紙の本
ミズラヒーム(=中東イスラーム世界出身のユダヤ人)という視点からみたイスラエル現代史
2009/12/06 23:15
10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る
政治史を中心に新書版一冊にまとめた、1948年の建国以前から建国60年を過ぎた現在にいたるイスラエル現代史。
イスラエルにかんする本は無数に出版されているが、本書における著者の最大の功績は、イスラエル社会の現在の実態に即し、従来から日本でも知られている枠組みである、アシュケナジーム(=中東欧系ユダヤ人)とスファルディーム(=1492年のスペイン追放後、地中海沿岸地方に離散したユダヤ人)の違いよりも、アシュケナジームとミズラヒーム(=中東イスラーム世界出身のユダヤ人)の違いという視点からイスラエルを考察していることであろう。
ミズラヒームは、モロッコ、イラク、トルコ、イエメンなどから、イスラエル建国後移民してきたユダヤ教徒である。彼らは、シオニズムという世俗国家の理念とも西欧流のライフスタイルとも関係なく、現在にいたるまでイスラエル社会の下層としての生活を余儀なくされてきた存在だ。
本書は、一言でいってしまえば、ミズラヒームとパレスチナ人を含めたアラブ系イスラエル人という視点からみたイスラエル史である。
イスラエル現代史とは、主流派であったアシュケナジーム中心の世俗国家から、多文化社会への変容によって、きわめて宗教色の濃い国家に変貌させてきた歴史である。
これは、『見えざるユダヤ人』(平凡社、1998)で、ミズラヒームの存在を日本語でははじめて読める形として読者に提示した著者ならではの特色である。移民国家で、多文化社会であるイスラエルは、どのカテゴリーに焦点をあてるかで、まったく異なる像が描かれることになるからだ。
イスラエル建国の中心となった、アシュケナジーム系のシオニストが主流派であった労働党が凋落し、ミズラヒームに加え、エチオピアやソ連崩壊後のロシア系移民も含めた出身地と、宗教的姿勢から複雑にカテゴライズされている現在のイスラエル社会は、著者がいうように、多文化主義性格をもつがゆえに、その反動として逆説的にナショナリズム的な行動をとらざるをえない傾向が強まっている。そうでないと国民がバラバラになってしまうという懸念につきまとわれているためだ。
イスラエルという国家のアイデンティティはいったい何なのか。周囲を外敵に囲まれているという意識から、安全保障以外に国民の共通利害がないのか。
また、還暦をすぎたイスラエルという国家は、今後どういう方向に進もうとしているのか。
多様性と、ユダヤ性強化というナショナリズムとのあいだに存在するジレンマに引き裂かれる状況、これはイスラエルだけでなく、中国も含め、戦後独立した新国家にみな共通する難題であろう。
本書は、一冊の新書本に情報を詰め込んでいるので、ちょっと読みにくいのは否定できないが、じっくり腰をすえて読めば、必ずや得るところは大きいはずだ。読む価値のある労作である。
紙の本
左翼はスターリン主義的な反ユダヤ主義を奉じがちだが。
2009/04/21 21:51
9人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「見えざるユダヤ人」以来注目してきた人が書いたイスラエル論。一番読み応えがあるのは、あとがきだ。イスラエル留学時代にお世話になった防衛大の立川良司氏の「エルサレム」と「揺れるユダヤ人国家」に似た視点でイスラエルが論じられている。左翼によくある第三次中東戦争以来、イスラエル国家そのものを「悪の国家」、ソ連東欧圏から来た反シオニズム=反ユダヤ主義的な論調とは一線を画しているから、読みやすい。
「見えざるユダヤ人」にも書かれているが、共産主義者がユダヤ人とパレスチナ人の共存を唱えていたのだから、皮肉なものだ。ヨーロッパと中東では違いがあるのだろうか?
ただ、1930年代にドイツとユダヤ機関の間に結ばれたハアヴァラ協定によるドイツ・ユダヤ人の持っている資本をパレスチナへ輸出した事は事細かに書かれているが、戦後のルクセンブルク協定から始まるドイツとイスラエルとの関係は素っ気ない。
第三帝国がユダヤ人のドイツからの「追放」から「最終的解決」に転じた戦時中にエルサレムのムフティーがドイツに亡命したのを考えると、何か異様な気がする。別の本で著者はアミン・アル・フセイニーを歴史上の犠牲者視していたが、それは如何なものだろうか?よりにもよって反英闘争でドイツと共闘しようとしたレヒ=シュテルン・ギャングにしても考えものだが、ムフティーを犠牲者視するには抵抗を感じる。
それにしてもユダヤ人がマサダを聖地視するようになったのは、シオニスト達がヨセフスの「ユダヤ戦記」を読むようになってからだろうが、ローマ軍に投降した歴史家が書いた本に書かれたエレアザル・ベン・ヤイルの演説からだから、この本は、そこまで書かれていないが、ある意味では皮肉なものだ。バル・コホバを愛国者扱いするようになったのも含めて。そこまで書いてくれればシオニズム論にも深みが出るのだが。
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『イスラエル』(臼杵陽、2009年、岩波新書)
1948年のイスラエル建国後の政治の動きがかなり詳細に記述されています。イスラエル史の勉強になりますが、少し難しいかもしれません。
(2009年6月3日)
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やはり、テレビだけじゃ知らないことが多いと実感した。
イスラエルのユダヤ教徒が一枚岩ではないこと、そして建国当初、ホロコーストは教育現場では伝えられてすらいなかった事実。
私たち日本人からすると、ホロコーストの犠牲を前にユダヤ人は団結しているのだとばかり思っていました。
そして、アイヒマン裁判。
耳慣れない言葉が多く、読みやすくはなかったけれど、イスラエルという国家の歴史をユダヤ人側から見た本としては、的を得ていたのでは?
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日々のニュースでイスラエルをめぐる報道は多いが、イスラエルの歴史と社会を理解するには、「今」を切り取っただけのニュースでは足りず、かといって専門書を読む時間も機会もない普通のオトナにとって、これはまさにうってつけの好著。
「イスラエル=シオニスト」という単純なイメージは過去のもので、波状にやってくる移民、それによる多文化・他民族化、選挙のたびに壊される和平への試み・・・と、本著がひも解く「イスラエルの今」は、ページをめくるガブに、しみじみと無力感や閉塞感を覚えさせ、オスロ合意(あの日、朝刊に載ったあの写真に、新しい希望を感じた人がどれだけいたことか!)がどれほど「無」となっているかを実感させた。
まず「選挙ありき」の民主主義の下、相次ぐ政権交代や連立政権、経済低迷と「不公平感」、「和平」より「治安」重視の内向きの世論・・・と、イスラエルとはまったく異なった国であるはずの日本にも、他人事とは思えないキーワードが並んでいることもまた、読者をなんとなく居心地悪くさせる点で、読後のもやもや感こそが、この本が日本人向きに書かれた好著であることを示しているような気がする。
著者は以前ガブが読んだ『異文化理解の倫理にむけて』(名古屋大学出版会)に「宙づりにされた人々 イスラエルのアラブ」という文を書いていたことを思い出した(「臼杵」とは珍しい苗字!)。今後も注目していきたい現代の書き手の一人である。
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イスラエルはユダヤ国家か他民族国家か。
イスラエルで生まれたアラブ人。
アメリカで生まれたイスラエル人。
そもそもユダヤ人とは何か。
唯一神をもたない私たち日本人は宗教問題を多少なり客観的に見れるのではないだろうか。
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[ 内容 ]
イスラエルはいま、「ユダヤ国家」という理念と多文化化・多民族化する現実とのはざまで切り裂かれ、国家像をめぐって分裂状態にある。
なぜそうした苦悩を抱え込んだのか。
シオニズムの論理、建国に至る力学、アラブ諸国との戦争、新しい移民の波、宗教勢力の伸張、和平の試みと破綻など、現代史の諸局面をたどり、イスラエルの光と影を描く。
[ 目次 ]
第1章 統合と分裂のイスラエル社会
第2章 シオニズムの遺産
第3章 ユダヤ国家の誕生
第4章 建国の光と影
第5章 占領と変容
第6章 和平への道
第7章 テロと和平のはざまで
終章 イスラエルはどこに向かうのか
[ POP ]
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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イスラエルの暴力の背景には何があるのか。
僕は、イスラエルが人事だとは思えなかった。
彼らは「数百万の同胞が虐殺されたとき、世界は誰も助けなかった」という歴史的悲劇からスタートしている。それは、大東亜戦争で日本が「植民地主義が横行していて、誰も助けてくれなかった」というのと似ている気がするのだ。
イスラエルが抱える命題は、そうしたユダヤ人の歴史と、国の内部での多様性をどう乗り越えるかだ。イスラエルにはユダヤ人だけでなく、白系ロシア、パレスチナ難民、モロッコ系など、多様な民族がいる。もちろん、アラブ系も。
暗殺と紛争と殺戮の歴史の果てに、和平プロセスは進んでいくけれども、いまだパレスチナとの溝は深い。
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イスラエルの存在は、ヘブライ語、ユダヤ教、ユダヤ人が鍵とのこと。
ユダヤ人といっても、
アシュケナジーム:ドイツ系ユダヤ人:イディッシュ語
スファラディーム:スペイン系ユダヤ人:ラディーノ語
ミズラヒーム:中東系ユダヤ人
など、いろいろだとのこと。
世界中にいる中国人とユダヤ人。中国人は、すぐに見分けがつくが、
ユダヤ人は各国での分岐が大きいような気もする。
中国人とユダヤ人に共通の特質である世界経済との関係の記述がないのはなぜだろう。
また、食料、音楽、習慣などの生活が見えないのはなぜだろう。
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もし大学時代にこの本を読んでいて、「イスラエルとパレスチナの対立の経緯と現状について書きなさい」なんて課題が出されたら、多分この本をまる写ししてたと思う(笑)それぐらい、イスラエル誕生からこの本が上梓された2009年までのイスラエル情勢を、きれいに纏めていると思います。
もう少し、ユダヤ教がイスラエルに与えている影響について深く触れられていても好いかなとも思ったけど、200ページちょいの新書でそこまで取り上げろというのは酷でしょう。
むしろ、テーマを物凄く狭く絞り、その中でしっかり掘り下げて一つの書籍を組み立てられる、岩波新書に感謝すべきかも。やはり、この手の本になると岩波は強いと感じます。
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イスラエルについては特別関心がある国なので、何度か別の本を読んでいた分新鮮味はなかった。各トピックスをバランスよくまとめた本であるかもしれないけれど、それぞれもう少し深く掘り下げてほしかったと感じる人もいるかもしれない。個人的にはアモス・オズの「イスラエルに住む人々」のように、参考文献ではなく現地の人の直接の声に触れられるような章があれば嬉しかった。
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広河さんの「パレスチナ」に対応する形で読む。
イスラエルがエスニック国家なんて
知ってましたか。
なかなか日本人には、中東の状況や歴史は理解しがたいが、自分が、日本人で、日本に住んでいることを感謝する。最近だいぶ危ういが・・・
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支配が続いたこと。その後も2大政党制にはならず、小党乱立・連立政で微妙なバランスを取っていること(これは日本では最近崩れたが)。そして、アシュケナジーム、ミズラヒーム、パレスチナ人という厳然たる階層と、超正統派ユダヤ教など様々な宗派が分立することで国民相互の分断が図られていることは、今日のわが国民の相互分断状況(例えばネット上で顕著な在日韓国朝鮮人、貧困層等への差別)に酷似する。
しかし考えてみればこれはグローバリゼーションに晒されるあらゆる国々に普遍的な現象なのかもしれない。ただ、それが一国内に収まりきらず、隣接するアラブ諸国や最大の支援国であるアメリカとの国際関係に密接にリンクしていることが、この国に特殊の困難さであろう。
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イスラエルで1950年に制定された帰還法は世界各地において反ユダヤ主義が広がってユダヤ人んお安全が保てなくなった場合、いつでも避難地としてイスラエルに逃げてくることができるという意味で、安全のための担保となっている。このような発想の前提として、いつ反ユダヤ主義の悪夢が再び蔓延するかわらないという悲観的な現状認識がユダヤ人には共有されている。
メイール首相はサッチャーよりもずっと前から鉄の女と呼ばれた辣腕の政治家だった。
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イスラエルの政治的歴史、現在の事情などを簡潔に理解できる。ホロコーストの否定がディアスポラの否定、つまり自由主義の否定につながっていて、それが社会主義的勢力であるシオニズムによって利用されているという指摘が興味深かった。ユダヤ人はホロコーストを受けたかわいそうな民族であるという思いは民族主義を強めることができる。しかしその一方的な感じがまたテルアビブ大学内で見たディアスポラミュージアムで感じた君の悪さみたいなものの理由なのだろう。恨みは克服できるならした方がいい、暴力的勝利ではなく平和と共存を求めているならば。