- みんなの評価
4件
入門!論理学
著者 著:野矢茂樹
論理の本質に迫る、論理学という大河の最初の一滴を探る冒険の旅! あくまでも日常の言葉を素材にして、ユーモアあふれる軽快な文章で説き明かされていく。楽しみ、笑いながらも、著者とともに考えていく知的興奮。やがて、「考え、話し、書く」という実際の生活に生きている論理の仕組みが見えてくる。論理学ってなんだかむずかしそう、と思っているあなたにこそ、ぜひ読んでほしい「目からうろこ」の入門書。
入門!論理学
ワンステップ購入とは ワンステップ購入とは
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
2024/05/14 22:46
☆論理学☆
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ACE - この投稿者のレビュー一覧を見る
「論理学」という、一見難しそうな学問の話をするように思えて、文体はフランクに書かれており、読みやすかった。
----------------------------------------------
【第1章】
次章以降へと続く導入的な構成である。
「推測」と「推論」の違いは、生活の中であまり意識していなかったように思えた。改めて学べてよかったと思う。
【第2章】
「否定」についてとことん拘った章だと思う。「《PならばQ》の否定は、《PであってもQでない》」で終了だが、論理学で出る否定と日常生活で何気なく使っている否定表現には、その言葉の背景が、純粋な否定構造をぶらしてしまうことに、「否定」の難しさを感じた。このような違いを感じ取れない人は、否定に対して的確な議論ができなくなってしまうのだな、と思った。
【第3章】
接続詞の中で、「かつ」と「または」に特に焦点を当てた章である。
ド・モルガンの法則等にも触れ、接続表現がいかに大事かを繙いていく。
また、日常会話で意識する接続詞と論理学上で取り扱う接続詞は、全く同じ発音でありながら、その取り扱われ方が違うことにも触れ、論理学の面白さを伝えていく。
【第4章】
「ならば」という条件表現を中心に、論理的な文章構造を学んでいく。
逆・裏・対偶といったお馴染みの構文関係も学び、簡単なロジックの組立等を学んでいく。
【第5章】
命題論理を軸として、今まで学んだことを復習しながら、複数の文章の論理的な繋がり等を学んでいく。
ここまで読むと、今までの学習がステップアップしていっていることが、よくわかる。
【第6章】
これまでの基本的な命題論理に加えて、全称と存在(Fであるものが存在する。Fであるものは全てGである。だから、Gであるものが存在する。)について、述語論理の広がり等を学んでいく。
入門!論理学
2024/05/14 22:45
☆論理学☆
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ACE - この投稿者のレビュー一覧を見る
「論理学」という、一見難しそうな学問の話をするように思えて、文体はフランクに書かれており、読みやすかった。
----------------------------------------------
【第1章】
次章以降へと続く導入的な構成である。
「推測」と「推論」の違いは、生活の中であまり意識していなかったように思えた。改めて学べてよかったと思う。
【第2章】
「否定」についてとことん拘った章だと思う。「《PならばQ》の否定は、《PであってもQでない》」で終了だが、論理学で出る否定と日常生活で何気なく使っている否定表現には、その言葉の背景が、純粋な否定構造をぶらしてしまうことに、「否定」の難しさを感じた。このような違いを感じ取れない人は、否定に対して的確な議論ができなくなってしまうのだな、と思った。
【第3章】
接続詞の中で、「かつ」と「または」に特に焦点を当てた章である。
ド・モルガンの法則等にも触れ、接続表現がいかに大事かを繙いていく。
また、日常会話で意識する接続詞と論理学上で取り扱う接続詞は、全く同じ発音でありながら、その取り扱われ方が違うことにも触れ、論理学の面白さを伝えていく。
【第4章】
「ならば」という条件表現を中心に、論理的な文章構造を学んでいく。
逆・裏・対偶といったお馴染みの構文関係も学び、簡単なロジックの組立等を学んでいく。
【第5章】
命題論理を軸として、今まで学んだことを復習しながら、複数の文章の論理的な繋がり等を学んでいく。
ここまで読むと、今までの学習がステップアップしていっていることが、よくわかる。
【第6章】
これまでの基本的な命題論理に加えて、全称と存在(Fであるものが存在する。Fであるものは全てGである。だから、Gであるものが存在する。)について、述語論理の広がり等を学んでいく。
入門!論理学
2010/07/08 10:19
哲学する道具、そして「神の視点」
9人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:rindajones - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書からの抜粋。
・この本が紹介しようとしている標準的な論理体系は俳中律を認める「神の論理学」で、俳中律を認めない非標準的な論理体系は、俳中律を拒否する「人間の論理学」です。
・俳中律を論理法則として認めるような標準的な論理体系を考えますが、そのことは二つの意味をもちます。ひとつは、あいまいな概念を考えないということ。(略) そしてもうひとつは、(略) 神の視点を想定するような立場からものごとを捉えていくということです。
と、ここまでちゃんと読んでいただいた方、ありがとうございます。ご苦労様でした ^^;
何か分かりましたか?「何か堅そうな本やなぁ~」とお思いになられた方は多いかもしれません。そもそも 俳中律てなんや?
(お菓子の)ハイチュウ好きな人たちが100人中何人いるかてことか?
ハイ、ハ~イ、僕はいつだって中立ですよ~、という人たちのことか?
と思った方もおられるかもしれません(いるかそんな人?)。
実を言えば本書のノリはこの「(お菓子の)ハイチュウ」的ではあります(どんなんや?)。楽しい下世話?な表現が多々あります。
とかく記号の羅列や演繹的推論、述語論理など日常会話ではとうてい発せられることがない用語が飛び交うわけですが、本書は最低限の用語は出ますが記号の羅列はなく、日常の会話において「論理的」とされるされる考え方とを常に並べながら、学術的(?)に「論理的」なものを明らかにしようという姿勢が貫かれています。
その貫きが魅力的で興味深いのですが、その結果分かり難い点があるのが「論理学」の深さであり、且つ重要な点でもあるように思います。と、書きながら、この文章も何を言いたいのか分かり難くなっているような...。
本書の例から。「私はあなたのことが好き」の否定は「私はあなたのことが好きじゃない」だろうか?これには否定の意味以外にも、「私はあなたのことが嫌い」という意味合いも感じられてしまいませんか?これは「嫌い」の否定で「好き」としたところで同じような疑問が抱かれます、「好きというほどじゃないけどね...」という場合です。
ここでハイチュウ率、ちがった(スミマセン)俳中律の登場です。「中間を排する」つまり「A」か「Aじゃない」の中間にあるようなものを排する(入れない)という意味です。この本では俳中律を認める立場を取っています。つまり「神の視点」でものごとを捉えます。
例えば「僕の総資産は現在1,000億円です」は、1,000億円持っているかいないかのどちらかで中間はありません。本書の論理法則ではこのようなあいまいでない明確な概念やものごとを扱います。「Bob Marleyは神様だ」というのは、ある意味では(僕個人にとっては)正しいのですが、正しいと思わない人が少なからず一人はいるのでこれは駄目で、ここでの論理法則では取り扱わないものになります。
このように書いてしまうと、「なんや論理学って大したことないな」という主張があるでしょうが、それは正しいかもしれません。そのような曖昧な領域にも挑む論理法則もあるのですが、かなり難しいのは容易想像できると思います。こちらは「人間の論理学」であります。つまり、人間はもっともっと複雑で深い、そして豊かなのです、と私はここで強調したいのです。「好き」の否定は単に「好きでない」ということのように。
かといって、この本が採用する論理学が使えない「道具」ではありません。私の仕事柄、すぐに思いつく例としては、コンピュータの「0と1の世界」です。これは正に論理学の上に成立しています。コンピュータの分野以外のあらゆる学問の強力な「道具」となるのです。しかしながら、適切な例を挙げれない僕の学問の浅はかさが、ここで露呈してしまうわけです... (泣)。
本書を読んで感激した点を一つだけ挙げるとしたら、それは「哲学」するための重要な「道具」を見つけたこと。本書でも登場する「神の視点」を採用すること。この思いを上手く書いて伝えられる日には一冊本を書きたくなっているでしょうね ^^;
ここまでダラダラと本当に拙い文章になって我ながら呆れています。まったくもって「論理的でない」です。
本書は軽快なタッチで読み易くしようという配慮が随所にあります。実は、著者の論理学の本は10年以上も前に読んでいました。好きな著者です。にもかかわらず、本書を通読するのに、同様の分量を読む時間の2倍以上も要したのは難解な内容が原因ではありません。じっくり考えて読みたかったからに他なりません。それほど魅力的な本です。これからも二度三度と読み返す本になるでしょう。
著者の「論理学という泉の湧き出し口へ誘い、そこでひとすくいの水を口にしてほしかった」という願いは、私には届きました。そこの水は不思議に魅力的で、その泉の奥を覗きたくなりました。
最後に、本書に挙げた稚拙な文例と解説が誤っている可能性はゼロではありません。その場合は、本書の落ち度ではなく、僕自身の能力の無さです、ゴメンナサイ。