電子書籍
鞍馬天狗
著者 大佛次郎
鶴見俊輔氏が厳選した時代小説「鞍馬天狗」。
角兵衛獅子の少年・杉作を囮に、鞍馬天狗を取り囲んだ新選組。隊長・近藤勇も新手をひきつれそこに駈けつける。
大坂城代あての密書を奪った鞍馬天狗だったが、謀られて地下の水牢に閉じこめられる。恩人を助けようと城へ忍びこんだ杉作少年ももはや袋のねずみ――。
幕末の京を舞台に、入り乱れて闘う勤皇の志士と新選組。時代小説の名作「鞍馬天狗」から、評論家・鶴見俊輔氏が厳選した傑作シリーズの第一弾。解説も鶴見俊輔氏が特別寄稿。
※この鞍馬天狗シリーズは12月まで5冊、毎月連続で発刊予定です。
なお、この作品は2000年に発刊された小学館文庫を底本とした電子版と同じ内容になっています。
P+D BOOKS 鞍馬天狗 1 角兵衛獅子
05/02まで通常880円
税込 616 円 5ptワンステップ購入とは ワンステップ購入とは
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2017/11/03 18:52
芸能民少年の明治維新
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
身寄りのない子供たちが、芸能民の一員として日銭を稼いで暮している、それが角兵衛獅子の世界。無論それは明るく朗らかなものなどではなく、表面的な派手さとは裏腹に辛く厳しい生活だ。近代までの日本ではありふれた風景だったろう。それと同時に、倒幕という体制変革の動きも進んでいる。その重なり合うことのなさそうに思える二つの流れが並行して進む二重性が、鞍馬天狗の世界と言えるのではないだろうか。杉作少年がふとしたことで親切にされた武士倉田典膳すなわち鞍馬天狗や、彼を取り巻く西郷隆盛ら維新の志士たちと交わり、勇気や正義を学んでいく。
とはいえ、勤皇だの攘夷だのという思想がわかるわけではない。ただ子供に対してさえも公正さを貫く、彼の人格に懐き、親しみ、そしてその行動を支えようと死地も恐れず行動を共にする。
一方で宿敵近藤勇もまた公正な人物であり、巡り合わせによっては近藤とともに倉田らと対決する運命になっていてもおかしくはなかった。勧善懲悪とは違う、二つの流れがぶつかり合う世の中で、誠意を胸に生きるのなら、大志を持って戦うどちらかの陣営に属さなければならない運命に少年は巻き込まれていくのだ。
天皇が正義で幕府が朝敵であるといった一方的な価値観からは少年は自由となっており、ただ個人としての生き方だけがここでは問題になっている。それは一庶民としては当然のことなのだが、明治以来の近代社会体制が相対化されてしまうということでもあり、昭和初期においてそういう枠組みを持ち込んでいるのは作者の周到さだろう。
覆い隠された社会的視点はともかく、少年が経験する冒険は卓越したものがある。一人で京都から大阪まで典膳を追う旅路、そして馬で飛ぶような速さで疾駆する魔法のような体験、それらは少年を凡百の大人にするのでなく、社会の変革にも立ち向かっていける戦士へと成長させる。たくましく健全に育つ少年像を見せながら、歴史観の相対化、既成体制の変革といった、例えば赤穂義士を赤穂浪士と呼び変えたような作者独特の、アイロニカルな毒が密かに盛り込まれてはいないだろうか。
もちろん鞍馬天狗自体が維新の志士であるが、体制批判を振りかざすのでもなく、ここでは少年の未来を大切にしようとしている。大人の押し付けがましさがなく、ただ自由と様々な可能性を暗示するこの物語が、当時の少年たちの心を掴んだのには、相応の理由があったのだろうと思う。