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7件
一九三四年冬―乱歩(新潮文庫)
著者 久世光彦
昭和九年冬、スランプの末、突如行方をくらました超売れっ子作家・江戸川乱歩。時に四十歳。謎の空白の時を追いながら、乱歩の奇想天外な新しき怪奇を照らす。知的遊戯をまじえ、謎の日々を推理。乱歩以上に乱歩らしく濃密で怪しい作中作を織り込み、昭和初期の時代の匂いをリアルに描いた第7回山本周五郎賞受賞作。
一九三四年冬―乱歩(新潮文庫)
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一九三四年冬−乱歩
2005/12/23 23:38
薫り高き名作。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:だいじろう - この投稿者のレビュー一覧を見る
久世光彦の存在が無ければ、いまの日本における文学界(ご本人は謙遜されるかもしれないが・・)は今年の冬の如き寒風吹きすさぶ世界になっていたのではないか。大袈裟かもしれないが彼の存在、現代の日本の小説愛好者にとっては、まさに暗闇の中で見出される一筋の光である。絢爛なその文章・文体。彼の小説を読むとまず日本人に生まれたことを感謝せずに居られようか。そして何よりも驚くこと、そして特筆に価するのは作中で乱歩の、そうあの大乱歩の新作として書かれている「梔子姫」である。乱歩のあの怪しくも美しく、儚くそして哀しい、あの独特の世界を見事に書き尽くしていることである。この小説、実は文庫化されてから初めて読んだのだが、一読冒頭から引きずり込まれ、寝食を忘れとはよく言ったもので、まさにそのような状態で読み耽った。読んだ。唸った。ため息が出た。こんな面白い、小説の面白さ、読書の愉悦を心底味わわせてくれる作品、そう滅多にあるものではない。薫り高き名作であることに間違いはないだろう。
一九三四年冬−乱歩
2011/10/18 21:59
乱歩の見る美しい悪夢
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:更夜 - この投稿者のレビュー一覧を見る
推理作家はたくさん好きな作家がいるのですが、個人的にはエラリー・クイーンと
江戸川乱歩はその中でも特別な存在なのです。
ただ、この2人(エラリー・クイーンは正確には2人のペンネーム)は、後期になっていわゆる
「ネタぎれ」に苦しんでいるのがありありとわかってしまって、 全盛期の作品がすばらしかっただけに、
読んでいてつらくなる程でした。 やはり、初期~中期というのが全盛期だったのかもしれません。
この小説の作家、久世光彦さんは昭和の推理小説に大変詳しい方ですが、やはり
江戸川乱歩は『目羅博士の不思議な犯罪』までだと思っている、と別のところで書かれていて
それには私も同感です。
乱歩も「大作家」となってしまうと雑誌の期待をあおるような予告が大きくなり、そのプレッシャーに
耐えかねて、原稿が間に合わない(いわゆる原稿を落とす)事もあって編集者泣かせだった
そうですし、自宅から姿をくらましてしまうということも事実何度かあったそうです。
久世さんはその「スランプで追い詰められて失踪した乱歩」がどこで何をしていたかを
全くの創作で作り上げてしまいました。久世さんの過去の文人を登場させる小説はたくさんありますが
いつもその着眼点に驚かされます。
また、教科書で習うような文豪ではなく、人間くさい、時には妖しい人物であったり、小心者であったり、
大小説家というイメージを久世さんはその独特の世界の中では色鮮やかでうしろめたくも嘆美な世界に再構築してしまう
手法に大変すぐれています。ですから、イメージと違う、という声も上がることは十分承知でしょうが、それを上回る
昭和の小説への傾倒ぶりが見事なほど描きこまれています。
スランプに陥り、以前から気になっていた麻布の「張ホテル」という西洋館ホテルに逃げ込んだ乱歩。
ホテル唯一のボーイ、ヘリオトープの香りをはなつ中国人の美青年、翁華栄(オウファーロン)に
魅入られるようにして入ってしまった家出中の乱歩。
謎めいたホテルにひきよせられて、謎に巻き込まれてしまう、推理小説の大家、乱歩が
主人公の幻想ミステリです。
都心にいるのに家族や編集者がまず、わからないホテルに隠れ、子供っぽくワクワク喜んでしまう
反面、やはり書かねばならないという焦りと不安・・・この物語での乱歩は実に小心者です。
この物語は大変、凝っていて昭和10年ころの推理小説や文壇のウンチクもさることながら、
このホテルで様々なインスピレーションを得て、筆が進むということになるのですが、
ここで、久世さんが、「いかにも乱歩が書きそうな乱歩そのもの」の小説『梔子姫(くちなしひめ)』
を創作してしまい、この『梔子姫』の物語も同時進行していく、といった遊びに満ちています。
また、ホテルにいる謎のアメリカ人女性、ミセス・リーとの出会い。
江戸川乱歩、という名前は、エドガー・アラン・ポオを漢字にしたものであるくらい乱歩は
ポオが好きなのですが、ポオの「アナベル・リー」という美しい詩の世界にマンドリンをつま弾くミセス・リーをだぶらせてしまう。
そして、久世さんは、「アナベル・リー」の曲をミセス・リーがマンドリンで弾き語る・・・というところで
親交のあった作曲家の小林亜星さんに作曲を頼み、その楽譜まで載っています。
猫のようにしなやかで、いつも乱歩を見抜いているようなボーイの翁青年、ミセス・リーの美しさ、
その夫のミスター・リーという謎の人物・・・だんだん、乱歩はリー夫妻の秘密に巻き込まれ、
また小説『梔子姫』の行方もどうなるか・・・という大変手の込んだ、色鮮やかな遊びに満ちた物語です。
乱歩が好きな人はたくさんいると思うのですが、ここまでできる人はそうそういない、と思います。
乱歩の世界を守りつつ、立派な江戸川乱歩論でもあり、しっかり久世さんの好む耽美と背徳の 世界が、
実に美しい文章でつづられた夢というより美しい悪夢のような小説です。
一九三四年冬−乱歩
2002/06/08 23:30
噛めば噛むほど味が出る
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:のらねこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
しかしまあ、なんという細部へのこだわりようでしょうか。
スランプに悩み、あそこの毛に白いものが混じるようになったといっては落ち込み、ホテルのボーイの美青年にどぎまぎしたりするこの作品の乱歩は、乱歩らしいといったらよいのか、乱歩らしくないといったほうがいいのか……。
作中作の「梔子姫」も、見事な贋作というか、非常に乱歩的なテイストにあふれているし……。
なんというか、噛めば噛むほど味が出るタイプの作品ですね。