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小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか 現代の災い「インフォデミック」を考える
著者 片岡大右
炎上を超えて、小山田圭吾と出会いなおすために。
コーネリアスの小山田圭吾が東京五輪開会式の楽曲担当であることが発表された途端、過去の障害者「いじめ」問題がSNSで炎上。
数日間で辞任を余儀なくされた。
これは誤情報を多く含み、社会全体に感染症のように広がる「インフォデミック」であった。
本書は当該の雑誌記事から小山田圭吾の「いじめ」がどのように生まれ、歪んだ形で伝わってきたのかを検証するジャーナリスティックな側面と、日本におけるいじめ言説を丁寧に分析するアカデミックな側面から、いまの情報流通様式が招く深刻な「災い」を考察する現代批評である。
小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか 現代の災い「インフォデミック」を考える
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小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか 現代の災い「インフォデミック」を考える
2023/03/17 18:46
誤情報の拡散といじめ
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:nekodanshaku - この投稿者のレビュー一覧を見る
「いじめ」という言葉の持つ、物事を画一的に規定してしまうことをまず、十分に理解しておかないといけない。そして偽情報・誤情報がエコーチェンバーで増幅され、枠を超えて拡散していく「インフォデミック」という現象を認識して、社会を生き抜いていかなくてはならない。小山田圭吾氏の名前は、2年前の事件(誤情報に基づいていたらしい)で知ったのだが、その後の報道が何もなく、忘れていた。しかし、情報は、複眼的に継続して追うべきものだと改めて認識した。そして「いじめ」という言葉を、子供たちの世界に安易にまき散らさないように。