なぜそこで援助してしまうかなあ、と思うことは多々あるのだが(苦笑) それでも、「お話を作る」 と言うことに対する質治の秘めた強い思いには胸を打たれたし、 教員として頑張る姿にも、賢治の生きられる場所がそこにはあったのだなあと温かい気持ち になった。
と、それよりもこの作品は 「銀河鉄道の父」である。 「父」が主人公の小説だ。なぜ、賢治が主人公の、賢治から見た父や母、妹、自分の人生、じゃないのかな、と思ったのだが、これが良かった。
私は女なので、父から見た息子や娘と言うのがどういうものなのか、実感を持って感じたり、想像することはなかなか難しいので、特に、「」で実際に発せられている言葉ではない、()で思っている気持ちや、本文として説明されている政次郎の思いが、微笑ましかったり、切なかったり、母親にはない感情だな。と思ったり、とても新鮮だった。
ところで、ストーリーとは全く関係ないのだが。
卓袱台と言ったら、昭和のイメージ、 おやじがひっくり返してる。そんなどこかの漫画やコントのイメージそのままだったのだが、終わりの方に出てくる卓袱台の描写が印象的だった。『上座も下座もない車座』なるほど。 この時代には、むしろ『新時代の家』だったのだ。
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愛が溢れすぎている。
賢治の生涯から一通りのストーリーは元々知っているのに、帰りの山手線で泣いて不審者になってしまった。
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あとがきにもあるように、大作家の父の物語ではなく、むしろとっても現代的な父親の物語。
幼い頃は、神童でどんな立派な跡取りになるかと思いきや、頭でっかちの金の苦労のないボンボンに成長。あぁ、どうして・・・と思いながらも、自分の選んだ道でなんとか自活してくれればと願い、なかばあきらめながら大人になった息子を見守る(いうか、今も昔も、見守るしかできないものかも)
。そのため息の小さな音が聞こえてきそう。
賢治のすぐ下の妹との別れの場面が、とりわけ印象的でした。その悲しみを文学に昇華させてしまう作家・賢治の姿を見て、娘の死を汚されたように感じる父としての思いと、時に冷酷なほどに作家としての道を歩もうとする息子への愛が、同時に湧き上がってくるところが圧巻でした。
それにしても、宮沢賢治の作品は、独特で、似たジャンルのものがないように思います。様々な作品でもモチーフになっている銀河鉄道の夜を、また読んでみたくなりました。
多くの兄弟のうち、上の二人(長女さんは相当の才媛だったのですね)以外は長寿だったというのも初めて知りました。
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宮沢賢治の父親がこんなにも子思いで、親ばかとは。それに対して宮沢賢治はこんなにも我儘で穀潰しとは。もう二度と彼の童話や「雨にもマケズ・・・」の詩を同じように味わえないかも。でもこんな父がいたからあの銀河鉄道の夜が生まれたと納得もできる。
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父から見た息子。あるいは息子から見た父。この二つの間に横たわる感情や思い。それは愛や尊敬、感謝などといった優しいものだけでは決してありません。
同性であるがゆえの対抗心、自分の道を反対し阻もうとする壁、育ててもらった負い目。子にかける期待や親心は時に届かず、もどかしい思いにかられ、子どもはただ反発するのみ。それでも父は息子を思い、息子は父をどこかで「超えられない」と感じている。父と息子の関係性というのは、愛憎という言葉だけでは言い足りない、複雑なものを孕んでいるように思います。
父親は息子に厳しく接し、必要以上に会話も世話もしない、というのが当たり前だった時代。幼少期の賢治が入院すると知るやいなや、政次郎は周囲の目も気にせず、感染覚悟で賢治の元を訪れ、看病にあたります。
この場面でいつもなかなか話せない鬱憤を晴らすかのように、賢治と話すことを楽しんでる政次郎の描写がいい。悪いこととは思いつつも、賢治が入院して良かった、と頭の片隅で思う政次郎の様子。そこから一気に自分の中で、彼の人物像が固まった気がします。そんな政次郎の様子を、政次郎の父であり賢治の祖父にあたる喜助は『父でありすぎる』と苦言を呈します。
小学校に通う年になり、石や土など自分の興味を見つけていく賢治。そんな賢治ににわか知識を披露して悦に入ったり、賢治に上手く言い含められて高い買い物をする政次郎。この場面が本当に楽しそうなのもまた印象的。釈然としない思いを抱きながらも、鼻歌を唄いながら買い物をする政次郎の様子は、そうした父親の楽しさを描ききっているように思います。
小学校を優秀な成績で卒業し、進学し寮に入ることになる賢治。それを見送る政次郎の場面も秀逸! 自分の手が届かないところに息子が行くのを実感し、思わずなみだする。さらにそのなみだの描写がすごい。"なみだ”という直接的な表現をギリギリまで避け、あくまで身体的な感覚で描写するのです。そして政次郎の気づかずうちに"なみだを流している”ということを、感覚的に表現します。素晴らしい描写ってこういうことをいうのか、と実感しました。
年を重ねるごとに、賢治は父親の政次郎の枠には収まらなくなっていきます。家業である質屋を継ごうとせず、夢物語のような事業や学問の道を志し、また家の宗派も否定し、別の宗派にのめり込んでいく賢治。政次郎は賢治を叱り、なんとか道を軌道修正しようとするも、一方で賢治の社会に相成れない弱さを知っているからか、ついついお金をせがまれれば、それを渡してしまいます。
そんな宮沢家に起こった悲劇。政次郎の娘であり、賢治の妹のトシの死。賢治以上に大きな期待をかけていた娘の死、家族の中で最も賢治の理解者に近かった妹の死。それはまた二人に大きな影響を与え、そして賢治はついに童話『風の又三郎』の執筆に取りかかります。
この執筆の場面もすごかった。父と子の複雑な関係性については先に書きましたが、それを深く感じたのがこの場面を読んでのことでした。なぜ賢治は子どものための物語である童話を書いたのか。ここに到るまでの半生、父への思いから賢治は自問し、その���答に到り、そして憑かれたように『風の又三郎』を書きます。賢治が抱く、父への決して口に出して伝えることのできないある思い。それが転化される描写は圧巻です。
しかし賢治にも病気の魔の手は迫り、政次郎は子どもの頃のように賢治を看病することになり、そして……
大人になった賢治の看病が、冒頭近くで書かれた賢治の看病シーンとつながり、そして最終章である「銀河鉄道の父」へ。賢治にとってかけがえのない親であり、一方でターニングポイントにおいては、賢治の壁にもなってきた政次郎。そんな彼が語る『雨ニモマケズ』の解釈は、自分にとってはとても新鮮で、賢治をずっと生で見続けた彼だからこその解釈だと思いました。そして『銀河鉄道の夜』に対する思いと、ラストふと政次郎が思いついたこと。これがまた、賢治への思いに溢れているように感じます。
『銀河鉄道の父』は天才作家の宮沢賢治とその父政次郎という、一見特殊な親子象を描いているように思います。でもそこで描かれていたのは、ある意味では普遍的な父の、そして息子の可笑しさと哀しさだったように思います。終始みずみずしく活写された、特別だけど、特別ではない、そんな家族と父子をめぐる小説でした。
第158回直木賞
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直木賞受賞作ということで手に取りました。
宮沢賢治の父からの目線から描かれた賢治のことが
描かれているというので、もしかしたら純文学みたいに
少しお堅くて読みずらい文体かと思っていました。
けれど読み出してみたら岩手弁などの方言や昔の言葉は
あるものの、その他は普段と変わらない文体だったので
読みやすかったので良かったです。
この作品を読むまでは殆ど宮沢賢治という細かい人物像は知らず、
作家で偉大な人というイメージだったので、
きっと厳格で人で何をしても優秀で完璧な人だろうと
想像していました。
けれどこの作品を読んだらその想像を遥かに超えて
意外と人間らしくて少し親近感がわきました。
この時代の大人の人達と比べると少し世間離れした
ような所もありますがそれが何とも
微笑ましいとまで思えてしまいました。
父親の視線からいつも温かく見守られていて
小さい頃から長男を育てるということで大事に育てられて
いるということがよくうかがえました。
父親が賢治に対しでだけはとても甘く育てているのが
分かります。
それに対して父親もダメだと分かりつつも、
賢治の言う通りにしてあげてしまうのが何とも憎めないです。
理解のある父になりたいのか、
息子の壁になりたいのかと悩んでいたり、
いつまで自分はそんなに強い人間ではないのに、
強く見せる義務にしたがっているだけのだと
誰かに訴えたかった。
などと父親としての自覚も自分では重々に心得ているのに、
甘くなってしまうのは父親の幼少の頃の夢などが
重なったり、賢治の身体が弱かったりとした要因も
あるのだと思えました。
けれどいくら賢治に甘いとか優秀ではないとか描かれていますが、
この時代の一般の人と比べてみたら兄弟共に
それぞれ素晴らしい功績があり、恵まれた仕事にもついているので
教育の仕方が悪いとは思えませんでした。
むしろ子供たちの事をよく観察してその子たちに
合ったのびのびとした教育がされたこそ良かったのかと思います。
それにしても賢治の妹トシに対する愛情は兄妹の感情とは
また違ったようにも見えて、それが将来を決める
作家への道への道しるべとなって凄いパワーだと思いました。
トシとの別れは本当に悲しくて読んでいるのが辛く感涙します。
今の時代の父親とはとても違いますが、
子供たちを温かく見守りながら、
自分も父親として手探りをしながら成長して
していっているのでこうゆう父親像が理想だとも思うので、
現在父親になっている方、これから父親になろうとしている方など
が読むと参考になるかとも思いました。
宮沢賢治の作品はあまり読んだことが無いですが、
「銀河鉄道の夜」や「注文のない料理店、
特に「雨にもマケズ」の作品の生まれ方を知ったことに
よってとても興味がわきこれをきっかけに一度じっくりと読んでみたいと思いました。
また、門井さんの作品もこの作品でとても読みやすく
描写が細かく、特に心理描写が細かく描かれていて
温かみを感じたので他の作品を読んでみたいです。
この作品を読んで宮沢賢治についてがらりとイメージが
変わり本当に読んで良かった作品でした。
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直木賞受賞作の文庫化ってことで入手。タイトルに惹かれる部分もあり。父視点ではあるけど、あくまで主人公は宮沢賢治。かつて、伝記みたいなものを読んだ気もするけど、殆どその人生については知識ゼロ。そっか、こんなエキセントリック少年だったのね、みたいな。そして、当然彼のことは物語作家として記憶している訳だけど、本作における大部分を、創作活動以外の描写にあてられているのも興味深い。リーダビリティの高い名作群が、どんな背景から織りなされたのか。それが理解されるにつけ、もう一度読み返したく思えたりも。そんな一作でした。
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父親からの視点の宮沢賢治として
宮沢賢治の真実と 併せて読んだ
息づく人物像 が ノンフィクションで
こんなにも素敵に物語となっている
最高
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直木賞受賞作。
宮沢賢治の父は困ったちゃんの息子にとても過保護。今では十分にあり得るが、この時代には珍しい。私も父親になったからこそよくわかる。やっぱり、我が子はかわいいのだ。
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文学への目覚め、なんて言うと大仰だけど、自分が初めて「文学」を意識して読んだのは、やはり宮沢賢治だった。ということを、思い出した。
母(父ではなくて)から譲り受けた角川文庫版『セロ弾きのゴーシュ』は、日焼けもひどくて、カバーもぼろぼろで、手荒に扱ったら破れてしまいそうだけれど、実家を出て何度か引越しを繰り返した今でも本棚の中に並んでいる。奥付を見返してみたら、発行は自分が生まれるよりもだいぶ前の年だった。
ほかの、例えば漱石やなんかの文庫本は、読み返してある程度ぼろぼろになったら、処分したり買い替えたりしてきた。
けれど、そのゴーシュだけは、いくらぼろぼろになってもなんだか手放す気になれなくて今も居る。きっと、これからもそうなんだろう。もう絶版になってしまって、おそらく二度と手に入らないから、というのもあるけれど。
自分の子どもにも、きっと宮沢賢治を読み聞かせてやろうと思う。
そうして、この作家が、どんなふうに他人を愛して、他人から愛されたのか、どんな気持ちでこの物語を書いたのか。
それから、どんな気持ちで今、自分がこの物語を読み伝えていこうとしているのか、ということも。
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「お前は、父でありすぎる」
宮沢家の家族愛があってこそ、宮沢賢治が生み出されたんだと、そう感じた一冊でした。
もう、最初からずーと、ツンデレの物語だったんですけど、それ以上に、時代を考えるとこんな家族の在り方は、もの凄く奇跡の1つになるんだろうなー、と。
「だからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれていったよ。あのころはよかったなぁ。」
――銀河鉄道の夜
銀河鉄道の父、を読んで、銀河鉄道の夜、を読むと。
心を鷲掴みにされる。
その二重の意味で、すばらしい本でした!
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宮沢賢治の父、政次郎と家族の物語。
教科書にも掲載され誰もが知っているが、方言が強く、解説を読んでもピンとこなかった宮沢賢治の詩や童話。文中にも出てくる風の又三郎、永訣の朝、雨ニモマケズ、銀河鉄道の夜など、その背景に父の強い愛情や妹の死、賢治の生活、病気があることに思い巡らしながら改めて読んでみたい。子供の時とは違った気付きがありそう。
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賢治の父政次郎を中心とした家族の中の宮沢賢治。これだけの愛情を注がれて成長し模索する賢治。これまでの漠とした宮沢賢治のイメージからはなれより身近な感じがした。妹を失う賢治、子を失う親。辛いことがたくさんあったであろう父親の晩年を思う。
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やられた…。
声を押し殺しながらすすり泣いた。
私は父にまんまとやられたのだ。
私の父はかなりの読書家だ。
父が読んだものは全て私におりてきて、読みたい本は積読に、興味のないものは売る箱に分ける。
父からこれを読んだ方が良いと直々に言われることはないのだが、本書に限っては読んで欲しそうだった。
仮に言われなくても、宮沢賢治なるものが目に入り、直木賞受賞作の帯を見たら、私はすぐさま積読も飛ばして読むだろう。
そして実際に読み終えたのだ。
本書は宮沢賢治の父親の目線で心の声も含めて語り口調で執筆されている。
賢治の家族構成派というと…
父 政次郎
母 イチ
長男 賢治
長女 トシ
次女 シゲ
次男 清六
三女 クニ
と、なんとも大家族であり、その船の舵を切る政次郎は大変極まりない。
中でも、賢治に対する愛は深く、後継(賢治の家は質屋だった)を守る為に、幼い賢治が赤痢で入院すれば医者の反対を押し切って自ら看病し、自分も病気になるという、なんとも過保護な面があった。
当時、家の家長がこの様な行動に出るのは異例らしい。
かと言って過保護な面ばかりではなく、厳格な父親として描かれており、そんな政次郎を本書は「決断と反省の往復である」と綴っている。
読み進める度、政次郎と賢治の関係は自分と父に似ていると嫌でも思わされた。
(父は私に何を伝えたいのだろう…)
本書では何故賢治が童話を書くようになったのかも読み所のひとつであり、宮沢賢治の絵本を読むのが好きな私にとっては色んな作品の制作秘話が知れて、非常に興味深い作品だった。
そして再びまた父のことを思う。
要するに政次郎が賢治を思う気持ちと同様に、私のことを思っているということなのだろうか…?
とんだ過保護な親だ。
そして問題だらけの娘は父にプレゼントする本を探しに行こうと決める。
今度はそっちが泣く番よ、と。