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待望のドリアン助川さんの新作。
SFと錯乱の境界線を捉えて、ギリギリのところでよく考えられてまとめられているという感じがした。安部工房、村上春樹、カフカ、サン=テグジュペリなどの世界観を少し彷彿とさせながらも、ドリアン助川さん特有の優しさに満ちていた。反戦、亡くなっても続いていくもの、真の歴史について、苦悩からの再出発などが語られていた。
特に心に残ったところ
[戦争で敵から橋を壊されて、少年が言った台詞]
○「父さん、橋は真ん中がなくなると、橋ではなくなるのですね。では、あの橋の残骸をなんと呼べばいいのでしょう。父さん、何かがなくなると、物の呼び名も在り方も変わるのですね。それなら、道は何がなくなると、道ではなくなるのですか。虹は何色がなくなると虹ではなくなるのですか。人は何人亡くなると人ではなくなるのですか…略
橋が橋でなくなったとき、いつかわかり合える時が来ると信じていたボクはボクでなくなりました。」
○「あなたが武器を手に取りやってきたことは、どんな結果になろうと人を笑顔にはしない」
○「軍事を煽る勢力はもちろん、軍縮を謳う団体であっても群れれば人のなにかが失われるのだ、…一人でいることが大事なのだ」
○「歴史が人の営みの記録なら、記録されないような人々の心の中にこそ、それはあるはず。」
少し話は逸れるけれど…
図書館は私が思いつく中で最も人間的知性に溢れ、同時に優しさも溢れている場所だと思う。一生懸命書いた本を無料で貸し出すのは、作家さんだって抵抗はあるだろうし、お金を出せば購入できるものを相手を選ばず、皆で貯めた税金を基に無料で貸し出してくれるなんて、図書館くらいではないだろうか。それは、「本を読む事は人間として知性や感性を磨き、とても必要なことですよ」という人々の経験と熟考による前提があってのことで、このシステムは本当にありがたい。私にとっては本はなくてはならないものだけど、それを買うとなると、かなりの贅沢品だ。買わなければいけなかったら、きっと読める冊数はかなり限られてくるだろう。
こんなことを読後改めて強く思った。そんな風に思わせてくれたのは、人間の優しさや善良さを、ドリアン助川さんが思い起こさせてくれたからだろうと思う。
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病に伏せる年老いた二人が、書簡を交わしながら紡ぐ物語。
太陽が消えた闇の世界で、今はなき人々たちが姿を変え、二人を太陽に導いてゆく。
昔子供だった大人たちへ、そして今の子供たちへ、本当に大切なものはなにか、歴史に埋もれてきた人々の心を教えてくれる。
星の王子さまを読んでいるような、銀河鉄道の夜を読んでいるような、それでいてなにか違う優しいお話です。
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ちょっと変わった構成の童話みたいなお話。おそらくコロナに罹患して瀕死の状態になった70歳の女性とその文学部仲間の男性とが紡ぐ物語です。
この世から太陽が消えてしまい、彷徨ううちにたくさんの子供たちに出会います。
人は死ぬ間際に何を思うのか。それは生きているうちには誰にもわかりません。そろそろいつ起きても不思議ではない年になった我々は、そういうことをいろいろ考えるわけですね。
ドリアンさんは詩人でもあらせるのですね。もっとたくさん詩を入れてもよかったです。
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芳枝は、太陽を見ることがない世界のなかにいた。
それは、40歳を目前に突然亡くなった息子を荼毘に付してからだ。
その日から闇の世界だったが、ひとりの少年がドアを叩いてから外へ出る。
そこから物語が変化する。
芳枝が出会った豹と物語を作っていくようでありながらすべては、彼女の意識のなかで過去を振り返っているようでもあり、不思議な感覚を味わった。
子どもに帰ればすべてを素直に表すことができるような…。
気になっていることをもう一度再現しているような…。
最後には希望を与えてくれるようで。
それは、明るい太陽を見ること。
詩的で美しく、穏やかに染み込んでくるような物語