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牛馬解き放ち
著者 著者:西村 寿行
奴隷のようにこき使われているひとりの飯盛女に同情した男・文吉。彼は女をさらい、徒手空拳で、地元の代官、果ては幕府への反抗を開始した。山中にたてこもり砦をつくり……が、たったひとりで何ができるのか……? しかし、時代は変わりつつあった。時は幕末、変革の波は地方の山の中にもやって来つつあった。ふつふつと湧いてくる民衆たちの抵抗の気運は、やがて大きな波となって文吉をそして幕府を巻き込んでゆく。民衆のエネルギーと、男と女の引かれあう情念を見事に描ききった西村文学の傑作。
牛馬解き放ち
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紙の本牛馬解き放ち 太政官布告第二九五号
2006/02/04 19:54
前しか見えない、前のめり過ぎる生き様が、明治政府を動かしたか
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
江戸末期、横浜に住んでいたヘボンが、出入りの大工に茶飲み話でアメリカでの奴隷解放や大統領選挙、それに自由についての話をした。すると若者はそれを理解した。肥前の百姓から江戸の親方のところへ、七つの時に売られて来た男だった。奴隷だ。
口が早くて、手が早くて、足が早いのが身上というその男は逃亡し、中山道の宿場で飯盛女を買う。飯盛女は、越後の百姓から借金の質に売られてくる。14、5歳になると店に出され、骨を細くするために粥しか食わされず、繰り返し病に冒されて20歳前後には脳毒で死ぬ。奴隷だ。牛馬以下にしか扱われない。
公武合体で16歳の皇女和宮が家茂へ降嫁する行列が中山道を通る。2万数千人の行列であり、支度は街道沿いの藩が持つ。村落の疲弊は夥しい。皇女も飯盛女も同じ人間、同じ女ではないのか。
男は飯盛女を連れて砦に立て籠り、1人で奴隷解放の戦いを始めてしまう。幕府との戦争だ。
それから時代は移り、幕府は倒れるが、明治政府の圧制はさらに容赦ない。信州は一揆の嵐が吹き荒れ、奴隷解放のために戦う男も渦中に身を投じる。そしてここからの物語は別の作品「虚空の影落つ」に交わり、一揆の指導者である虚空や明治政府の動きの急流に飲み込まれて行く。
とにかくこの疾走感。題材が重すぎて、読んでいて苦しくなるほどなのだけど、波瀾万丈の展開と登場人物たちの熱気で最後まで一気に読まされる。こんな破れかぶれだけど前向きな生き方。辛くて泣ける、陰惨でさえあるのに、惹き付けられる。
余計なこと:こうして明治維新を見ると、欧米列強の圧力に抗するための富国強兵策を取り入れること、下級武士達の自由な社会への憧れ、そして国学をベースにした幕府以上に反動的な尊王指向といった、バラバラで相反しさえする要素を無理矢理一つに束ねたものだったことが分かる。それ自体は歴史の中で仕方のない帰結ではあるけど、ねじれのしわ寄せは民衆に押し付けられる。こういう構造って変わらないものですね。
電子書籍牛馬解き放ち
2020/04/03 04:58
他の歴史本などか滑稽に見えてくる
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:パーソロン - この投稿者のレビュー一覧を見る
どんなに詳細で膨大な調査を重ねて書き上げた歴史本だろうが、本書の視点に敵うものは無いと思う。幾多ある江戸時代の歴史本も所詮は侍を中心とした身勝手で自慰的な「自画自賛本」に過ぎなく感じさせられてしまう。忠臣蔵や龍馬だろうが武蔵だろうが男が成すべき業を致していない。読書後タイトルにやるせなさや寿行の怒りを感じさせる。全ての「侍」連中がこれまで目をつぶってきた世の物事にある自明の理に焦点を当てて書き上げられた寿行の大作。「あれだけ侍ものを書き上げた司馬はこんな視点を考えたことはなかったのだろうか。」と考えさせられる本である。