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特に前半、谷川さんが誰と話しているのかわからなくて不安になったけど、現場の話くらいからこの世に戻ってきてくれて良かった。文章はもちろんお二人ともとても面白いです。
ブレイディみかこさんのお話は、他者とのやりとりを具体的に想像できるので、自分ならどう考えるのか、どう答えるのかと考えながら読めました。
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もともとブレイディみかこさんの文章が好きだし、谷川俊太郎さんも小学生の頃にガツンとやられて以来のファン。さらに奥村門土さんはご家族勢ぞろいの原画展で似顔絵を描く姿も見ている私にとって本書は夢のようなメンバー。往復書簡もだけど毛づくろいする猫だとか、草原にポツンといる老人の後ろ姿だとか水中の生き物だとか‥挿絵がほんとうに素晴らしい。
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内容もとても面白いのだけど、谷川俊太郎さんの詩が読めたのが何よりも良かった。
「この世とあの世のあわいにあるその世」というものがどこか知っている、と誰もが思うのではないかと感じた。
「ここではない世界で、行ったこともないのになぜか知っている場所」とか、なんとなく懐かしいものが詰まっている。
消費の現代の我々には幽霊になる体力はない、という部分に笑いながら深く頷き、イギリスの若者の「人類は少しずつ体を失っていく途上にあるのだから」というトランスヒューマニズムのポジティブさににやりとしたり。世の中どうなるのでしょうね。
人は、どうなるのでしょうね。
トランスヒューマニズム、その世の生き物なのかな、人の形を必要としないことは私にもとても便利で素敵なことのように感じる。「体がなければ病気も怪我も老いもない。人間が体を持っていることは人間に苦しみしかもたらさない」。
でも、「ぬくもりや体感に対する郷愁をどうするのか、必要なくなるのか」、とプレイディさんも仰っていた。どうやって生まれてどうやって育つんだろう。面白い。
プレイディさんのお母様の予期せぬ遺し物もかわいらしい悪戯好きの少女のようで、私も是非そうなりたい、と強く拳を握ったのでした。
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【目次】
邪気の「あるとない」(ブレイディみかこ)
萎れた花束(谷川俊太郎)
Flowers in the Dustbin(ブレイディみかこ)
その世(谷川俊太郎)
青空(ブレイディみかこ)
座標(谷川俊太郎)
詩とビスケット(ブレイディみかこ)
現場(谷川俊太郎)
淫らな未来(ブレイディみかこ)
気楽な現場(谷川俊太郎)
秋には幽霊がよく似合う(ブレイディみかこ)
幽霊とお化け(谷川俊太郎)
ダンスも孤独もない世界(ブレイディみかこ)
父母の書棚から(谷川俊太郎)
謎の散りばめ方(ブレイディみかこ)
笑いと臍の緒(谷川俊太郎)
ウィーンと奈良(ブレイディみかこ)
Brief Encounter(谷川俊太郎)
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本のつくりが丁寧。
それぞれの手紙の章の最後に描かれている挿絵がよい
ブレディみかこさんの文章がいつもながらうまい。
あと、本の中ではひとつの話題でしかないが、トランスヒューマンという考え方について衝撃をうけた。
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読む時期によって心に残る章が変わるだろうなと思う。谷川さんの最後の詩が良い。
ブレイディさんと谷川さん、それぞれがそれぞれの足場を崩さずにマイペースに言葉を綴っているのが良い。だからお二人に、温度差や、全然相手への返事になってへんやんけ、みたいに感じる部分もあったけど、そこが良かった。
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お二人の往復書簡は永遠に続けて欲しかった。ブレイディみかこさんは、やっぱりオモロイ。谷川さんへの返しがほんま秀逸。彼女の本は全部読みたい。谷川さんは余裕かまして、ブレイディみかこさんへの返信にあまりこだわりを感じへんかったな。でも谷川さんの詩は全部声に出して読んだ。ええわぁ。
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「その世」という言葉に惹かれ書店で手に取った
谷川俊太郎さん、ブレイディみかこさん
お二人とも大好きだし
往復書簡であるがそれにこだわりなく
手紙を綴っているのが とてもいいなあ
返信のようでもっと自由で
それでいて相手への敬意が伝わってくる
とてもいいなあ
出会わず、それぞれの暮らしを背景に重ねた
詩と文による言葉の逢瀬
とある
はさまれた絵がグッとくる
≪ 時々は あわいの世界を 訪ねたい ≫
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思っていたより
話題が堅く壮大になってゆく
思っていたより
ブレイディさんが気軽に話す(書く)
そして話したいことに一気に深くシフトする感じ
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図書館で二人の名前が同じ本に書かれていることに気付き手に取る。
中は文通だった。
人の文通を見ること自体初めて(?)で、少し悪い気もするけどニヤけてしまうのは仕方ない。
それに、谷川さんとブレディさんという、生ける偉人というキャスティング。
お二人の文章が知的で、綺麗で、どうしても丁寧に読みたくなる。
お手紙の返事の最後は、毎回 詩の谷川さん。スラスラ書いてるような詩で、手紙の返事の延長だった。
お二人の本や話されてる姿を見たくなりました。
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谷川俊太郎さん×ブレディみかさんの対談ではなく、文通という形式が密やかな感じでよかったです。
2人の話題は時に絡まり、時にそれぞれの方向へと向かいながら、自由に進んで行きます。
どちらも好きな作家さんなのに、同じ日本語なのに、こんなにも違う二人の紡ぎ出す言葉を噛み締めました。
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「静かだが、沈黙に与していない」…日々過ごしていることは命の果てに近づくことでもある。寿命が尽きたその後は、「この世」に自分はいなくなる。「あの世」に行きつくその前に、”That”でも”This”でもなく、「その世」がある。とどまることのできない、つかの間の時間。視覚も触覚も使えない。聴覚だけが働く。音楽が大気に包まれて統治している。…半世紀と少し生きてきた「散文の人」が問いかけると、一世紀近く生きてる「詩人」が詩を送る。ウィーンのヒトラーの話を持ち掛けると、「他人だらけ」と応答し、二人は書簡を終える。
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ページの余白や行間が多くとってあるため文量は少なく、かつ、非常に読みやすい日本語なので、サッと読める。
ブレイディさんが書いた手紙を谷川さんが受け取り、谷川さんは受け取った手紙の一部からとあるテーマへと話題が広がる返信&詩を送る。
それを受け取ってブレイディさんがまた別の話題へと展開する手紙を書く、といったやりとりで、往復書簡だけれども、明確に返事しあってないところが興味深い。
詩というものは私にはあいまいで、メッセージを伝えたいのか、情景を描いているのか、それとも気持ちの吐露なのか、よくわからない(谷川俊太郎さんは好き。PEANUTSの翻訳が最高)。
にも関わらず、この書籍を読んでいると、なぜだか心が落ち着く。
数ページ読むだけでも、心が落ち着く。
家事、双子育児、ささやかな仕事でバタバタしている私にとって、日々この数ページを読むことで、私の心を落ち着かせてくれたことに感謝。
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図書館で借りたので手元にはないが、きっといつかまた読みたくなる時がくるんだろうなと思える一冊だった。
ブレイディみかこさん、谷川俊太郎さんお二人の言葉や詩は私の心持ちを穏やかにしてくれた。谷川さんの詩のあとに描かれている奥村門土くんの絵があたたかくてこの本をより一層素敵なものにしている。
谷川さんがところどころでご自身が人生の終わりが近い旨のお話をされるので少し寂しい。
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本書は、「図書」連載「言葉のほとり」(2022年3月号~2023年8月号、岩波書店)に、奥村門土さん描きおろしの挿画を加えて書籍化した、谷川俊太郎さんとブレイディみかこさん、お二人の往復書簡を収録したものになります。
とは書いたものの、私、ブレイディみかこさんの著書を読むのは初めてで、タイトルはよくお見かけするから知っているのですが、中々、読んでみようという気にまでならなくて、本書については、猫丸さんのおすすめがあったことと、谷川さんと往復書簡するのだから、さぞ凄い方なのだろうなと思っていたら、その通りでした(笑)。
ということで、まずはブレイディさんについて、書いていこうと思いますが、何度も実感させられたのは、27年間英国生活をされている、ご自身の実体験に基づいた多種多様な知識や視野の広さで、それは『ブリティッシュ・ユーモア』から端を発した、世界に於ける、様々な表と裏が存在することの正常性であり、中でも私の心にいちばん刺さったのは、『正邪の双方あってこそ人間』のフレーズで、それは、お母さんを亡くされた彼女が、気分を変えるためのウィーン旅行で初めて知った、若かりし頃のヒトラーの面影からも感じられて、ヒトラーも生まれた瞬間からヒトラーでは無かったことを、何となく予想出来たのではなく、史実で知ることによって(ウィーン美術アカデミーでの、エゴン・シーレとは対照的な顛末)、初めて腑に落ちた、この説得力も伴ったスッキリ感が、なんかいいなと思わせる感覚に、改めて彼女が保育士をされていたことを実感いたしました。
また、それとは別に、今度は表と裏のような対照的ではあるけれども、それを問題視した彼女ならではの独自の考察も印象的で、それは、ドバイの実情から地球温暖化の未来へと思考を広げた結果、社会の貧富の差は『上と下』ではなく『内と外』に分かれるのかもといった点や、皮肉や風刺も感じさせる『忘れられない幽霊とすぐに忘れてしまう人間』、更には、『常軌と常机』といった言葉遊びの巧みさまで、そこには文筆業を生業としている彼女ならではの視点の面白さが、とても新鮮でした。
そして、谷川さんの詩が元となった、タイトルの『その世とこの世』について、この世は、まさに今生きている世界だけれども、その世に関して、谷川さんの詩の内容は勿論ですが、ブレイディさんの『音楽の「これだ」って感じる瞬間』や、『自分が本来いるべき場所っていうか、行ったこともないのになぜか知っている場所』に、特に共感を覚えて、音楽を聴いている時に、ふと感じる「これだ」感というのは不思議なもので、根拠も無いのに、なぜ「これだ」と思えるのか、おそらくそこには、この世ではない別の世界の入り口があって、一度入り込んでしまうと、そこから現実に帰りたくないと感じてしまう、なぜならば、そここそが自分が本来いるべき場所だからであり、しかも、なぜか知っている場所にもなり得る、そんな神秘的な要素が人間にはあるということが、不思議でありながらも魅力なんだと思わせた、それは谷川さんがよく仰られる、詩と音楽との密接な結びつきがあるからこそ、このタイトルなんだろうなとも感じられた、そこには、まるで世界の謎を一つ解いてくれたかのような、大きな歓びを感じました。
続きまして、谷川さんですが、ブレイディさんとはまた異なる広い視点の中にもあった、確固たる自己的存在感の印象が強く、それは、ディーリアスやビートルズを挙げながらの、『好き嫌いの判断を、知的な良し悪しの判断よりも信用している気配』での、その世への前触れとも思える感覚や、「漱石調」の詩の、『時に先立つものはと考えて そんなものは何であれ 言葉の上にしかないと思った』に於ける、言葉への多大な信用性を示しながら、未だ変わらず、それを拠り所にしているところに、彼の生涯現役の精神性が宿るのを感じながらも、後半の詩に見られた、日常のすぐ目の前にあるものをそのまま掬い取ったかのような、生々しくもあっさりとした臨場感には、老後の未知なる世界を垣間見たようでもあり、そこに却って、私は心強く感じられるものがありましたが、高橋源一郎さんの『ブレイディさんのお便りに、ちっとも応えていない』には、確かにと、私も思わず笑ってしまった親しみやすさも、さすがのお人柄だと感じました。
そんなお二人の対照性として、谷川さんが現場に擬えたものを掲載すると、谷川さんは『言葉にしかないような気がする』、ブレイディさんは『言葉の上だけでなく、具体的事実として存在している』がありますが、実は共通性も二つありまして、一つは『自分と他者を明確にされていること』、もう一つは『自然の成り行き任せ』といった、これまた対照的であるのが、人間の複雑さを表しているようで面白いですよね。
前者について、谷川さんは『自分以外は全て他人である』ことを、元奥さんにも感じ取ったことによって、一抹の寂しさも醸し出しているように思われたのが、私にとっては痛みとも思え、ブレイディさんは、母の介護で初めて、母であっても別の体をした人間に過ぎないことを実感させられたことから、『自分は他者じゃないという認識の基盤になると思う』へと辿り着いたことが印象的でした。
また後者について、谷川さんは、その年になって初めて体験することであっても、それが『自然の成り行き』に感じられた点に見られた、そこまでの長き人生の歩みを経ることで、ようやく訪れた人間の神々しさとも思え、ブレイディさんは、生きる為の原動力となっている言葉、『なんとかなる精神』で、一見、運任せのような言葉にも思えますが、彼女の場合、これまた実体験にとても説得力があり、その空港での二つのエピソードには、確かになんとかなるものだね、と驚かされた、実際にやろうとは中々思えない、逼迫感の伴った破天荒ぶりも魅力と感じ、このように対照的でありながら似通った共通点もある、お二人の往復書簡には、独自の視点による新たな世界の姿や、人生にとっての大切な一欠片を、そっと見せてくれた、まさにお手紙ならではのプライベート感がありながら、今の世界を生きていくために大切なこともたくさん教えてくれて、下手な自己啓発本よりも、きっと得るものが多いと思います。
それから、最後に奥村門土さんの絵については、本編の谷川さんの詩の世界を、独自のタッチで描いている点に惹き付けられて、「まどろみから」の、海とも宇宙とも見える魚たちの絵も印象的でしたが、���これ」の、老練さを感じさせるタッチには、この若さでこんな風に描けるんだなといった、ここにもあった、まるで『自然の成り行き』で、そうなりましたみたいな印象に驚いたと思ったら、もしかして、表紙のこれも・・・最初は写真だと思い込み、読んでいる間もそう思っていたのが、読み終えて、改めてよくよく見ると、なんと、これも絵だったことに仰天し、モンドくん凄いなーと、感嘆せずにはいられなかった、まさに三世代の異種表現コラボレーションでございました。