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2024年 18冊目
東京都同情塔というタイトルがまず面白い。
生成AIを駆使しつつ、ページの下段に余白を作ったり、フォントを変えたりなど新しさを感じた。それにしても、なぜ人は塔に惹かれるのだろう。
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ハディド案の国立競技場が建築され、2020に東京オリンピックが開催された世界。犯罪者は同情すべきという考えで新たに作られる刑務所シンパシータワートウキョー。横文字にすることで真実が隠されるような気持ち悪さ。
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第170回芥川賞候補作 新潮2023年12月号より
⚫︎受け取ったメッセージ
行き過ぎた配慮を具現化した
シンパシータワートーキョーという名の刑務所。
社会生活を営むには、
言葉を選択し使い続けるしかない。
日本語表記を避け、カタカナ語で導入し、
語感を弱く曖昧に表現することで、失うものは何か。
本音はどこへ?
本音はどこへも行ってはいない。
しかし思考は言葉で作られることを我々はすでに知っている。
建前は、ますます「美しく」なっていく。
ゆえに、本音も変容し、言葉によって曖昧にぼかされたイメージを許容していく可能性がある。
言葉が持つ力とは?
⚫︎あらすじ(本概要より転載)
第170回芥川賞候補作!(2023下半期)
日本人の欺瞞をユーモラスに描いた現代版・バベルの塔
ザハの国立競技場が完成し、寛容論が浸透したもう一つの日本で、新しい刑務所「シンパシータワートーキョー」が建てられることに。犯罪者に寛容になれない建築家・牧名沙羅は、仕事と信条の乖離に苦悩しながらパワフルに未来を追求する。ゆるふわな言葉と、実のない正義の関係を豊かなフロウで暴く、生成AI時代の預言の書。
⚫︎感想(ネタバレ注意)
・読んでいると、ついカタカナに目がいってしまった。
著者の術中にはまったのだと思う。
・虚構と現実のバランスが絶妙だった
・現実にはならなかった日本の過去から2030年までの虚構→ザハ案の新国立競技場のデザインとコロナ禍で強行された2020開催の東京オリンピック
・一方で未来のChatGPT の進化版を思わせるものや某アイドル事務所の問題も取り上げられているため、現実感がある
・言葉を取り扱ったテーマは個人的にすごく好きなので、大変興味深く、共感した。共感だけでは面白い作品とはいえないと思うが、設定、展開が見事で最後まで惹きつけられた。
・比喩や人物設定がよく考えられていて、素晴らしいと思った。
例えば(言葉の土台をもつ)私と建築物。どちらも出入り可能、いつかは倒れる、しかし今は立っている。
・いくら言葉を取り繕っても内心は?
セトは美しい概念(犯罪者をホモ・ミゼラビリス=同情されるべき人々と言い換えた)を発表したが、自身が不法侵入者に対して著者で語った内容と真逆の態度をとったあげくに殺された。
・牧名沙羅。主人公の建築士。昔、元恋人にレイプされた経験から、シンパシータワートーキョーというネーミングに強い違和感を持つ。AIのように自分の言葉も慎重に慎重を重ねる人物。牧名という名前に、映画「エクス・マキナ」(精巧な人型AIが主人公)を思い出した。
・自称レイシストのマックス
「日本人が日本語を捨てたら、何が残るんだ?」
・拓人は
美しく、そして若さゆえにか、「柔軟に」社会の価値観に適合していく。違和感も時間が経てば薄れる…を体現している。
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「ポリティカル・コレクトネスによって身動きのとれなくなってしまった近未来の話が、芥川賞を取った」
そんな書評に興味を持って本書を読み始めた。
本書の語り手・牧名沙羅。彼女は東京の巨大タワーを設計している。
"私が設計したものに勝手に名前付けられるのは、レイプされた気持ち"
"特別な才能と、明晰な頭脳による計算が必要な建築家は、美術館にお絵かきを飾るオシゴト(美術家のこと)よりも崇高"
"自分の作品(設計した建物)に人間どもが出入りしてるの見るのがスゲー愉快。一番のモチベーション"
以上のような沙羅の心理が描かれる。どうやら彼女は、個人主義と個性尊重を「こじらせ」ているようだ。
沙羅には東上拓人という若いツバメがいる。彼との会話の中で、清潔で完璧な肉体を求めたり、カタカナ語が嫌いだったり、ポリコレに合致した正しい言葉を常に意識したりと、彼女の神経症的なこだわりが描写されている。このような彼女の性格は、昔憧れていた男にレイプされた過去が影響している旨も書かれる。
ザハ・ハディドが出てくる。
このあたりで、どうやら本書の設定がハディドの競技場が計画どおり造られ、東京オリンピックが開催された後の世界。つまり現代日本の平行近未来ということが判る。
沙羅が設計するタワーの具体的なプランも判明し始める。
これは『シンパシータワートーキョー』という刑務所である。ハディド競技場の近く。つまり東京のど真ん中に建つことが計画された豪華な高層刑務所なのだ。
そもそものプランナーはマサキ・セトという幸福学者。彼のベストセラー本『ホモ・ミゼラビリス』が元になっている。マサキは本の中で、犯罪者は社会の脅威ではなく、同情するべき、助けるべき隣人だと理論を展開する。特に取材のおり出会ったA子さんに影響されて執筆したと主張する。A子さんは不幸な子供時代に妊娠してしまい家出をする。窃盗などの犯罪を糧に子育てをして、刑務所を行き来してる。彼女こそは典型的な同情すべき犯罪者であり、全ての犯罪者はすべからく救うべき存在だという。
この理論が元になってタワーは計画された。
沙羅にとってのタワー設計の構想目的は、マサキ・セトの計画とは違う。
その構想はハディドの競技場(スタジアム)が影響しているようである。
"スタジアムの庭園は鬱蒼としている"
"スタジアムは妊娠中の母体であり、塔の出産を待っている"
"中が水浸しになって朽ち果てる"
"彼(塔)が私に建てられることを望んでいる"
タワー構想について、隠喩とは言えないほど直接的な表現が次々に出てくる。
ハディドの競技場プランが「女性器を連想させる」ということで、同じ東京で造られるタワー(塔)を対応させる。女性器と男性器というわけだ。
「沙羅のタワーとハディドの競技場」は男女の性器というイメージによって「拓人と沙羅」に対置している。その意味は、性的関係と親子。つまり沙羅の近親相姦願望(というかプレイ)なのだ。
そして拓人との会話の中で、このタワーが本来名乗るべき名前『東京都同情塔』が現れてくる。
ここから語り手は拓人に代���る。
彼は沙羅を「母親のようだ」「支配欲が強いから建築家になった」と的確に分析する。
そして彼の生い立ち、境遇が次第に明らかになってくる。
数年後、タワーは完成しそれぞれの登場人物のその後が描写される。
拓人は刑務官となり、タワーに住んでいる。沙羅は「目的を達成した」ため建築家を辞めている。マサキ・セトは亡くなっている。
(以下ネタバレ注意)
最終盤ではそれぞれの関係が明かされる。
マサキ・セトは殺されていた。犯人は拓人であり、彼らは父子であった。
沙羅の「構想目的」は「復讐と浄化」であったようだ。昔、沙羅をレイプしたのがマサキ・セトだということが匂わされている。
そしてA子さんは拓人の母親であったのだ。彼女はタワーに住んで(収監されて)いる。(終)
この物語をどう解釈したらよいだろう。
一つは、ポリティカル・コレクトネスを騙る者(マサキ・セト)の実体が醜悪な存在であった、という寓話。
もう一つは、現代社会の倫理に翻弄され、ポリコレ強迫症にも罹患した沙羅が、支配欲の強いルッキストで、強烈な近親相姦願望の持ち主である「復讐者」になってしまった、という皮肉。
いずれにしろ、現実社会の混乱の真相をイメージした告発、あるいは未来を想定するためのシュミレーション、という物語なのだろうか。
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理解力が低いのか、スッと落ちてこなかった。ただ、AI が取り入れられたりと時代なのだとは思う。
きちんと理解できなかったのでもう一度読もうと思う。
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最後までちょっと変わった内容だった
世にも奇妙な物語てきな、現実と非現実が薄気味悪く混ざり合った話だった
ただ、一冊を通して言葉について訴え続けている
言葉は人を癒すことも、喜ばせることも、楽しませることもできるけど、そこに悪意(故意でなくても)があれば一瞬で傷つけることもできてしまう
人と人を繋ぎ、そして引き裂くことができる言葉
無機質なAI、傷つけることも楽しませることもない
傷つけられる対象になり得る同情されるべき人間のための塔、心の要塞、怠惰の楽園
私はカタカナをデザインした人間とは酒が飲めない。
美しさもプライドも感じられない味気ない直線である上に中身はスカスカで、そのくせどんな国の言葉も包摂しますという厚顔でありながら、どこか一本抜いたらたちまちただの棒切れと化す構造物に愛着など持てるわけがない。
何度か嘘をついて見て、一度嘘をつくコツを偶然に習得したときがあって、でも嘘かわあまりになめらかになりすぎると、自分でもそれが嘘だったか本当だったか区別がつかなくなる。精神的な負荷がかかり割に合わないと気付いてからはやめた。
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芥川賞選考委員は、東京都同情塔のコンセプトやディストピアとしての近未来の描き方をほとんど知らずに読めたのだろうと思う。幸せな読み方ができたからこその高評価なのだろう。
でも私たちはすでにその重要なアイディアをあらゆるメディアで消費している。驚きはすでにメディアが先取りしている。そうすると、私たち読者は期待値ばかりが爆上がり状態で読んでしまう。
そうすると、設定のユニークさを知った上で読む読者たちは、「さて、この世界はその後どうなるの?」「ここに住む人たちはどう苦しむの?(あるいは)どう幸せを感じるの?」と、それが描かれているものだと勝手な予測を立てて読んでしまう。私はそうだった。
なので、後半肩透かしを喰らってしまった。
ホモ・ミゼラビリスたちの姿がほとんど描かれず、何も起こらない。後半の展開がどうしても物足りなく思えてしまう。
勝手に期待値を上げた方が悪いのだが、この小説は芥川賞を取らなければ、事前情報がない分、驚きを持って読者たちに迎えられたのでは。
私はこの小説を驚きを持って新鮮な気持ちで読みたかったな。
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シンパシータワートーキョー
数学少女 建築家 牧名沙羅 41歳
民主主義に未来を予測する力はない
新宿御苑 刑務所タワー 71階建ての円柱 平等思想 ホモミゼラビリス
共生 破壊 適応
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新刊で久々に脳をがーんと殴られたような衝撃。すごい。世界観独特だけど数十年後ないとは言い切れない世界で半分リアル半分非現実的で身震い
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芥川賞受賞作を読んで「感動しました。良かったです」などとは絶対に言わない自信があるのに、何故わざわざ読んでこんな評価と感想を書いてしまうのか?迷惑な客ですみません。
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めちゃくちゃ好きな文章です!
置いてけぼりにされる判らなさと、日頃から感じる日本人の言葉の使い方の扱い方。面白かった!
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第170回芥川賞受賞作。ザハ・ハディドの新国立競技場が建ち、オリンピックが延期されずに開かれた架空の世界の物語。犯罪者が同情の対象である等、現実との違いが面白かった。生成AIの文章が出てくるところが、世相を反映していて良かった。
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(無論、自分を含む)読者の皆さんは、九段さんの創り上げた仮想空間に、まんまと嵌り込んでしまった…感じですかね。
つまり、キャラクター達の生命反応が感じられないのです。それこそ、仮想現実のアバターのような。
ラテン語で機械を意味するマキナを、ヒロインの名前にしたのは、そのような作者の企みでしょうか?
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執筆に生成AIが活用されたというところに興味を持ち、珍しく芥川賞受賞作品を読んでみた。普段あまり読まないディストピア小説だった。
序盤の東京タワーの命名の話が一番興味深かった。
巨大建築の設計を一度でも経験したことのある建築家がかかる職業病である「未来が見える」病というのも面白い。東京タワーが「昭和塔」だったら、と考えると…確かに怖いかも。
著者の九段さんは、落ち込んでいた時に相談したのがChatGPTとの最初の会話だったそう。自分も毎日ChatGPTに助けてもらって仕事をしているが、たまに投げかける雑談や相談にも模範解答のような回答をしてくれるし、仕事のパートナーも話し相手もChatGPTでいいのでは、と思うことも多々ある。
一方でタクトの「文章構築AIに対しての憐れみのようなものを覚えていた。他人の言葉を継ぎ接ぎしてつくる文章が何を意味し、誰に伝わっているかも知らないまま、お仕着せの文字をひたすら並べ続けないといけない人生というのは、とても空虚で苦しいものなんじゃないかと同情したのだ。」という考えにも同感できた。
また、九段さんが取材で答えていた「現在のところ、AIが発する言葉と人間の発する言葉の違いは、『相手との関係性の中で初めて生まれる言葉があるのが人間』だと思う」「人間が生み出す“偶然”や“逸脱”といったエラーを大事にすべきだと考える」という考えはしっくりきた。AIが得意としている部分は大いに活用させてもらい、我々人間は人間だからこそできる強みを磨いて生きていきたい。
芥川賞受賞作は大体難しくて自分には理解できないので、その中では興味をもって読めた方だと思うが、比較的ボリュームが少なかったので物足りなさは感じる。東京都同情塔の中の人たちの様子を描いたスピンオフがあればぜひ読みたい。
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「バベルの塔の再現」
主人公の建築家は、カタカナ英語を嫌悪している。
私(読者)も主人公ほどではないがカタカナ英語の濫用に違和感を持っているので、結構共感できる部分があった。
耳なじみのいいカタカナ言葉や使い勝手のいいAIが生成した言葉を無闇に使うことで、お互いの言っていることが分からなくなっていく。
翻訳を生業とする者として、微力ながら分断を深めないような文章を作っていきたいと思う。