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6件
沼地のある森を抜けて(新潮文庫)
著者 梨木香歩
はじまりは、「ぬかどこ」だった。先祖伝来のぬか床が、うめくのだ――「ぬかどこ」に由来する奇妙な出来事に導かれ、久美は故郷の島、森の沼地へと進み入る。そこで何が起きたのか。濃厚な緑の気息。厚い苔に覆われ寄生植物が繁茂する生命みなぎる森。久美が感じた命の秘密とは。光のように生まれ来る、すべての命に仕込まれた可能性への夢。連綿と続く命の繋がりを伝える長編小説。
沼地のある森を抜けて(新潮文庫)
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沼地のある森を抜けて
2011/07/26 10:36
細胞は意思を持っている
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:mieko - この投稿者のレビュー一覧を見る
『からくりからくさ』『家守綺譚』などを書いた梨木香歩さんの作品だから、毎日「ぬか床」を混ぜながら自然と調和した穏やかな人生を送る……世の中の進化を、人間の進化のスピードに合わせたほうが幸せなんじゃないか、というような物語だろうと勝手に想像していたのですが、読み始めて早々に自分の貧相な思い込みを恥じてしまいました。
主人公の久美は、祖父母が駆け落ちの際に祖父母の故郷の島から持ってきたというぬか床の世話をしているうちに、そのぬか床が普通のぬか床ではないことに気づいていきます。なんと、ぬか床から「人」が湧いて出てくるのですから。その描写が私の苦手なホラー映画のような不気味さで、背筋がゾッと凍りつくようでした。しかしぬか床から湧いて出てきた人たちは色んな想いを抱えていて、そのどうしようもない想いに触れたとき、なんだか泣きたくなってしまいました。
ぬか床の微生物たちに、何か特別な化学変化が起こっているのではないか……。この奇怪な現象はいつから始まったのか……。不思議で不気味なぬか床の正体を解明すべく、そして自らのルーツを探るべく、久美は祖父母の故郷の島へ行くことにしました。
途中、三章ごとに「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」という不思議な物語が装入されています。メインストーリーとその不思議な物語は一見全然違う物語で、「なんで急にこんな話がここに?」という印象を持つのですが、読んでいくうちに「コノ、モノガタリハ、アレダ」と脳のどこかで理解することができる、そんな物語です。
「生きるということ」「人生というもの」を考えるとき、私はどうしたって「幸せ」だとか「生きがい」といったものについて考えてしまいます。より良く生きるためにはどうしたらいいのか、自分らしく生きるためにはどうしたらいいのか、落ち着いた幸せな日々を送るにはどんな価値観で生活すればいいのか、と。そして、幸せっていったい何だろう? 私の生まれてきた意味ってなんだろう? という答えの出ないループにはまりこんでいき、ついには「結局、今私ができることを一生懸命やるしかないんだ」というところに落ち着くわけです。落ち着くというより、そのあたりでお茶を濁さないと手に負えない、という感じでしょうか。
ところがこの物語は、私が考えるような「生きる」ということよりも遥かに根源的な、この世に「命が続く」ということはどういうことなのかを、深く掘り下げて突き詰めていく物語でした。読み終わった私は、そのあまりの深さに途方に暮れてしまいました。今後どのようなレベルで人生を考えたらいいのだろうか、と。
そんな私の個人的な思いとは別に、細胞はこれからも様々な試行錯誤を繰り返し、命を繋ぐことをあきらめないでしょう。生命を存続させるために、細胞が意志を持って、いったいどのように動くのか。そしてその「細胞の意思」の延長線上に私達の人生があるのだとしたら……。私達は生きていく中で何度も岐路に立ち、何かを選び、何かを手放していきます。その選択は自分の意思だと思っていたのですが、もしかしたらそれは「細胞の意思」なのかもしれません。
ミクロともマクロとも言える、果てのない命の繋がりの物語です。
沼地のある森を抜けて
2010/12/27 23:15
森を抜けて辿りつくのは、はるか彼方。そして、ここ。
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:きゃべつちょうちょ - この投稿者のレビュー一覧を見る
久しく美しい。久美。
いつまでもつづく美しさ。
この主人公の名前に、タイトル同様、
物語のエッセンスが含まれていると思う。
代々受け継がれてきたぬか床をモチーフに
物語は思いもよらない方向へ動き出す。
前半は、ぬか床から卵が生まれたり、
その卵から人が現れたり・・・と
ややホラーめいていてギョギョッとするのだが、
3章「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」から
ふたつの話がパラレルに展開していき、
ぐっと厚み、重みを帯びてくる。
新鮮だったのは、植物の視点から生命を語っていること。
そこに古くから存在し繰り返される営み。
しかし生き延びていくためには
すべてのものは、変化を免れない。
淡々とそこにただ存在している植物にも
感情が、生命活動への情熱が、
自己肯定が、あるということ。
そう。これは自己肯定の物語ともいえるかもしれない。
小説が完成するまでに4年という歳月を要した、
作者の深い思索が随所に散りばめられている。
細胞レベルでも、
自己の境界の壁が崩れて他者と溶け合うには
つよい自己の肯定が必要なのだ。
そうやって命は繋がれ、つづいていく。
たぶん、これからも。
いちばん最後のページでは
この物語のもつ大きな包容力に抱きしめられる。
なんて不思議な、あたたかい本なのだろう。
じぶん探しを超えた、もっともっと深いところへ
もっともっと遠いところへ連れて行ってくれる。
物語の世界へどっぷりと浸ってみてほしい。
2023/09/02 18:01
命の重さ
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:るう - この投稿者のレビュー一覧を見る
フリオのための、命のための物語。
無数の細胞に無数の魂を感じさせる重量級作品。
読み終えた時に疲労感でぐったりしたのは自分を形作る細胞たちの重さを感じたからかもしれない。