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軽い気持ちで読み始めたらかなり哲学的で大変だった…。集合知どうこうと言うよりも、今後の情報化社会やAIが活躍(?)する社会に不安を感じる人が安心できるような本かもしれない。生命体と機械って何が違うの?ということに対する記述箇所が面白かったと思う。(なるほどと思った)ただ今後、その違いすら埋められていくかもしれないけどね、とも思った。
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書名には「流行り」に合わせて「集合知」と冠してあるのだが、内容のほとんどはクオリア論やオートポイエイシス論に立つ「情報とは」についての解説である。著者はエンジニア出身ではあるが、Webテクノロジーそのものの専門家ではなく、社会学など人文系との境界領域を専門とする。したがて本書の内容もテクノギーク向けの読み物とはいえない。だが、理数が嫌いな人からみても、数学・科学臭さがあり、ジャーゴンもある程度知っていないと読みにくいので、新書としては中途半端なところかもしれない。どちらかと言えばWeb2.0やSNSを安易に民主主義の変革に結び付けるような軽薄な風潮については、はっきりと反対の立場を表明してある。
サイバネティックスからルーマン社会学へと展開していく第4章あたりが、非常に面白かった。
ただ、まえがきや第一章で、原発と専門知云々についてのあたりは、情緒的で不安定な感じがする。想定読者層を考えて「掴み」として書くようにすすめた編集のアドバイスなのかもしれないが、逆効果ではないか。
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事実にかかわる説明は自明のこと(?)とすっとばして、ご意見だけ開陳したような印象。ながらく研究してきた人間が、昨今のバラ色な集合知期待論にひとこと言いたいのは分かったが、素人向けの新書なのだからもっと丁寧にちゃんと書いてほしい。書くべきことはあるように見えるだけもったいない。
・興味を引かれた記述
開放システムと閉鎖システム(両者では信用情報の伝わり方に違いがある)をシミュレーションしてみると、閉鎖システムで一人のリーダーが安定して生まれる(萌芽的なリーダーが現れたり、リーダーの交代も起こるが、安定的なリーダーを持つ期間がほとんど。ある程度一元的な価値観の摺り合わせがされたと看做せる)のに対し、開放システムでは、従属閾値の違いにより、・絶対的なリーダー、・複数乱立、・リーダーなし、といった状況になる。不安定。
→ネイト・シルバーの本に似たようなことが書いてあった気が。最近の政治の状況に照らし合わせると面白い。
→しかし、この話にしても開放/閉鎖の前提条件をもう少し書いてくれても。。。原著(西川アサキ)に丸投げするかね、ふつう。
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専門知・客観知への疑念が持たれるようになった原発事故以降、ネット上の集合知が見直される風潮があるが、それに対して警笛を鳴らしているのが本書。
興味深いのは、本書の著者がコンピュータやソフトの開発に携わったこともあり、現在は情報学の第一人者とも言える人物であるということ。IT礼賛に傾いているかと思いきや、著者の主張はその反対。安易なIT化は人間に不安定をもたらす、と指摘する。「知とは本来、主観的で一人称的なもののはず」で、「客観知の方がむしろ人為的なツクリモノなのである」という指摘は、ネット上の集合知への向き合い方に重要なヒントを与えてくれる。IT礼賛・ネット礼賛どころか、人間礼賛だ。
正直、想像していたよりハードルの高い本で、脳みその中の普段あまり使わない部分を使わざるを得なかった。脳みそ錆び防止効果は予想外。
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p.21 スロウィッキー 「みんなの意見」は案外正しい 集合知の優位性
p.30 スコット・ペイジ 「多様な意見」はなぜ正しいのか 集合知について数理社会学者 ウェブ2.0が出現しても直接民主主制への道がひらかれるわけではない。
p.93 暗黙知理論とは、単に非明示的な知があるというだけではない。
p.95 ある対象の意味を把握するには、それより下位の要素的な諸細目を身体で感知しつつ、対象を全体として包括的にとらえる作用が必要だという、生命的な認知のダイナミックスを指摘した。
p.114 ウィーナーのサイバネティクスとは、本来、生命体が生きつづけるために、いかに電子機械を活用すればよいか、という実践知にほかならない。
p.155 西川アサキ 「魂と体、脳」 ネオ・サイバネティックス関連として記念すべき著作。
西垣通 「続 基礎情報学」
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途中から読み飛ばしてしまった。コンピュータ科学、社会科学的な検証を元にした考察というよりは、著者の思索を論じたもの。ちょっと求めていたものと違った。
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西垣さんの本は「ビッグデータと人工知能」(2016年)を読み、とても面白かったので、少し昔に書かれている本書を手に取りました。個人的には集合知とは何で、ネット時代にどういう意義があるのかを知りたいと言うことで購入しましたが、読み終えた感想は、集合知以外のところというか、知のそもそものあり方についてとても勉強になり面白かったです。
また経営学の重鎮である野中郁次郎さんの「知識創造企業」との関連性をすごく感じました。野中さんは日本企業がいかに各従業員の暗黙知を吸い上げてイノベーションにつなげているかを分析されていますが、知は人間個々人に暗黙知として宿ること、そして暗黙知と暗黙知がぶつかりあってグループ内で共有化されるプロセスや、その暗黙知が形式知に「表出化」されるプロセスを分析されていますが、西垣さんの思想との親和性を強く感じました。そして西垣さんの呼び名を借りれば「主観知」こそが出発地点であって、客観世界とは仮象であること、そしてこれからのデジタル技術は、人間の暗黙知を表出化するところにこそ使われれるべきだと述べていて、とても共感できました。産業資本主義が、世界の客観化にあったとすれば、デジタル技術は逆説的に聞こえるかもしれませんが人間の主観知へと焦点を当て直すことになるのかもしれないと思い、非常に興味深く拝読しました。西垣説は正しい気がしましたし、日本はこの領域は得意なのでは?と感じた次第です。