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この作品を読みながら思い出したことがある。
先日、髪を切って仕事に行ったら、子供たちに「髪、切ったね~」と言われた。ちょっぴり短く切り過ぎてしまった。
そんな中に「男みたいだね」と言ってきた子供がいた。
短い髪=男の人という考え。
ある男の子が表紙の絵が可愛らしい本を読んでいたら、
「なんで、そんな女が読むような本を読むん?」と言っていた上記の子供。
かわいい=女の人という考え方。
世の中の普通とされるものは、ときとして面倒くさいし、苦しくなることがある。
男も女も髪が短いだろうが長いだろうが本人が良ければよいだろう?
何を好むかも自由だろう?
「女性らしさ」「男なのに」「親だから」という世の中の普通の価値観を押し付けられるよりも、目の前の、見て話して感じたその人を知るようになれると良いと思う。
そして、この作品はこういうジェンダー絡みの「らしさ」ということを改めて考えさせられる物語でした。
普通は難しい。
また、普通に囚われたくない。普通で片付けられたくない。
登場人物たちは自分軸を持って精一杯頑張っていました。
私も強靭な自分軸をを持ちたいと思います。
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家族。と一言で言ってもいろいろ形があると思う。
いくら家族でも言ってはいけないこと、超えてはいけない境界線が確かに存在していて、家族であっても許せないことというのは実際に存在する。とも思う。
この小説は1人1人の心情が連作短編で描かれていて、母であり、父であり、友であり、姉であり、祖母であり、息子である前に1人の人間だということを実感させられる。
そして読み終わったときこの物語の登場人物は全員「家族」だと感じた。
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「〇〇らしさ」など、性別や歳を理由にして諦めるのではなく、好きなことをしたり自分らしく生きていいことを、教えてくれる作品。
とても良かった。ジェンダー平等が遅れている日本、多くの人にこの作品を読んでほしいな。
主人公家族の周りの人々がみんな温かい人ばかりでよかった。
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普通とは?一般的とは?
誰が決めたのか?
この作品で印象的だったのは「誰にでも失敗する権利がある」というフレーズ。
目から鱗でした。
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久しぶりに呼んだ寺地さんの作品は、うまく言葉に表せず、ただただぎゅっと固く絡まった私の心の結び目が緩やかに流れるように解れて行きました。
もどかしくて、何となく息苦しい日常に爽やかな風が心地よく通りすぎて行くような素敵な1冊です。
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全体の内容はよかったのですが、なんか、多様性とか、ジェンダーフリーとかを無理に入れ込んだ様に思えて、少し冷めた気持ちで読んでしまった自分に「やな奴」って言っちゃいました。そういうことに、反対してるわけではない。理由はそこじゃない。
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あ〜ええ話。群像連作というやつ。章ごとに語り手や視点が変わって、彼ら一人一人にとって何が大切なのか、何を人生の基準にしているのかが丁寧に描かれている。特に文枝さん(おばあちゃん)の章が好きだった。こうあるべき、〜が好きな人は変、女に学はいらないなど、世代ごとに色々な「ステレオタイプ的な」価値観が「そう!そうなんだよね」という巧い表現で描かれている。価値観は皆にあるが、それをアップデートしつつ、考え続けて押し付けない生き方をしたい。
p.79 「Tシャツ1枚できることないから、このかわいい腹は誰にも見えへんの」「そしたら、詩集の意味なくない?」「あるよ。見えない部分に腹を隠し持つのは、最高にぜいたくなかわいいの締め方やろ」「かわいいって、おばあちゃんにとってはどういうこと?」「自分を元気にするもの。元気にしてくれるもの。…水青がかわいいのは嫌って思う事は、別に悪くない。誰もが同じかわいいを目指す必要は無いからね」
p.107 恥ずかしい、と言う気が起こらない。お母さんなんやから、子供にちゃんとご飯作ってやってよ。そんな言葉なら、今までに何度も他人から浴びせられてきた。自分の母親でもない女が家事において「手を抜く」と言うことが、どうしても許せない人と言うのは一定数存在する。愛情を、手間の量ではからないでほしい。
p.112 一つ一つは、小さな棘でも、ぐるりと囲まれれば耐え難いほど痛む。息子から発せられた「気色悪い」も「あんた」も、違う状況なら聞け流せたかもしれないけど。
p.115 それはきっと、母が開いたからだ。母は誰に対しても、つよい口調でものを言わない。だから、みんな母の前ではおのずと素直になる。わかっているけど、私にはとても真似できない。
p.116 物分かりの良い人やからね。お母さんは。立派よ。でもそれって、ちょっと寂しくもあるよ。お母さんはさぁ、昔からすぐ好きにしなさいって言うやろ。もう少し心配してくれてもよかったんちゃう?子供に関心ないの?
だって、幸子には、幸子の人生を選ぶ権利があるもの。
お母さんはいつもあんたには失敗する権利があるって言うけど、私は失敗して欲しくないもん。自分の子供に。
さつ子の思い通りに育たへんかったら、失敗ってこと?ー違うって。そんな子供を自分の思い通りにしたいとか、そんなことを考えてへん。いくらなんでも。ーーほど良い、って何なの。その基準をさつ子が決めるんやろ。ちゃんと好きなものがある。それがあの子の芯になる。どうにでも生きていける。ー好きなものがあるだけでは、食べて行かれへんから言ってるのよ。ーー食べて行かれへん、てなんでわかるの、さつ子に。ーそら、厳しい世界やもん。あの子に突出したセンスとか才能とかあるわけじゃないし。ーーせやから、なんで幸子にわかるの?突出したセンスとか才能、あんたがちゃんと見抜けるの?なんで?
確かに、食べていかれへんかも知れん。キヨは、将来、好きな仕事に就くことにこだわって、貧乏暮らしするかもしれん。私はそれを人生の失敗だと思わへんけど、それを失敗って言うんなら、あの子には失敗する権利があるんちゃうの?明日、降水確率が50%だとするで。あんたはキヨが心配やから、傘を持っていきなさいって言う。そこから先は、あの子の問題。無視して雨に濡れて、風邪をひいたの。それは、あの子の人生。今後風邪をひかないためにどうしたらいいか考えるかも知れんし、もしかしたら雨に濡れるのも、結構気持ちいいかもよ。あんたの言う通り傘持っていっても晴れる可能性もあるし。あの子には失敗する権利がある。雨に濡れる自由がある。…ところで。
あんた自身の人生は、失敗やったのかしら?
p.126 「女は力では男にかなわへん。せやから同じ土俵で勝負しようと思ったらあかん。女は男男で綺麗で賢い。綺麗で、賢いからこそ、そうでない男の立場をいつも思いやってやらなあかん。それが俺お嫁さんて言うことやで」
p.143 幸子は多分、妊娠しやすい体質なんだろう。水青の時も、清純の時も「気が抜いたら」妊娠した、と言っていた。他の女もみんなそうなのだと勘違いしている。女は皆、望めば簡単に香せるものなのだと。私から生まれたと思えないほど健やかで、健やかであるが故に、ほんの少し無神経な娘。
p.146 大抵のことに、私より先に気づいてしまう。それが幸子の最大の不幸だった。テーブルに置きっぱなしの湯のみも、いっぱいになったゴミ箱も、いち早く見つけてしまう。おまけに幸子は根っからの働き者だ。見て、見ぬ振りがどうしてもできない。かといって、家事を楽しめるタイプでもない。あれもこれも、と1人でがんばって、爆発してしまった。ある日、突然「もういや、全部い、やや」と泣きわめいて、ついには、離婚してしまった。もしあの頃、家事分担の制度を決めていたら、娘夫婦も離婚まではしなかったのではないか。今更かもしれないけれど、そう思われてならない。多忙による余裕のなさが苛立ちとなり、自分の夫への怒りを募らせる燃料となってしまったのではないか。
p.159 「74歳になって、新しいことを始めるのは勇気がいるけどね」「でも、今から始めたら、80歳のときには、水泳歴6年になるよ。何もせんかったら、0年のままやけど」
p.195 自分に合った服は、着ている人間の背筋を伸ばす。服はただ身体を覆うためのものではない。世界と互角に立ち向かうための力だ。
p.214 この人の言葉は小石みたいだ。一つ一つは本当に小さくて、ぶつけられても怪我はしない。だけど、立て続けに投げつけられるのはごめんだ。
p.234 「まずは水青が生まれたときの事から説明します。最初は姓名判断の本で見つけた愛という名前にしようと思っていました。へ名前やし、みんなに愛される子になってほしいと思ったから。水青は南山でした。10時間位かかったと思います。運転手の外で待っていると声が聞こえました。一般的に赤ん坊の鳴き声は親ですが、彼女のうぶ声は全然違った。川のせせらぎみたいに美しくて優しかった。だから、川とか流と言う文字を入れたかったのですが、さっちゃんがそれはなんか嫌やと言うので、水青にしました。
清純は、病院に着いてから30分もかからずにすると生まれて、でもやっぱり初声は流れる水の音みたいに聞こえました。清の方がちょっとだけ流の激しい河でした。その時もさっちゃんは流れるという字を入れることに猛反対しました。もしかしたら���れるという言葉に、なんとなく縁起の悪い印象を抱いたのかもしれません。もっと強槍の名前にしてほしいとも言われました。でもキヨ。流れる水は、決して淀まない。常に動き続けている。だから清らかで澄んでいる。1度も汚れたことがないのは清らかとは違う。進み続けるものを、停滞しないものを、清らかと呼ぶんやと思う。これから生きていく間にたくさん泣いて傷つくんやろうし、悔しい思いをしたり、恥をかくこともあるだろうけど、それでも動き続けてほしい。流れる水であってください。お父さんからは以上です」
p.245 「この刺繍はあんたのみずほに対する祈りなん?それとも愛情の証?ーーそういうことできることが、うらやましい。そういう発想が、て言えばいいのかな。私はあんたたちのために、雑巾1枚の歌ことない。どうしても、そういう気になられへん」「違う、それは。僕が刺繍をするのは、ただ、楽しいから家」
針を動かしている時が、1番楽しい。1針で線になり、重ねることで面になる。ただの糸の連なりが、布の上に花を咲かせ、鳥を羽ばたかせ、水の流れを、うねりを生み出す。そんなことが、叫び出したいほどに嬉しい。自分の手がそれを生み出していると思うたび、目がくらむような熱を感じる。その熱の塊が僕の中で、音を立てて爆ぜる。そのたびに息が詰まるほどの幸福に満たされる。生きている、と言う実感がある。
わかってくれなくても構わない。わかってほしいなって思っていない。ただ見ていて欲しい。僕が動き続けるのを。川は海へと続いている。流れる水は海へ向かう間、何を考えているんだろう。本当に海にたどり着けるんだろうかと心細く思ったりしないのだろうか。僕になってわからない。わからないけど、また針を動かす。
「僕が刺繍をするのは、刺繍が好きやからや。お母さんが縫い物や料理をせえへんのは、どっちも苦手やからやろ。苦手なことを家族のために頑張るのが愛情なん?それは違うと思うけど」「だってあんた、巾着袋…」「巾着袋が何なん、ちゃんと言うて」「おばあちゃんに作ってもらったから、大事にしてるんやろ?」「は?いや…サイズがちょうど良かったから使おうと思っただけなんやけど」「へ。そうなん?」「巾着袋を塗ってくれない。お母さんは僕を愛していない、とかそんなこと考えたこともなかったしな」
手作りをすることで、何かを示したい、伝えたい、と思う事は自由だ。母がそのやり方を選ばないことも。自分と違うやり方を選ぶ人を否定するような生き方を、僕はしない。したくない。
p.259 「清らか」と言うのは、「汚れたことがない」と言う意味ではない、と言う言葉に胸をつかれる。私たちは皆、何かに傷ついたり、自他を苦しめる、価値観にとらわれて屈折したりしながら生きている。汚れない事が大事なのではなく、大事なのは、「進み続け」「停滞しない」ことだと言うのは、とても共感するメッセージだ。箇所にとどまらず、「淀まない」こと、いわば、自分を日々少しずつアップデートし続けること、より自由に、より自分らしくあろうとし続ける日々の営みそのものが、生きることの尊さなんだと思う。
「糸だったものが、刺し重ねていくことによって、面になる。少しずつ形になっていく、その過��に興奮する。染めたり、絵を描いたりしたのとも織ったのとも違う、糸を重ねていくことでしか生み出せない色や質感がある。それが面白くてたまらない」
刺繍は、今の社会では、いわゆる「女性らしい」趣味だと言うことになっているけれども、しかし、刺繍の魅力をこのように描かれると、こんなワクワクすることを女性ばかりに偏らせることの合理的理由などないと感じさせられる。「女性らしい」とか「男なのに」と言った言葉や、価値観が私たちを形に押し込んでいること。その無意味が、ある行為を丹念に描くことによって、おのずと浮き彫りになり、読者がそれを感じられると言うのは、作者の描写の力だ。ジェンダーの抑圧との抗い方には、こういうやり方もある。
日本は性差別解消の進み方がなんとも遅い国で、諸外国と比べた、ジェンダー平等の後進ぶりには、目をわかりだ。その対策としていろいろな分野でやるべきこと山積みなのだが、一人ひとりの、「こんなの本当はおかしいよね」「変えたほうがいいよね」と言う気づきといっぽ踏み出細やかな勇気の積み重ねが、少しずつ社会を変えていくのだと思う。この小説は、より自由に、より自分らしく、生きる方向に踏み出すように、読者の背中を押す。その次からは、水青のドレスのガーゼ生地のように柔らかく、心地良い。
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家族愛に溢れる一冊。
一見、それぞれクールで、自分のことは語らず、分かり合えない家族と思いきや、めちゃくちゃ愛に溢れてた。
色んな視点でそれぞれの気持ちが語られ、あたたかい気持ちになりました。
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タイトルも、テーマも私の好きな要素が満載。
清らかで強い物語。
らしさに苦しめられた経験は、誰しもが持つはず。その時には、うまく言葉で返せなくて悔しい思いをしたことも。
自分だけじゃない、いろんな立場でいろんな観点から感じることなんだと気づくだけで、人への接し方が変わりそう。そんなことを考えた。
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家族それぞれの想いがあって、でも、伝わらなくて。
そんな中でも、人と関わることで新たな考え方が胸に湧いてきたりして、次へ進むきっかけができるんだな。
失敗する権利がある、雨に濡れる自由がある
すてきな考え方。
自分は心配ばかりして、雨にあたらないように先回りしてしまうから…人にも、自分にも。それでは成長はないよね。
性別に囚われない、自分は、自分の生き方をというお話でしたが、私が印象に残ったのは、恐れず人と関わって、対話して、前に進もう!というエールでした。
流れる水は淀まない、も心にしみた。
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世の中には、人それぞれの属性によって「○○らしさ」とか「こうあるべき」という、固定化した考え方が数多あります。
その多くは古くからの文化の積み上げによるものだと思いますが、何気ない「○○らしさ」や「こうあるべき」に違和感を覚えたり、抑圧と感じて苦しむ人もいる。
この物語を読み、「多様性」がキーワードの1つである現代、一度立ち止まってフラットにそれらを見つめ直すことが大切だと感じました。
私は結婚しても子を授かることができず、親族や世の中に対してどこか引け目を感じながら生きてきました。「男と女は結婚して子どもをつくるのが当然」と思っていたからです。
「本当にそう?そんなに引け目を感じなくてもいいんじゃない?」と、優しく勇気づけられた気がします。
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〇〇らしく、〇〇なのに、〇〇だからではなく もっと自由にいられるようになればいい。
清澄は優しい。74歳から水泳を始める祖母に「今からはじめたら、80歳の時には水泳歴6年になるやん。なにもせんかったら、ゼロ年のままやけど」と、この言葉が響いた。
清澄という名前の由来、流れる水は淀まない。常に動き続けている。だから清らかで澄んでいる。
停滞しない、淀まない、進み続ける。
解説にも書いているように 自分を日々少しずつアップデートし続けること、より自由に自分らしくあろうとし続けることが大事だと思うし そうありたい。
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単行本が出たときからずっと気になっていたけど(第9回河合隼雄賞も取ったのでますます読みたかった)、読めないでいるうちに文庫になった。
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好き♡ ジワジワ胸に迫り涙腺が緩んだ。
女らしさ、男のくせに…社会からの抑制に抗いたい。でも、刷り込まれた価値観が呪縛にもなっている。そんなテーマは「大人は泣かないと思っていた」に通ずる。
刺繍が好きな高1男子:清澄は、かわいいものが苦手な姉:水青のウエディングドレスを、手作りすると宣言する。
各章は清澄の家族、水青、母、祖母など、語り手が入れ替わる。
それぞれが、社会からの抑圧にモヤモヤしながらも、それを上手く表現できず、不器用に生きている。
全員を抱きしめたくなった♡ ジェンダー後進国、変わっていかないと、ね!
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安定のクオリティで安心して読めました。
寺地はるなさん、町田そのこさん、凪良ゆうさん、この3作者さんはハズレがないので、本屋で「あと一冊くらい欲しいな」というときに買うようにしている。
本作は連作短編の形式をとっていて、各話ごとに語り手(主人公)がかわる。
帯によると作品のテーマは『家族』。長女の結婚に際して、裁縫を趣味にしている長男が「おれが姉ちゃんのウェディングドレスつくるわ!」と言い出し、いろんな人たちの助けをうけながらドレス作りに奔走する、というのがメインストーリー。
メインストーリーがちょっと弱いかなというのが自分の感想。メインストーリーを進めつつ、家族ごとの悩みが各話で解消していく~という構成なのだけど、「家族の悩み」と「メインストーリー」の関係が薄いので短編ものを読んでいるような感覚を抱いた。その関係でラストの感動とちょっと薄かったかな。
というわけで☆3つ。