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常識と規範のあやつり人形のような主人公
(後半ネタバレあり)
前半に提示される主人公のキャラクターには、共感できる人と出来ない人がいる筈だ。
体を鍛え、規則正しく生活し、汗の匂いに気を使い、オナニーの後の痕跡はきちんと処理する。主人公は、常識から逸脱しないこと、をある種信条にしており、それを人に押し付けこそしないものの、逸脱する人間に共感できない。
と言うより、主人公は、例えばお笑いに傾倒して酒で我を忘れるような友人に共感できないのでなく、できない事に気づいてすらいず、常識を破らない自分が正しいのであって世の中の不明瞭なこと、自分の想像に届かないようなグレーな部分について放任している。
その放任は徹底して何度も描かれる。それは分からないことだ、考えても仕方ない、というフレーズが繰り返される。
お笑いを目指す友人はこの主人公を引き立たせるキャラクターとして的確に描かれており、それで余計に、主人公を嫌いになる人が多いのではないかと推察する。ひとことで言えば、つまんなくてみみっちい男、である。
そんな魅力のない(と思うのが自然だと思うが、どうか?)主人公に対して、麻衣子と灯、という女性ふたりはある種の魔力を感じさせる。
灯のかくれんぼ、そして麻衣子の追いかけっこ、という魔術的な、シュールレアリステイックな、そしてホラーな描写は読みどころだ。
この作者の文体は簡潔、悪く言えば無味乾燥で、濡れ場のシーンさえ取り扱い説明書みたいに書いてしまうので前半はほんとにつまんなくてみみっちい小説だなあと思うが、読み進めると面白くなる。
(文体については作者自身の受賞インタビューで夏目漱石を模倣したと言っているが、いかにも高学歴の勉強できちゃう人が上手に真似した感があってそれが悪いわけでもなく効果的だと思った)
そして、作者自身が1番読んで欲しいと言及した、灯との旅行のシーンから一気に、物語が破滅的になっていく。
ただ、主人公があんまりに無愛想なので私としてはもっと破滅して欲しかった。
灯に飲み物を買ってあげられず、その小さな出来事から不意に泣いてしまうシーンはとても印象的だった。
"私は灯に飲み物を買ってやれなかったことを、ひどく残念に思った。すると、突然涙があふれ、止まらなくなった。 なにやら、悲しくて仕方がなかった。しかし、彼女に飲み物を買ってやれなかったくらいで、成人した男が泣き出すのはおかしい。私は自動販売機の前でわけもわからず涙を流し続け、やがてひとつの仮説に辿りついた。それはもしかしたら私が、いつからなのかは見当もつかないけれど、ずっと前から悲しかったのではないかという仮説だ。だが、これも正しくないように思えた。私には灯がいた。灯がまだいなかったときは麻衣子がいたし、その前だって、アオイだとかミサキだとかユミコだとか、とにかく別の女がいて、みんな私によくしてくれた。その上、私は自分が稼いだわけではない金で私立のいい大学に通い、筋肉の鎧に覆われた健康な肉体を持っていた。悲しむ理由がなかった。悲しむ理由がないということはつまり、悲しくなどないということだ。"
(とても良いシーンだけど、模範的でルールを疑わない公務員と言うのは私はどちらかというと嫌いで、日々話題になる政治家や官僚の汚職も嫌いなので個人的にはラストに人を殴って警察に取り巻かれる位で終わらずにもっと叩きのめされて欲しかった。ただ、そういう感情はこの小説を読むのに持ち込まない方が楽しめる)
昨今、マスク警察、自粛警察なるものがニュースになる程だが、そういう風に常識と規範の操り人形にされることがグロテスクに見え、シュールに見えてしまう。
コロナ時代のそういう事とも重なる現代的人なテーマの作品であり、選評にあったカミュとのダブりは私も感じた。カミュよりはもっとマイルドだとは思うが…。
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芥川賞!
主人公・陽介の中味がなさすぎて、感情の移入のしようがなく…
とんでもないものを読んでしまった、という感想。
陽介は(おそらく)慶大生で公務員目指してるのだけど、こういう人が官僚になるのかな?
出来の良い頭、ラグビーで鍛えて健康な身体、親の言いつけを守る素直な心、自分を厳しく律することができる。女性にもモテる。でもとっても空っぽ。
ー 私はもともと、セックスをするのが好きだ。なぜなら、セックスをすると気持ちがいいからだ。
ー 悲しむ理由がないということはつまり、悲しくなどないということだ。
ヤバくないですか?
一人称でこんな浅いことが語られている小説って…
読み進めながら、違和感がどんどん大きくなり、不安になっていった。
だから、結末はタイトルどおり破局なんだけど、逆になんだかほっとした。
【2020.11.2追記】
作者の遠野遥さんは、ロックバンドBUCK-TICKのボーカル・櫻井敦司さんの息子だそうです。
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将来有望、頭脳明晰、鍛えられた体、彼女は途切れない、外側から見たらリア充な大学生の物語。
倫理観が強いが、自分の意志ではなく世の中のこうあるべき、を自分に当てはめている。悲しくて仕方がないと言いながら、悲しむ理由がないから悲しくなどない、という結論に至ったり私も幸福だったか?と自分に問うたり、日々心あらずで生きているのか。
最後、突然の破局に陥った際も、追いかけてどうしたいか分からない、空が気になる、やけに客観的に状況を見ている描写が猶更心の空虚さを感じてしまった。彼にとっては破局という出来事も大した意味を持たないのかもしれない。
模範的な学生というキャラクターで描かれていることもあり、意外と皆心の中はこんなものなのかもな、と思った。
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人間には本能が備わっていて、理性はその後からついてくる。当たり前の事実は意外にも受け入れ難く、社会は2次元的で融通の効かない様相を呈している。その二つの乖離が人間を内側から破壊するのだけれど、他人から見るとその人間の行動や心理に理由があるような錯覚を抱く。理性を否定することは、文明が許さないだろう。本能を否定することは、その肉体が許さないだろう。だから人間の精神はその狭間でただ「分からない」と呟きながら非存在的に存在していることしかできない。その無常感は昔からよく描かれているけれど、この作品は上手く時代性を捉えて更新させることができたのだろう。
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ストーリーだけなぞれば、よくいる大学生が転落していく話。
けれど、繰り返されるモチーフ(ゾンビ、マナー、巡査、こちらを見る目、など)を読み解いていけば、作者が描こうとする虚無が見えてくる。気がする。
主人公は不文律とか一般常識、外から与えられた「こうあるべし」の集合でできていて、自らの中身は空洞、すなわち虚無、ということかな?
全体を通して客観的に自分を観察している印象。
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かなり長めに語られた麻衣子の家に男が侵入していた話は一体何だったのだろう。
ピアノマンと飼い犬に名付ける麻衣子家のセンスは好き。(親がビリージョエルを好きな世代?)
あと、灯(あかり)を灯(ともしび)と毎回読んじゃった。
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第163回芥川賞受賞作品。
不死身で何度も立ち上がり獲物に食らいつく。動揺させることはあっても自ら動揺することはない。目標達成へ一直線で揺るがない。ある意味ゾンビのよう。
そんな主人公陽介は、就活も公務員試験を受けて難なくクリア出来そうな状態。
傍らラグビーのコーチを続けているが気を抜かない。
私も…恐らく一度は優等生と言われたことのある人たちがぶつかる問題。
その一生懸命さを他人にも要求するなと言われたり、相手が変わってくれないことに腹を立ててしまうこと。
世の中も個人プレイではなく、人と人との繋がりでありチームプレイであって、どのような共同作業であっても相手があってのものである。ラグビーにしろ、恋愛にしろ、友人関係も、仕事も。
自分の凝り固まった信条のみではうまく事は進まない。
一生懸命の極限状態は、ちょっとした出来事で崩れ落ち、破局する。
どんなに屈強な肉体で以ってもあっけなく崩れる。ゾンビのように不死身だと思っていてもやはり人間だったということか…
その後の陽介は読者の想像に委ねられる。
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この「破局」の文体がたいそう面白かったので、前作の「改良」も読んでみた。
その「改良」が何故かブクログに登録されていない…。吹き出した回数が多かったからではないけれど、私は前作の方がお気に入り。
どちらの小説も ほぼ自分の主観のみを語っているので、読み手としてはその時の客観的な姿も想像しながら読み進めなければならない。このギャップがたまらない!
突き放したような、とか、離人感とか乾いているとかいった言葉が浮かんでくるが、実際はその言葉の本来のニュアンスとは違うものを感じる。わたしには言いあらわすその言葉がない。誰かぴしゃりと当てはまる言葉を与えてくれないものか。
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自分が何者なのかに疑問を抱く事なくも、体だけは成熟していく若い頃の虚無が、淡々と描かれている。どうしようもなさの描かれ方はとても良いなぁ。好き嫌いがあるだろうけど。
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芥川賞受賞作。内容を単純化すれば大学生の恋愛のもつれ。ミステリー好きの自分としては物足りなく、この作品の良さが正直分からなかった。客観的な描写から登場人物の奥底を読み解けなかったからかもしれない。
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村田沙耶香さんを初めて読んだときのぞわぞわに似ている。あちらが「常識への挑戦」だとしたら、本作は同じ熱意で「定型」を描いている。
異様なほど冷静な語り口の主人公。取り立てて突飛な行動はなく、他者からすればスマートな常識人そのもの。汗臭いスポーツマンですらある。裏を返せば、何も考えていない。
彼はなぜ「破局」しなければならなかったのか......? 大人同士で解釈を語り合いたい。
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読み終えたとき
なんかポルノビデオをを観ているように思ってしまった。
が、ページを戻してみると、
「目と目があって、彼が恐怖を感じているのが分かった」とか
「今日ケーキを作ったんです。陽介君の試験が終わったお祝いにと思って」とか、
「陽介君と同じクラスだったとき、私が何の係だったか覚えてる?」
「生き物係、と私はすぐに答えた」とか・・・・
また、わざとらしく、
「公務員になるためにはうんぬん」とか、
「むりやり彼女にセックスを求めると強姦になる」とか
幼稚な表現も混ざっている。
で、やっぱりポルノビデオと少しは違うのだろうと、
無理やり自分を納得させた。
よく分からないけど、純文学ってなんなのだろう
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「左手を使うことによって、利き手ではないので、他人に精器を触られている錯覚に陥り、射精に至る時間が短縮できる」男は、ラクビーをしていて、タックルはうまく、積極果敢に攻めることができる。左手が他人の手に思えるほどの身体感覚なのである。そんな男は、大学4年生となり、就職活動に勤しみ、高校のラクビー部のコーチもしている。
女に優しくしろという父親の言いつけを守り、公務員試験を受けるのだから、社会的な基本に従わねばならないと思いながらも、セックス依存症のような生活をする。ガールフレンド麻衣子は、政治家の秘書を目指し、新入生の灯は、スポーツ選手の筋肉質を好む女で、二人に翻弄されながら、セックスをひたすらする。灯は、精器に色々話しかけることが好きで、それが男は気に入らないのだ。
結局、二股がバレて、破局がおとづれるのである。
まぁ。実に若いなぁ。セックスが楽しい盛りで、文脈から精液がこぼれでるような勢いだ。
女という魔物に翻弄されるセックス依存症で社会規範観念が強い若い男の末路。
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大学四年生の日常から。よくドラマでもありそうな女性との破局が題材。ラグビーかアメフトが明確に書いてない気がするけどスポーツをして筋肉の鎧を纏った一流私立大学の学生。最後に畳みかけるように展開する。
毎度この芥川賞が載る文芸春秋を買うのですが、作品そのものよりも作家である選考者それぞれの選評が(当たり前だけど)バラバラで面白い。ある方は深く評価しているのに、ある方は全然評価してなかったり。
平野啓一郎は「新しい才能に目を瞠らされた」と書いていて、島田雅彦は「不愉快極まりない」と書いている。結局は多数決で決まる選考なので、一意に芥川賞が全ての人が素晴らしい、と手放しで褒めているわけではないことがわかります。
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この作品を好きか好きじゃないかと問われれば、私は好きじゃないな。ところどころに面白い表現があって、そこは新鮮だったし、ノビシロも感じたけれど。
若い世代の性描写みたいのって、石原慎太郎以来の芥川賞的お約束なのかなー。またかーと思ってしまう。大江健三郎とか村上龍とか池田満寿夫とかその度にセンセーショナルに扱われてきたわけだけれど、それってジンセイにおいて常に重要なわけじゃないよね。
好きな場面もなかったな。