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ノーベル化学賞を受賞したCRISPRによるゲノム編集の功罪をドキュメンタリータッチで綴った一冊。
特にニュースでも大きく取り上げられ世界中で大きな非難が沸き起こった、若い中国人研究者による人体へこの技術を使い、双子の誕生という事態になった部分は、その衝撃が文章からも熱量高く伝わってくる。
パンドラの箱を開けてしまったと言われるこの暴挙は、しかしながら知らないところでさらに進んでいるかもしれないし、「デザイナーベイビー」として進んでしまうのか、恐怖すら感じる。
世界で倫理観の共有は中々難しいのかと考えさせられる。
宗教など色々な要因もあるかも知れない。
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ゲノム編集について知るべき事柄がこの本でしっかり習得できる。
ノーベル賞を取ったダウドナ&シャルパンティエの-CRISPRーCas9発見まで、そしてフェン・ジャンによる哺乳動物への導入と両サイドの特許をめぐる長い争いも詳しい。
ゲノム編集ベビーを誕生させたフー・ジャンクイによる衝撃的事件についても詳細を知ることができる。
最終章では、この技術が倫理面でどれほどに難しいものかをも既に始まった技術導入の具体的な内容のレポートで知ることができる。
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CRISPR-CAS9
クリスパー・キャスナイン
2020年ノーベル化学賞
ダウドナ、シャルパンティエ
ノーベル賞の受賞レースだけではなく、特許紛争、CRISPRベビーと言われている2018年の事件などを詳細に描く
遺伝子編集技術による倫理観などまで多面的な話題を描く
内容が専門的過ぎてかなり重たい
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2020年、ノーベル化学賞受賞で世界の注目を浴びたCRISPR(クリスパー)。
元々は、細菌がウイルス感染に抵抗するために編み出したものである。
ウイルスに特徴的な遺伝子配列を速やかに発見し、それを切断して無力化する、ハサミのような仕組みだ。それによって細菌は、ウイルス感染から身を守ることが可能になる。
それだけなら、「ほう、細菌にもいろいろな機構があるのだな」で終わる話だが、これを細菌にとどまらず、生物のゲノム編集全般に応用できるのではないかと考えたのが、J.ダウドナ、E.シャルパンティエ両博士で、彼女らにノーベル賞が授与されたのである。
CRISPRはRNAとタンパク質酵素を組み合わせた機構である。RNAで目的の遺伝子配列を見つけ出し、酵素がその部分を切断する。
それまでのゲノム編集に比べて、格段に正確かつ簡便に遺伝子操作を行うことが可能になった。非常に画期的なことである。
しかし、あまりにも画期的であったがために、それまで不可能だったさまざまな事柄を実質的に行うことが可能になった。
出来なかったことが出来るようになる。
一見、よいことのように感じるが、性急な変化には、得てしてひずみが生じるものである。
CRISPRが開いた「パンドラの箱」について考える1冊。
著者は権威ある科学雑誌Natureの編集に携わり、そのスピンオフ誌のNature Geneticsの創刊編集長を務めた。遺伝学のまさに最前線を見つめ続けてきたわけである。
さまざまな人脈を持ち、業界の裏側も知る、このテーマを語るのにうってつけの人物といってよいだろう。
CRISPRにより、遺伝的疾患の根絶、品種改良、さらには絶滅種の復活までもが射程に入る。何しろ、ピンポイントに遺伝子改変が可能なのだ。例えば、遺伝子の欠陥が理由であることが判明している疾患であれば、その遺伝子の問題点を修正してやればよいはずだ。品種改良では、従来の遺伝子改良品種よりも、他の遺伝子に影響を及ぼさず、必要な部分だけを正確に操作することが可能になる。絶滅動物の遺伝子再構築など、難易度の高い操作も従来とは段違いにやりやすくなる(cf:『マンモスのつくりかた』)。
しかし、ここで危惧する人は少なくないだろう。
そうしたことを性急に行って「大丈夫」なのか。
そう、もちろん、「大丈夫」ではない。
便利な道具はさまざまな人が使いたがる。中には他人が思いつかぬような、あるいは敢えてはしなそうなことをする者も出てくる。
CRISPRに関して、その典型的な例は、2018年に世界を騒がせた中国人研究者による胚操作だろう。安全性や倫理上の問題に関する議論が尽くされていないまま、彼はCRISPRによりヒト胚を操作し、改変を加え、そして双子の出産を導いたのである。子らの父はHIVに感染しており、名目上は子供をウイルス感染から守るための遺伝子改変だった。
本書はその経緯も詳しく記している。驚くことに、これは思った以上に「いい加減」な実験だったようだ。くだんの改変はHIV感染予防に関して必ずしも有望とされる手立てではなく、それ以前にHIV予防には別のもっと有効な手段があった。さらには、改���自体もずさんな手法で行われ、その結果、標的としたものとは別の2つの遺伝子にも変異が入ってしまっていた。
要は、功を焦る研究者の勇み足だったわけで、彼は激しい非難にさらされ、中国国内の大学での職も追われた。
しかし、いずれにしろ双子は生まれ、その他にも出産予定であった胚があったという話もある。彼らに施された改変の影響について、研究者は責任が取れるのだろうか。
これは公の場で明らかになって問題になった例だが、実際のところ、水面下で行われている改変もありうる。
以前から存在している着床前診断の問題は、CRISPRによってさらにより先鋭化しうる。望ましくないものを切り捨て、望ましいものを取り込んで、「デザイナーベビー」へと続く道である。
社会は本当にそれを望んでいるのだろうか。
CRISPRにはまた、国際競争や特許の問題も絡む。ノーベル賞はダウドナとシャルパンティエが手にしたが、特許係争は別途続いていた。大きな影響力を持つこの技術の権利を誰が手にするのか。それはこの技術自体だけでなく、今後開発されるであろう遺伝子編集治療による利益を誰が手にするのかという話である。
1つの技術をめぐる、複雑で先の見えない物語。
読みごたえがある。
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なかなかの大部だが、著者の経歴(Nature Geneticsの初代編集長)もあり、非常にわかりやすい。関係者に対するインタビューも詳細だし、論文発表の先陣争いの裏側なども臨場感がすごい。
前半はCRISPER配列の発見から、ダウドナとシャルパンティエ、フェン・チャンらのノーベル賞争い、特許争いの様が描かれる。かなりマイナーな人にも十分なインタビューをしており読み応えもある。
中盤は賀建奎によるCRISPERベイビーの話が中心。これも突然発表された話だと思っていたが、業界内では随分前から話題になっていたことらしい。
「犯罪行為というものは起きるものだ。法律によって禁止されているにもかかわらず、人々はたがいに殺し合う」というように、すでにできることが分かってしまった以上、大富豪や独裁者など、ルールを無視してこの技術を自分の子に適用しようとする者が現れることは止められないだろう。本書でも釈放されたばかりの賀建奎のもとに、ドバイの生殖クリニックから誘いがかかる場面が暗示的に描かれている。
・しかし今後、あらゆる生殖細胞系列編集に対して否定的な考えを抱きそうになったら、安全性にまつわるひとつの重要な問題を思い出そう。大人で体細胞遺伝子編集をおこなおうとしたら、たいていの場合、一億個以上もの細胞のDNAを改変しなければならないのだ。「そのひとつひとつに対して、CRISPRを個別に働かせなければならない。そのため、そのうちの一個の細胞で、CRISPRががん抑制遺伝子を誤って改変してしまう可能性は十分にある」と臨床ゲノム編集会社を共同設立したジョージ・チャーチは警告している。細胞の増殖過程でそのようなことが起きたら、深刻な結果が生じることになる、と。「これに対して、受精卵をCRISPRで編集する場合は、CRISPRを一個の細胞だけに働かせればいいため、がん抑制遺伝子を改変してしまう可能性は推定上、一〇億分の一になる。それのどこが、より危険なのだろう?(13)」
・コロンビア大学の遺伝学者ロバート・ポラックは、彼らの勧告は不十分であり、優生学への扉を開けるものだと主張した。「配偶子の段階で高額な投資をしてもらえないまま、生殖細胞系列編集が存在する世界に生まれ出てきた子供たちの苦痛を、世界で最も裕福な人々が取り除いてあげることはないだろう」とポラックは書いている。生殖細胞系列の編集は完全に禁止しなければならない。