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わが背子が来むと語りし夜は過ぎぬ しゑやさらさらしこり来やめやも
(あの人が「来るよ」と約束したから、ずっと待っていたのに、夜はむなしく過ぎてしまった。もう金輪際、間違ってもやって来たりするもんですか。ええい、悔しいっ。どうしてくれよう。)
作者不詳のこの歌から作家の梓澤さんが紡いだ物語。
パッとしない冴えない年上の夫にすっぽかされ憤る妻、しかも夫が突然、金の無心をしてきます。
これはついに出世を考えてのことかしら、と妻は喜びますが、実は借金返済に困っている友人のためだったのです。
しかもあろうことか夫が別れ話を切り出してきました。
子どもも小さいし「別れない!」と妻は言いますが、よくよく考えたら宮に出仕し第二の人生もいいかもしれないと思い始めます。
夫の家を訪ねると、別れ話はなかったことにしてくれと夫が言います。
栄転の話があり、一緒に行ってくれないかと言うのです。
妻は「嫌よ!」と断りますが、夫が思いがけないことを言い出しました。
それなら隣家の娘に頼むと。
隣家の娘は十六で、どうやら夫に好意を抱いているようなのです。
それにかっとなった妻。
思わず「あなたには、わたしという、れっきとした妻がおります。出羽へはわたしが、ご一緒いたしますから」
しゑやさらさら、しゑやさらさら…。
ええい、こんちくしょうっ。
なんだっていまさら、また、こんな男と…。
なんとも微笑ましい話です。
しゑやさらさら と思いつつ、この妻はきっとチャキチャキと新しい赴任地で家庭を整えていくのでしょう。
他にも、単身赴任中に遊女と同棲してしまい、大伴家持にさりげなく諭される下級官人の話『紅はかくこそ』、家持の弟、書持(ふみもち)の不器用な恋『弟』、風流男(みやびお)の歌のやり取りが楽しい『おその風流男』等々、万葉の世界へ誘われる短編が六編。
三十一文字へ込めた想いを幾重にも読み取る、推し量る、想像する。
そんな和歌の文化が日本人の言わなくても察する、空気を読むという能力を鍛えていったのかもしれません。
万葉の歌から物語を想像するのも楽しいと思わせてくれる本でした。
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万葉集の和歌を通した短編集。
一つ一つの話に大きな盛り上がりはないのだけれと、和歌が書かれた当時の文化・風俗が描かれていて、特に当時の食べ物(麦縄とか)は想像しながら読み進めました。
もうちょっと、自分過去の頃の文化に詳しければ、和歌や情景がすっと入ってきたのかな。
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Tさんのおすすめ。
大伴家持、おおとものやかもち、という読み方ぐらいは知っているが、
はてさてどこの誰だったか。
万葉集を編纂した歌人らしく。
歌、特に恋の歌を中心に物語が紡がれる。
任官先の越中の女に夢中になった男。
京の妻が乗り込んできたが、
女の方は本気だったのか、気紛れだったのか。
通ってくるのが面倒になったから別れてくれと夫に言われた妻は、
一旦分かった、と言いながら、
結局、任官先についていくと言い出す。
和歌は全く分からないが、お話としてはまあ面白かった。
ただ、短編どうしの時系列が前後するので、
もともと大伴家持やその時代の知識がない自分としては、
歴史の流れについていけなかった。