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北海道で独り暮らしするおもちさん、83歳。夫は施設に入り、娘は東京から日に二度電話をくれる。実は持病が悪化して、家族がおもちさんの生活のすべてを決めていくことに。不安と寂しさと、ほんのちょっとの幸せと、揺れては消えるひとりの老女の内面に寄り添う、人生最晩年の物語。
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身につまされる物語である。日ごとに老いていき、自分で思う自分と現実の差が少しずつ広がっていくもどかしさや不甲斐なさが、手に取るように伝わってくる。加えて、配偶者など身近な人がそばにいなくなったりすると、その喪失感もかなり大きいと思われる。おもちさんは、元来明るく社交的で、友人知人も多いが、普段から人づきあいが少ないと、なおさら孤独感を募らせることになるだろう。おもちさんは、蓄えもあるようだし、家族や周りの人にも恵まれているようで、比較的しあわせである。ただ、日ごろからもう少し自分の身体に向き合っていたほうがよかったかな、とは思う。老いは誰にでも確実にやってくることである。日頃から心構えをしっかりしておかなくては、と改めて思わされる一冊だった。
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いつか自分も来るであろう老後。それを踏まえるとおもちさんは幸せなのかも。病気もあるが娘や息子のお嫁さん、周りの仲良しさんに囲まれ高齢者住宅に入り好きな時間を送っている。でもやっぱり老境の切なさは伝わってくる。
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P231 一ヶ月ほどかけて、落ち着いた。もう急に泣いたりしない。でも、いつも、ほんのちょっとだけがんばっている感じがする。
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八十三歳の『おもちさん』。
表紙の絵のように、にぎやかでオシャレで友だちもいっぱいいる。
でも少しずつ一人で暮らすことが難しくなってきて‥‥。
おもちさん目線で過去の楽しかったことや、現在の老いや病気に対する不安が綴られている。
友だちとの楽しい日常の部分を読んでいる時はこちらまで楽しくなる。
一方、娘や看護師さんの言葉にイライラしている部分を読むと、とても反省した気持ちに。おもちさんの健康を思っての言葉や、認知症気味のおもちさんへの子供扱いしたような言葉かけが、どんな風に相手にストレスを与えているか、ある意味とても勉強になりました。
いつもは明るくて元気なおもちさん。でも実は夫の老老介護をしていた時、夫に優しくしてあげられなかった後悔もあったり。
自分ができなくなることが増えると、夫のことを思い出す。あぁしてあげれば良かった、こうしてあげれば良かった。
でも、基本的にとってもにぎやかな一冊なんです。本当に表紙の絵のようなにぎやかな一冊。おもちさんの持つ明るくにぎやかな性質が娘にも遺伝し、周りのみんなにもどんどん影響していってるんだろうなぁと思います。ちょっと雰囲気が悪くなるような会話になっても最後にはなんだかみんなで笑っちゃっていて。こういうのって、おもちさんが今まで築き上げてきた人徳、財産なんだろうなぁ。
自分の両親のことを思ったり、必ず訪れる自分自身の老後のことを思ったり、とても勉強になる一冊でした。
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83才おもちさん。娘や息子の嫁に世話されながらも、頭の中は独立心旺盛。介護する側からの小説は多いがされる側のやるせ無い気持ちがほとばしった小説。ある意味幸せな老後のようだが、いろいろ考えさせられる。
独特の会話のリズム、方言が生き生きして良かったです。
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主人公のおばあちゃん・おもちさんは、
けっして癒し系ほんわかおばあちゃんではなくて、喜怒哀楽がはげしく、糖尿なのに甘いものを一気食いしてはごまかし、でも体はごまかせず入院するような、どうしようもないご老人でもある。
夫の勇さんも、その姿がありありと浮かんでくるようなかわいそうなご老人で、読んでて老後に明るい気持ちを持てるようになる本ではないんだけど、歳をとることへのリアルな困りごとが書かれているだけに、たまにほんのり浮かびあがる幸せもリアルで、老いが進んでいくなかで繰り返す日常にすごく共感できた。
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身体にもガタが来て、入退院を繰り返し
記憶もまだらになったって
主人公のおもちさんの毎日の、なんと豊かで幸せなことか。
何かあったら遠くから駆けつけてくれる娘がいて、
近くに世話を焼いてくれる嫁がいて
何よりもご近所さんやカラオケ仲間たちとの楽しい交流もある。
たっぷり齢を重ねたって、自分らしく堂々と生きる姿は
美しくもあり、少し哀愁も感じさせられる。
こんな老後、いいな。
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勇さんとおもちさんの様子が自分の両親に重なった。おちゃめで社交的なおもちさんの日々。日が落ちるように、落ちたかと思うと少しのぼったかのように、ゆっくりといったりきたりしながら、でも確実に落ちていく。なんだか夢を見ているよう。母の毎日もこんな感じなのかしら?母をしっかり見守りたいと言うのはおこがましいが、母としっかり付き合っていきたいと思わせてくれた。
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なんか不思議な面白さ。
主人公は83歳のおもちさん。島谷もちこさん。
夫の勇さんは特養に入ってる。
ずっと1人で暮らしていたけど、バランスの良い食事をしないとよろしくないって事で、上げ膳据え膳のマンションに入る事に。看護師さんが常駐してる所。
近所に住む息子の嫁ともちゃんと、たまにやってくる娘。2人ともおもちさんの事をとても大事にしてる。
読みながら自分もこうやって老いていくのかな~と考える。
勇さんが特養に入るまでの数年間はおもちさんがいろいろ面倒見てた。
私にもそういう時がやってくるのかな~
老後が気になる日々を読んでる間ずっと考えてしまっていた。
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夫は、施設に入り独り暮らしの83歳のおもちさん。
東京暮らしの娘は、日に二度電話をくれる。
長男は近くに住んでいるので安心ではあるが…
気ままな食事のせいで持病が悪化して入院〜このままでは、ひとりだと不自由だと感じ、きちんと管理の行き届いたところへと…。
おもちさんの性格が明るくて悲壮さを感じさせないのにほっとさせられる。
自分のやれる事出来る事なども頭のハッキリしているうちに判断して行動すべきだなぁと感じた。
実際、田舎の母のことも重なり共感するところが多かった。
そして自分の今後も考えなければ…と思う。
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84歳おもちさんの日常雑記。介護していたご主人が介護施設に送られ、寂しさと同時に身軽になったおもちさんにも、認知症の気配が現れ、持病の糖尿病も芳しくなく、本人も介護付きマンションに引っ越すことになる。
日本中のどこにでもある老人世帯の日常。おもちさんも良くやってるし、彼女の家族たちも良くやっている。物語には悲壮な雰囲気を感じさせるような描写はなく、おもちさん目線の日常雑記。のほほん気味と言っていいくらいなのだが…なんでやろ、なんだかやっぱりのんきに読んでいられない。
親を介護する立場になった自分に照らし合わせることだけだとそうでもないのだが、自分の子供に介護してもらう申し訳なさがどうしても辛い。介護施設に放り込んでもらえればいいと思うけど、その経済的負担をこどもに強いるのもつらい…。自分の意志があるうちに安楽死を選べるような選択肢ができないものか、とこういう本を読むたびに思ってしまう。
でも、自分の親が安楽死を選んだら、それはそれで辛いしなぁ…。人間て因果な生き物である。
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老いること。
今まで出来ていたことが少しずつできなくなったり、「人のお世話になること」を甘んじて受け入れざるを得なかったり。
そして何より、こぼれ落ちてしまう記憶を何とか辿りながら日々を過ごすなかでぼんやり感じる不穏な気持ち。
老いることの悲しさと、その一方で長年こつこつと生きてきたからこそ体現できる逞しさを、何気ないおもちさんの日常を通して感じた。
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朝倉かすみさんは、自分に経験があるわけではないのに、どうしてこんなにおもちさんの気持ちがわかるのだろう…。
もうすぐ子育てもひと息つく私たち夫婦の未来は、こんな感じなのかな…
家をリフォームして、ずっと仲良く…なんてことは、すごく難しい夢なのかな…
辛いような、あたたかいような、複雑な気持ちに包まれています。
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北海道のある老女、おもちさん満82歳から84歳までの日常を綴る。
物忘れが出始め、体の自由も利かない年となり、自宅から病院やら施設のような場所へと舞台は移されるが、姪や娘たちが会いにきてくれる。
おもちさんのほのぼのとした人柄と、北海道弁で会話が進められることが、北海道の友だちのことを思い出させてくれ、なんだか心が暖まる。
人は誰もが老いる。出来るだけ話し相手を作っておくことが大切だ。
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老人を描いた小説はあるけれど、これは「読まさる」。北海道弁、というのは移住してきた人たちの出自に影響するので、どの程度というのもまちまちだし、別の場所では使われない言葉もある。おもちさんのはかなりヘビーな方言。
そのことばが、とてつもないリアルさをおもちさんに与えている。北海道の日本海側とか、道南の郡部にいそうな、ではなく「いる」老人。うん、私も知ってる。思わずそう言いたくなるくらい、リアル。登場人物の「内面」にまで、引き込まれる。
おもちさんの娘は独身で、離れた場所にいるが、時々様子を見に来てくれる。息子のお嫁さんはご近所で、何かと気にかけて、助けてくれる。孫を連れた息子夫婦のために、好きな飲み物を箱で買っておき、帰りに持たせたりもする。勇さんは夫である。
頑張って働いたので老後の蓄えもある。友達もいる。病気はあるけれど、生きている。
でも、どうして大好きな甘いものを食べてはいけないのか、ちゃんとご飯を食べてるのに、入院しなければならないのか、それがわからない。おもちさんの一人称で語られるとき、それは読み手自身のことのように切なく迫ってくる。
話したり聞いたりするより、書く方が考えがまとまるのかな。以前とは全く違う人になってしまった夫と、向き合って暮らすにはどうしたら良いのかな。
おもちさんを見ていると、その答えをくれてるようなところもあるし、そりゃないしょ!(笑)と思うこともある。色々と感慨深い。
井上荒野さんの『静子の日常』を思い出した。こちらも久しぶりに読みたくなった。