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街とその不確かな壁
2023/04/13 22:09
色んな哀しさ
9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:海 - この投稿者のレビュー一覧を見る
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』など
初期の作品が好きな方なら、
懐かしく読んでいける物語で、おすすめ。
第一部からして村上さんのいつものテーマ落下が出てきて、
ああ、こういう世界観よね、と安心して読めました。
でも、第二部、第三部では作家としての落ち着き、
大人を感じさせる、いろいろな哀しさが出てきます。
ジャズの別バージョンとでもいう感じでしょうか。
『世界の終わり』はこうなる可能性もあったんだなあ、と。
おまけとして、いつも話題になる文中の曲。
ジャズの名曲も続々登場しますが、
BGMとしては『ヴィオラ・ダモーレのための協奏曲』が一番かな
街とその不確かな壁
2023/05/26 12:21
村上春樹と聖書
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:山崎純二 - この投稿者のレビュー一覧を見る
今回の村上作品のテーマについても
「これだ」と一つに絞ることはできないけれど
それでも大きく底に流れているのは
「死」についてだと思う
影を持たない壁の中の人々の世界
毎日バタバタと倒れる単角獣たちの死
亡くなられた図書館館長との交流
その息子の事故死と妻の自死
若い頃の彼女と
イエローサブマリンのパーカーを着た少年の消失
別段隠すこともなくガルシア=マルケスの作品に対する
作中の人物の感想としてこのように書いている
「現実と非現実とが、生きているものと死んだものとが、ひとつに入り混じっている」
「つまり彼の住む世界にあっては、リアルと非リアル(死者の世界)は隣り合って等価に存在していた」
でもその事実が重たくて
得体が知れないものであるほど
政治や宗教の話以上に
人々は「死」の話題を避ける
「生者」と「死者」
「現実」と「非現実」
「実体」と「影」
「夢」と「現実」
「意識」と「深層意識」
もしくは
「管理社会」「生きがいも目的もない安逸な人生」
「閉鎖的な村社会」「カルトグループ」
これらを描くための大きな舞台装置が
タイトルにもなっているのが「不確かな壁」であり
もう一つが「影」である
子易さんという図書館の元館長が
主人公に対してこう尋ねる
「ところで、あなたは聖書をお読みになりますか?」
あまりきちんと読んだことはないという主人公に対し
子易さんは詩篇の引用を始める
「『詩篇』の中にこんな言葉が出てきます。『人は吐息のごときもの。その人生はただの過ぎゆく影に過ぎない』」
「ああ、おわかりになりますか? 人間なんてものは吐く息のように儚(はかな)い存在であり、その人間が生きる日々の営みなど、移ろう影法師のごときものに過ぎんのです」
なんだかプラトンのイデア論
(洞窟の比喩 The Allegory of the Cave)
における影帽子を想起させるような内容で
要するに人の「儚さ」を説いているのだ
ところが村上春樹は
さらに一歩踏み込んで展開していく
17歳の時に喪失してしまった少女の言葉として
物語の最後の方(598ページ)に書かれている
「ねえ、わかった? 私たちは二人とも、ただの誰かの影に過ぎないのよ」
実体が影を失い
影が実体となる
交互に入れ替わる物語の中で
主人公は自分が本体(実体)であるのか
誰かの影(仮象)に過ぎない存在であるのか
混乱してくる
村上春樹は「あとがき」の最後の最後で
このように書いている
要するに、真実というのはひとつの定まった静止の中にではなく、不断の移行=移動する相の中にある。それが物語というものの神髄ではあるまいか。僕はそのように考えているのだが。
つまり彼は本来語り得ない「言葉」を
ジャズの即興演奏のように虚空に並べることで
「生者」と「死者」を相対化して「あいまい」にし
自由に往来できるものであることを示唆したのだ
世界をそして自分自身ですら
本体(実体)であるのか
誰かの影(仮象)に過ぎない存在であるのかを
「曖昧」にすることで
絶対的な「死」や「不安」「孤独」を
相対化してあやふやにし
そのイタミをやわらげ
真っ暗な世界の中に焚き火をたいて
人々の心にいくばくかの慰めや温もりを与えている
というのが村上作品なのだと思う
街とその不確かな壁
2023/06/26 16:21
丁寧に読みました
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:a - この投稿者のレビュー一覧を見る
一文一文練られていて丁寧に読みました。結論がどうとかではなく、読書体験として素敵な時間だったと思います。