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2017年10月、「ニューヨーク・タイムズ」紙が「ハリウッドの大物プロデューサーによる性的暴行」を報道した。これをきっかけに、性暴力の告発運動である「#MeToo」が巻き起こり、アメリカに留まらず世界的ムーブメントへと発展した。女性たちはソーシャル・メディアに#MeTooタグを付け、次々と過去に受けた性被害を告白していった。「#MeToo」運動は「自分が発言することが(誰かの)行動に繋がる」という、価値観の転換を促した。
ハリウッドの敏腕プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン。「人を出世させる力」を持つワインスタインは、グウィネス・パルトロー、マット・デイモンなど数々の若手俳優をスターダムに押し上げ、『セックスと嘘とビデオテープ』『クライング・ゲーム』ほか多くの独立系映画を大ヒットさせてきた。アカデミー賞をはじめ数えきれないほどの賞も獲得している。ハリウッドにおいて、「ハーヴェイ」の名は権力と同義語であった。
しかし、その裏でワインスタインは「女性への扱いがひどい」と囁かれていた。2016年、女優のローズ・マッゴーワンは匿名のプロデューサーにレイプされたと訴えていたが、噂ではワインスタインのことだと言われていた。彼女は「ハリウッドやマスコミの間では公然の秘密」と、#WhyWomenDontReport(どうして女性たちは声を上げないのか)というハッシュタグを追加してツイッターに投稿した。同年5月、「ニューヨーク・タイムズ」紙(以下、「タイムズ」)の記者ジョディ・カーターは、ワインスタインの調査をするためマッゴーワンに連絡を取った。マッゴーワンはオフレコ(非公開前提)を条件に、彼女が受けた恐ろしい体験を打ち明けた。
1997年、マッゴーワンは注目すべき新人女優の1人としてサンダンス映画祭に参加していた。独立系映画の一大発信地だったこの映画祭で、ワインスタインは「統治者」として君臨していた。ワインスタインは「話し合いをしよう」と言って彼女を自分の宿泊するホテルへ誘った。彼の部屋でひとしきり映画の話をして帰ろうとした瞬間、マッゴーワンは浴槽のある部屋に引きずり込まれた。ワインスタインは彼女を裸にし、股のあいだに自分の顔を強引に押しつけた。数日後、彼女の自宅の電話に、「ほかの大女優たちはぼくの“特別な友だち”で、その仲間にきみも入れるよ」という、身の毛がよだつ内容の伝言が入った。彼女はマネージャーに事情を打ち明け弁護士を雇い、ワインスタインから10万ドルの示談金をもらって一件落着となった。示談金の授受は「ワインスタインの悪行を公言しない」ことが条件であった。マッゴーワンはジョディに、「ワインスタイン単独の問題ではなく、ハリウッドは女性への虐待を組織的に行なっている」と訴えた。
ジョディは、先輩編集者の勧めで同僚のミーガン・トゥーイー記者に連絡を取った。ミーガンは「タイムズ」に比較的最近入社した記者だが、これまで10年以上、性犯罪や性的違法行為を暴く記事を書いてきたスペシャリストだった。当時大統領候補であったトランプの女性への犯罪行為も取材していた。
ジョディは、ワインスタインがかかわった映画に出演した女優たちから直接話を聞くために、彼女たちの個人的な連絡先を調べ、少しずつ連絡を取っていった。多くの女優たちが「ハリウッドは性暴力の蔓延に悩まされている」と言った。しかし、それが明るみに出ることまでは望んでいなかった。何かを恐れ、どうやって助けを求めたらいいかわからない。彼女たちは世界的なスターであったが、この問題については「変化をもたらすことはできない」と考えていた。
女優のアシュレイ・ジャッドはかつて、勇気を持って声を上げたことがあった。彼女が20代後半の頃、ワインスタインから複数回ホテルのスイートルームに呼ばれ、あからさまに性的な要求をしつこくされていた。ほかの女優からも同様の経験談を聞いていた。女性が団結して攻撃的な男性を追い払うためには「勇気ある一歩を踏み出すこと」が必要だと考えた彼女は、2015年、エンタメ雑誌にワインスタインの名前を伏せて告白した。それによってほかの女優たちも告発することを期待したが、結果的に何も起こらなかった。声を上げたことで大きな代償も払った彼女は、慎重になっていた。
2017年6月、ジョディは女優のグウィネス・パルトローが話したがっていると人づてに聞いた。彼女はワインスタインの寵児であり、ふたりは「にこやかな父娘」といった構図で何度も写真に収まっている。しかしその彼女こそ、ど真ん中の情報提供者だったのだ。二人の関係について、誰も知らない話を打ち明けてくれた。22歳の駆け出し女優だったパルトローにワインスタインは自信を与え、2本の映画への出演を依頼した。ある日ワインスタインは彼女をホテルの部屋に誘い、仕事の話のあとに“お馴染みの要求”をした。親戚のおじさんのように思っていたワインスタインが自分に性的な関心を抱いていたことに対し、吐き気をもよおした。パルトローは、オンレコ(報道を前提)では話せないとしつつ、ワインスタインの被害者のリストをつくるのに協力してくれた。
ジョディとミーガンは、ほかの取材対象を追う記者と情報交換しながら取材を進めるなかで、ワインスタインは人に知られていない女性たちにも性的虐待をしていたのではないかと疑い始めた。
ジョディは、ゼルダ・パーキンズという女性に会った。彼女は若い頃、ワインスタインが設立した映画会社「ミラマックス」のロンドン支社でアシスタントをしていた。1995年に働き始めた初日から、虐待を受けていたという。毎朝、裸同然のワインスタインを起こすことが彼女たちアシスタントの仕事だった。そのままベッドに引き込もうとしたこともあったという。意志の強い彼女はワインスタインに屈することはなかったが、自分より年若いアシスタントから、ワインスタインに性的暴行を受けたことで助けを求められた。パーキンズはワインスタインを糾弾し、後輩を守るため一緒に会社を辞めた。
彼女たちは弁護士を雇い刑事裁判を起こそうとしたが、弁護士は物的証拠がないことなどを理由に、こうした事件の典型的な解決法として示談を勧めてきた。パーキンズたちは憤慨したが、逆にワインスタインの弁護士から訴え返され、巨額の示談金とともに尋常ではない制約を受け入れることとなった。メディアに話すことを禁じられただけでなく、「真実が公表された場合でもその真実を隠蔽する」ことなど、常識に唾する内容であった。
事件から20年近く経った��、ワインスタインとの秘密保持契約書を無視してパーキンズは声を上げようとしていた。女性たちが自身の権利を放棄するために、理不尽な示談書にサインさせられる事態を変えたかったのだ。
2017年7月、「タイムズ」の編集長ディーン・バケットは、この件に関わる記者や編集者を呼び集め、「用心しろ」と伝えた。調査を止めさせるため、すでにワインスタインと顧問弁護士は、「タイムズ」にオフレコの話し合いを求めて電話をよこしていた。ワインスタインは自分の評判を守るため、長い間私立探偵、つまりプロのスパイ集団を雇ってきた。彼らを使って記者を見張り、ときにはゴミ箱をあさって証拠を探し出させた。ワインスタインの顧問弁護士たちは彼らとタッグを組み、組織的にワインスタインを守ってきた。彼らは「タイムズ」記者たちの動向を監視し、SNSのアクセス状況を調べ、身上調書をまとめていた。そこには、ツイッターでフォローした相手の名前も入念にリストアップされ、中には重要情報の提供者もいた。ワインスタインは強力なチームを後ろ盾に、戦争を仕掛けようとしていた。ジョディたちは調査を重ねていったが、記事にできるものはわずかしかなかった。
ワインスタインの行動をつぶさに見てきた人物に、弟のボブ・ワインスタインがいる。ワインスタイン兄弟はミラマックス社を二人三脚で事業運営してきた。しかし次第に自身の名声に執着し始めた兄を、不安に思うようになっていった。それに、ボブ自身も兄が女性に脅迫する現場を目にしていた。ゼルダ・パーキンズの件で、彼女たちに小切手を切ったのはボブであった。2015年頃、ワインスタインはイタリア人モデルから性的暴行で訴えられた。ボブは兄の問題はセックス依存にあると考え、責任を持って専門家の治療を受けるよう求める手紙を送った。
ほかの重役にも、このままでは経営に悪影響を与えると感じる者はいた。会社の副社長、アーウィン・ライターもその一人である。ジョディはライターに会いに行った。ライターは、尊敬されていた下級管理職であったローレン・オコナーが書いたメモを撮影した写真を持っていた。そこには、ワインスタインが女性従業員たちに行なってきた性的虐待の様子が、冷静かつ詳細に記されていた。ライターはそのメモが添付されたメールを開いた状態で、携帯電話をジョディに渡してトイレへ立った。ジョディはそれを、コピーしろというメッセージだと受け取った。オコナーのメモは、それまでの取材でつなぎ合わせてきたワインスタインの犯罪パターンを裏打ちする、貴重な証拠だった。
2017年9月29日、バケット編集長は記者たちに「書け!」と指示を出した。記事には、名前、日付、法的かつ金銭的やりとりの情報、オンレコの証言、証拠文書が必要だった。ジョディとミーガンは、原稿を書きながらさらに裏付け調査を進めていった。女優のマッゴーワンは、示談書のコピーを入手していた。報復を恐れて沈黙していた元従業員の発言も、少ないながら加わった。アシュレイ・ジャッドはオンレコで情報提供をすることを承諾した。ワインスタインは「タイムズ」に電話や直接の訪問で脅しをかけてきたが、10月5日午後2時5分、ついに記事公開のボタンが押された。
記事公開の翌日、ジョディとミーガンのもとには、ワインスタインの話がしたいという大勢の女性から連絡が届いた。アンジェリーナ・ジョリーなど有名女優たちも名乗り出た。グウィネス・パルトローは、続報記事の原稿に約束通り登場した。
「タイムズ」の記事は、性被害に蔓延する秘密主義を打ち砕き、同じような辛い経験をした世界中の女性たちに、声を上げるよう背中を押した。「性的嫌がらせや虐待について声を上げることは、恥ずべきことではなく、賞賛に値すること」であり、「ワインスタインの行為は明らかに犯罪である」という、新しい合意へとつながった。記事公開から数週間のうちに、国内外から大量の情報が「タイムズ」だけでなく他の報道媒体にもなだれ込んできた。これらの性的被害に関する調査は、ジャーナリズム界全体を巻き込む一大プロジェクトに発展した。
ソーシャル・メディアではあらゆる年齢層の女性たちが、「#MeToo」というハッシュタグを付けて自分の経験を投稿するようになった。「自分の経験を話すことが行動に繋がる」という自信を得られたのだ。ビジネス界から政界に至るまで、あらゆる場で性的暴力、ハラスメントについての実態調査が行なわれ、揺るぎない権力者と思われていた男性たちが次々と地位を剥奪された。
記事公開から7カ月後、ワインスタインはマンハッタンの法廷にいた。彼は強姦、犯罪的性行為、性的虐待の罪で訴追されていた。その日を最後に、ワインスタインはGPS監視も義務づけられることとなった。
ハリウッドで、ハーヴェイ・ワインスタインが女優や秘書などに仕事の昇進や役柄のオファーと引き換えにセクハラをしてる噂はあったが、なかなか告発されなかった。
何故なら、ワインスタイン兄弟はクエンティン・タランティーノ監督などのインディーズ映画を買い付けヒットさせてきたので、ハリウッドで新進気鋭の映画プロデューサーとして力をつけていたから。
仕事を奪われたくない干されたくないため、ハーヴェイ・ワインスタインの言いなりにならざるを得ず、示談書には秘密保持義務の要項があり被害者が告発出来ないようになっていた。
ハーヴェイの弟ボブは、兄ハーヴェイが女優などにセクハラしていたことを知り、ハーヴェイのセクハラがミラマックスに悪影響を与えることを恐れて、ハーヴェイにセクハラを止めるように忠告したが、ハーヴェイは聞き入れなかった。
ハーヴェイ・ワインスタインのような社会的地位の高い人からのセクハラを告発するためには、証言だけでは「やった、やっていない」の水掛け論になるため、示談した時の会話を録画したテープや示談書の原本かコピーや具体的な事柄の流れを詳細に書いた証言記録などが必要。
ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラの告発には、アシュレイ・ジャッドなど被害者の女優の名前を出しての証言やローズ・マッゴーワンが手に入れた示談書のコピー、ハーヴェイ・ワインスタインの補佐役をしていたアーウィン・ライターがハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ疑惑を追跡調査していたジュディ・カーターに渡したハーヴェイのセクハラ被害者が書いた具体的な被害の詳細が書かれたメモが効果的だった。
ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ告発により、欧米の企業では被害者の言い分をちゃんと聞くなど被害者を保護しセクハラを決して許さないコン��ライアンスが出来つつある。
ソーシャルメディアでは、#MeTooのハッシュタグで過去の性被害を告発するムーブメントが起こった。
だが日本では、セクハラや性犯罪の被害者に対する風当たりが強く、被害者に対する誹謗中傷が激しい。
ただ性犯罪の刑法の改正のための法務省の会議が開催中で、ソーシャルメディアでの誹謗中傷に対する対策が進む今だからこそ、#MeToo運動のきっかけになったハーヴェイ・ワインスタインセクハラ告発を改めて知るきっかけになって欲しいノンフィクション。
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来年1月に実写化映画が公開と聞いて。
ハリウッドの元映画プロデューサー ハーヴェイ・ワインスタインの”犯行”を暴いた、「ニューヨーク・タイムズ」紙(以下「タイムズ」と略)の女性ジャーナリスト2名(以下「2人」と略)による本書。彼の逮捕劇は日本でも話題になったので、詳細は知らずとも記憶にはしっかりインプットされていた。
そこから#MeToo運動が広がり、それは先日読んだ『僕の狂ったフェミ彼女』の世界(2018年の韓国)にも繋がっている。
まず本書にはワインスタイン関連やメディアの動きをまとめた年表が収められているが、控えめに言って目も当てられない。しでかした数があまりにも多すぎるからだ。
アメリカなら即座に大っぴらになるはずだろうに、50年近く(!)秘密裏にされ被害者もまた口封じされていた。(その主な手口は示談書と高額な口止め料) おまけに被害者だけでなく「タイムズ」までも力でねじ伏せようとするのだから、益々タチが悪い。
ワインスタインの他にもドナルド・トランプによる犯行が何ページにも渡って割かれており、その所業の酷さに視界が錯乱した。
「この男は「だれもが自分に一斉にひれ伏すものだ」と思いながら、世間を強引に渡っていこうとしているのだ」
ワインスタインの被害者は、彼が経営していたミラマックス社の従業員やハリウッドの有名女優と広範囲に渡る。
特にグウィネス・パルトローが2人にコンタクトを取ってきた事は大好きな女優だっただけにショックで、飲み込むのに時間を要した。
しかし大半は口封じのためか当初はインタビューを拒み、メールの返信すらないケースもあったという。「証拠さえ出てくれば必ず報道できる」というのに。
「わたしたちは炎の中を歩いたけど、みんなその向こう側にたどり着いた。[中略]大事なのは、声を上げ続けること、恐れてはいけないこと」
告発の記事がネット上にアップされて以降の話は、2人が語るように「ダムが決壊する」みたいであっという間だった。2人が取材した以上の数の女性から、ワインスタインに関する証言が相次ぎ、やがて彼は収監へと追い込まれる。
ここで懸念が一つ。
本書の実写化映画について読後調べてみたら、ゴールデン・グローブ 監督賞及び作品賞において、女性監督作品が1作もノミネートされていないという記事を見つけた。女性が監督としてキャリアを築きにくいシステムや、審査員が女性が直面する社会問題に興味を示さないなど原因が考察されていたが、これでは逮捕劇から何も改善されていないも同然では?
このような因習を告発できたのは、2人の尽力もさることながら、証言者や「タイムズ」の仕事仲間、そして家族のサポートがあってのこと。彼女たちのことをより多くの人に知ってもらおうと、監督も映画を製作したはずだ。
審査員に問いたい。「彼女たちに対して納得のいく説明ができるのか」と。
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やっと読了。日本でもmetooのハッシュタグがあり自分には関係のないことだと思ってスルーしていたが、ちゃんと背景を知って理解しておかないといけないとこの著書から学んだ。
NetflixでGloria Allredのことを見て素晴らしい弁護士だなと思っていたしロールモデルだと思ったが、そうじゃないかもしれないと思ったし、彼女の娘も弁護士だから仕方ないのかもしれないけど、残念な気持ちなった。人の名声や立場だけを見て判断してはいけないことと改めて思い知らされた。
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あらすじ(新潮社)標的は成功を夢見る女性たち――映画界で「神」とも呼ばれた有名プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインは、長年、女優や女性従業員に権力を振りかざし、性的暴行を重ねてきた。自身の未来を人質にされ、秘密保持契約と巨額の示談金で口を封じられる被害者たち。沈黙の壁で閉ざされていた実態を、ふたりの女性記者が炙り出す!(https://www.shinchosha.co.jp/book/507171/)
映画鑑賞後に読んでみた。
決して大袈裟でない、淡々とした語りが記者らしい文章だなと翻訳越しだけど思った。
調査にどれだけの時間を要したのか、とてつもなく大きな勢力がどれだけジョディとミーガンの調査を妨害していたか、詳細がしっかり書かれているので、映画でももちろん描かれていたけど、本を読むとより当時の状況のイメージがつきやすい。
あとは新聞、報道の世界の常識だったり、ルールみたいなものの解説もされているので、その辺りの理解も深まって良かった。
ジョディとミーガンの二人は語り役となっているので、映画で描かれた彼女たちの私生活(家族との関係性とか)は本ではほとんど描かれていない(あとがきで察した)。
そういう意味では映画と本、合わせてみるのがおすすめかも。
以下は内容に触れる。
#MeToo の効果が上がらないと感じている人々と、やりすぎだと反撥している人々は、同じようなことを言っていた。「欠けているのはプロセスだ、あるいは明確なルールだ」と。(p.295)
→運動が大きくなればなるほど、反撥も大きくなり、線引きが求められる。
でもこの問題は当時お咎めがなかったからといって「時効」にしていい問題なのか?と思えるし、似たような事象でも個人によって受け取り方は違う、関係性によっても違う。明確なルールなんて設定するのは不可能なように思える。ただ、対ワインスタインやトランプ、カバノーのように相手とのパワーバランスが明らかに異なる場合、権力を使って相手の主張を妨害しようとするので、そういうことが起きないような公平さを少しでも #MeToo がもたらしてくれていたらいいなと思う。
わたしたち報道の世界では、記事を書けばそこで仕事は終わる。それが結果であり、最終的な成果だ。しかしより広い世界では、新しい情報を発表することは、始まりだ。議論の始まり、行動の始まり、変化の始まりなのだ。(p.397)
→まさに映画ではワインスタインの記事が世に出る瞬間で終わったけど、本ではその後まで描かれている。あの記事でアメリカ社会は、世界は変化したのか、その後、声をあげた女性たちはどうなったのか。
わたしたちの娘たち、そしてみなさんのお嬢さんたちへ。
あなたがたが職場やそのほかの場で、必ずや敬意を払われますように。(p.403)
→こないだ映画サフラジェットを観たけども、いつの時代も戦う女性たちは己のためでもあるけど、未来を生きる娘たちのために多くの犠牲を払ってくれているんだなと思うと、胸がいっぱいになって泣きそうになった。
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【感想】
2017年、ニューヨーク・タイムズが、「ハリウッドの大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインから性的暴行を受けた」という女性たちの告発文を掲載した。ワインスタインはその地位を追われ、やがて女性たちが身近に蔓延する性的暴行をSNSで告発し始め、「#MeToo運動」として世界的なムーブメントを起こしていく。本書は、実際に取材を行った女性記者のジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーが執筆したノンフィクションであり、ワインスタイン報道に迫る2年間の戦いの様子が綴られる。
本書では、ワインスタインが数十年にわたって、自社スタッフおよび女優に性的暴行をはたらいてきた様子が暴露されていく。にしても、なぜ被害者は今まで声を挙げてこなかったのか。それは、ワインスタインが金と権力にモノを言わせて、強力な制限付きの示談書・秘密保持契約書を結ばせていたからだ。
被害者のひとりであるパーキンズは、「現在であれ未来であれ、どんなメディアにも自分の身に起きた出来事を話してはならない」「関係者がこの件について漏洩した場合には、パーキンズは更なる漏洩を防ぐ、もしくは漏洩の影響が軽減されるよう懸命に取り組むなど、その方策に合わせた、筋の通った支援をおこなうことを求める」と約束させられている。つまり、パーキンズは真実が公表された場合でも、その真実を隠蔽することを求められていた。しかも、これらの制約はパーキンズの生活に大きな影響を及ぼしていたのに、文書全文のコピーを手に入れることは許されていなかった。許されたのは「制限付き面会権」とも言うべきもので、文書を見たい場合には、代理人弁護士のオフィスに行ってコピーを見ることしかできなかった。
さらに悪いことに、ワインスタインの弁護士からかなり強い圧力がかかった後で、パーキンズとチウは、「この件についてふたりで話し合ってはならない」と書かれた守秘義務の条項に同意させられている。
常識に反するほどの不当契約なのだが、被害者女性たちはこの条件を飲むしかなかった。一従業員程度では権力者に太刀打ちできないからだ。
筆者のジョディは雇用関係問題の分野で有名な弁護士に電話をし、もし沈黙に合意した女性がその契約を破って声を上げた場合、どれほどのリスクがあるのか尋ねている。弁護士は「相手は、自分が支払った示談金を返してもらうために、その女性を訴えますね」「相手側は沈黙させるために金を払っているわけですから」と答えている。彼の弁護士人生のなかで、秘密保持契約を破棄した人はひとりもいないということだった。
弁護士は示談に持ち込めば、示談金の最低30%を報酬として受け取れる。しかし、裁判になって負ければ報酬はゼロだ。このことから、多くの弁護士は被害者に示談を提案する。
フェミニストの弁護士にして、加害者側の支援も積極的に応じているオールレッド弁護士はこう言う。「被害を受けた依頼人は必ずこう言いますよ。『わたしは償ってもらいたい。これがわたしがもらうにふさわしい金額よ。これでわたしは大満足。でも、どうして秘密にしておかなくちゃならないの?』って」「でも、権力のある人物が求めているのは平穏に暮らし、事件を終わらせ、そして、みんなと同じように先へ進んでいくことですからね」。
ワインスタインは弁護士を通じて被害者を封じこめていたため、取材は難航していた。オンレコを前提に話してくれる女性が見つからず、取材メモは記事にできるレベルではなかった。
打開のきっかけは、ワインスタインの補佐役を務めているアーウィン・ライターという男だった。彼はワインスタインを憎んでおり、女性従業員への行為をどう止めさせるかを模索していた。ライターが暴露に走ったのは、ワインスタインの悪行がいよいよ社内でも噂になり、これが漏れれば自社の評判が地に落ちると懸念したからだった(実際、イタリア人モデルのグティエレスに性的暴行をしたというニュースが出て、テレビ部門売却の取引が頓挫している)。
ライターは密かにジョディと接触し、手に入れた女性従業員のメモを提供した。
メモ「わたしは彼女から、ハーヴェイ・ワインスタインが裸でいるときにマッサージをさせられたとききました。なにがあったのかと彼女に尋ねると、彼女は、スイートルームの別の部屋にいて、彼の機器を準備していた際、寝室に行くと、彼が裸でベッドに横たわっていて、マッサージしてくれと言ってきたそうです。彼女がホテルのフロントにマッサージ師を呼ぶように頼みましょうと言うと、彼がバカなことを言うな、おまえがやればいいんだ、と言ったということです。彼女はそんなことはしたくなかったし、部屋にこれ以上いたくないと思ったそうです。ハーヴェイは彼女がマッサージをするまで、いつまでもしつこくせがんでいました。あんなに困り果てた彼女を見て恐ろしく思いました。わたしはこの件も報告しておきたいのですが、彼女は苦情を述べたことによる報復が怖いので、秘密にしておいて、と言いました」
ライターの他にも、同社の重役のマエロフ、ワインスタインの弟のボブ・ワインスタインが協力者となり、ジョディに情報を提供していく。そして、ついに決定的な証拠――実名使用OKの女優の証言――が、アシュレイ・ジャッドから寄せられた。この証言が最後の一押しとなり、告発文掲載に至ったのだ。
当初、ジョディとミーガンは、ワインスタインの記事の影響力を、「世の中の人々が気にするとは思えない」「ワインスタインはそんなに有名じゃない」と考えていたらしい。
しかし、記事が公開された後、ジョディとミーガンのもとにはワインスタインの話をしたいという大勢の女性から連絡が届いた。そして、アメリカや他の国々の女性たちから、身近に潜む性的暴行を告発する「#MeToo運動」が巻き起こったのである。これまで見過ごされてきた「性的嫌がらせ」が、実は犯罪であるという認識が広がり、告発された男性権力者たちが次々に地位を剥奪されたのだった。
――「タイムズ」のワインスタインについての報道は、性被害に蔓延る秘密主義を打ち砕き、同じような辛い経験をしたことのある世界中の女性たちに声を上げるよう背中を押す形になった。「ハーヴェイ・ワインスタイン」という名前は、不適切な行為が何十年も検証されないまま放置されないように対処するための論拠を意味し、さらに軽犯罪がいかに深刻な犯罪へ発展していくかを示すひと��の例となった。またその名前は、性的嫌がらせや虐待について声を上げることは、恥ずべきことではなく、称賛に値することだという社会的合意や、どのような行為が雇い主にとって大きなリスクになり得るかという教訓を意味するものになった。そしてなによりその名は、“ワインスタインの行為は明らかに犯罪であって、決して大目に見てはならない”という、新たな合意を意味するものになったのである。
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権力者たちの圧力は、どれだけの恐怖だったろうと思う。
自分たちの危険を顧みずに調査を続けて報道していく…
ジャーナリストたちのこの圧倒的な熱量に敬服します。
そして、自分たちの立場や人生が脅かされるかもしれないと感じながらも声を上げた女性たちの勇気にも、その強さを尊敬します。
普段知ることのなかったタイムズの報道側としての在り方、ここまで徹底して真実を突き止める姿勢、調査の相手にも反論の時間を与えるなど、タイムズ独自のルールにも感動しました。
日本の報道側に対して感じていたイメージとは全然違くて、ここまで徹底的に真実を暴いてくれる報道社が日本で1つでもあればなと思わずにいられなかったです。
以下は本文での好きな言葉
「嫌がらせのことを公表してから、24歳のときになりたいと思っていた人物になれた」
391P。
「わたしたちはそれぞれに負った傷を誇りにしているのだと思う」
397P。
過去の辛い出来事に向き合った女性の言葉だからこその重みがあって、私自身も過去に負った傷を誇りに思えるように生きていきたいと思いました。
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最近のジャニーズ性加害報道に影響を受け読んでみた。大きく分けて3つの章からできていて、映画界の大物を追い詰めていく前半部分は、犯人を追いかける推理小説のようで、被害者には申し訳ないが、手に汗にぎるような両者の駆け引きを興味深く読めた。
でもこの後の2つの章もなくてはならなくて、一般人が自分が受けた被害を実名で、顔を出して告発していく過程、そしてこれらの告発をしていった後、どうなったかということが書かれていて、この本を色々な角度から読めた気がした。
それにしても、自分のような男性と女性との見方の、感じ方の違いにあらためてショックを感じた…
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映画版を先に鑑賞していたからか、思っていたより淡々としている印象があった。ハーヴェイ・ワインスタインの記事発表までの回顧録なので、結末は分かっているがそれでも事実が明るみに出る瞬間は悪い意味でゾワっとした。権力が人を変えたのか、それとも。