本所しぐれ町物語
著者 藤沢周平 (著)
浮気に腹を立てて実家に帰ってしまった女房を連れ戻そうと思いながら、また別の女に走ってしまう小間物屋。大酒飲みの父親の借金を、身売りして返済しようとする十歳の娘。女房としっくりいかず、はかない望みを抱いて二十年ぶりに元の恋人に会うが、幻滅だけを感じてしまう油屋。一見平穏に暮らす人々の心に、起こっては消える小さな波紋、微妙な気持の揺れをしみじみ描く連作長編。
本所しぐれ町物語
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本所しぐれ町物語 改版
2009/12/03 19:04
しぐれ町に巻き起こる些細だが当人には大きな事件が、町民たちを優しくさせる
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
市井に生きる人々の生活に起こるさまざまな問題と、それによって揺れ動く心の情景を描いた連作長編。
ここでは大事件は起きず、旦那が浮気した、妻が男を作って家を出た、父が借金で……という日常に起こりそうな、大事件ではないが当人にとっては大問題が起きる。
助け合い気をかける人々の行動が身近に感じ、そっと触れるような心の機微が読む者に流れ込んでくる。
はっきり言って最初の一話を読み終えたとき、少々物足りなさを感じた。
先に書いた大事件が起こらないため、物語に起伏が不足しているように感じ、淡々と物語が進んでいっているような印象を受けたためだった。
しかし幾話か読み進めていくと、ここで描かれているのが『しぐれ町』という狭い世間であることに気付き、主人公だった人物が、別の話で脇役として登場すると、この人は前にあの問題で困っていた人だな、と思いだして『しぐれ町』の一人の住人のような感覚になる。
『しぐれ町』の住人になってしまうと、しぐれ町の人々に起きている小さな波紋のような問題に興味が湧き、野次馬根性のような好奇心が起きて、人がうわさ話を聞いたり話したりするような感覚にさせられる。
町の様子を俯瞰しているような読者目線に近い登場人物の加賀屋万平は、おなじ自身番に勤める清兵衛が驚くほど、いつどこから仕入れたか分からないほどの噂や情報を持っており、彼が清兵衛にポロリと話すことが、読者の『しぐれ町』への好奇心を誘う。
巻末の『対談 藤沢文学の原風景』に説明されているが、作者はここで描かれている人々に救いを与えている。
みんな自業自得を含め苦労しているが、堕ちるところまで落としていないので、どこかほのぼのとした『しぐれ町』の雰囲気を醸し出している。
本書に収録されている物語に「猫」「ふたたび猫」「みたび猫」「おしまいの猫」があり、どれも栄之助を描いているが、これが各話のいい位置に並べてあり、どうしようもない主人公の姿が全体に面白いリズム感のようなものを作っているように感じた。
まったりと読むのがピッタリな小説です。