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11件
ミーナの行進
著者 小川洋子 著
【本書の英訳『Mina’s Matchbox』が、
米『TIME』誌発表の「2024年の必読書100冊」
(THE 100 MUST-READ BOOKS OF 2024)に選出】
美しくて、かよわくて、本を愛したミーナ。
あなたとの思い出は、損なわれることがない――
ミュンヘンオリンピックの年に芦屋の洋館で育まれた、
ふたりの少女と、家族の物語。
あたたかなイラストとともに小川洋子が贈る傑作長編小説。
第42回谷崎潤一郎賞受賞作。
挿画:寺田順三
ミーナの行進
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ミーナの行進
2009/10/27 07:55
ストレートな、家族と少女の成長物語
11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:hiro - この投稿者のレビュー一覧を見る
小川作品にしては珍しい、奇を衒わないストレートな物語だと思う。父親を亡くした少女が経済的な理由から母とも離れて暮らすことを余儀なくされ、親戚に預けられる。芦屋に暮らす裕福な親戚一家には、年下の病弱な少女がいて、二人はやがて親友となる。そのようなストーリーが二人を取り巻く家族、使用人との交流を織り交ぜて描かれている。たった一人の家族である母と離れて暮らさなくてはならない少女を、娘と変わらない愛情を持って受け入れる人達と、その中で自分の役割を見いだし、積極的に家族の一員として暮らしていこうとする少女の姿には、素直に感動できるだろう。裕福ではあるけれどある欠落を抱えた家族が、そんなけなげな少女に癒されていく様子も清々しい。親戚とともに暮らした少女の一年間を、移り変わる季節の描写とともに優しい視点で語られている。
ミーナの行進
2011/10/03 21:12
美しいマッチの箱のような思い出
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:更夜 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「ヘミングウェイの小説に出てくる女性たちは、植木鉢の花です」
大学の時、女子大だったので「女性学」というのが必須であり、内容はアメリカ文学に見る女性像
というものでしたが、講師はおそらく今で言う「フェミニスト」だったのでしょう。
単なる男の眼福としてしか描かれない女性像には嫌悪を抱いているようでした。
私たちが読んでレポートを書くように言われたのは、アイリス・マードックの『網の中』であったり
アーシュラ・ル・グィンの『マラフレナ』だったりしました。
しかし、この物語に出てくる女性たちは植木鉢の花ではありません。
主人公、朋子が家の都合で1972年から1973年の一年間、中学一年生の間、すごした
芦屋にある伯父伯母の家。
飲料水メーカーの社長であり、母はドイツ人でハーフであり、海外で教育を受けた伯父。
広い庭があり、かつては動物園すらあったという広大な敷地にある洋館。
そこに住むひとびとは皆、魅力的です。
特に、ひとつ年下の小学校六年生のミーナこと美奈子は、家の中心です。
年の離れた兄、龍一はスイスの大学に行っており、家の中はミーナを中心に回っているとすら。
いきなりの大豪邸暮らしでも、そんな家に行って、朋子は歓迎されます。
特に年がひとつしか違わないミーナとは、秘密の姉妹のような関係になります。
お祖母さんがドイツ人で日本人離れした美しさ、白い肌を持つ、そして喘息持ちで病弱なぶん
とても利口で、繊細なミーナ。遠いドイツから日本にやってきたローザおばあさん。
静かな伯母。家の家事をすべてとりしきっている家政婦の米田さん・・・・そして、ミーナの家には
コビトカバのポチ子がいます。コビトカバを世話する小林さん。
この家はとても裕福ですが、それぞれが、きちんと自分の役割、自分の居場所を持っています。
個性は色々で、使用人も家族と同様で、朋子も「よそ者扱い」などされず、まるで家族のように
なじむことができます。
ミーナは、喘息を持っているために運動はできず、ポチ子に乗って学校まで通っています。
そして、いつもポケットにはマッチ。ミーナの美しさは、マッチを特別美しく、きらめかせて
火をつけるその所作にあるのです。
さっと素早く美しい動作でマッチの火をつけることのできるミーナ。
そして、何故、ミーナはマッチが好きなのか。今はあまりマッチは見ないのですが、確かに、
子どものころは、マッチがたくさんあって、凝ったデザインを競っていたような気がします。
しかも、文才のあるミーナは、その箱の様々な絵に 摸した物語を箱に書き連ねています。
この本の挿絵はまるで昔のマッチ箱の絵のような雰囲気を持っており、マッチの絵もたくさん
出てきます。
身体が弱いけれど、とてもしっかりとしていて気の強いミーナ。
朋子は、ひとつ年上だけれども、素直にミーナに憧憬の感情を抱かずにはいられません。
それは嫉妬というものではなく、純粋にミーナがマッチで火をつけるしぐさに美しさを見て、その燐の燃
える匂いにミーナの息遣いを感じ、語る言葉に感嘆し、ミーナの作る物語にうっとりする。
ミーナは、そんなことを自慢したりはしません。
お金持でこんな家に住んで、お父さんがハーフでとてもハンサムで、素敵で自慢でしょう、というと
ミーナは、親は選べないから 自慢してもしょうがない。
自慢するんだったら自分で選んだボーイフレンドだわ、と自分に溺れない。
朋子もミーナも学校生活のことは出てきません。あくまでも、美しいマッチの箱のような美しい洋館
という「容れ物」の中の物語です。そこで、2人の少女は、こっくりさんをシュミーズ姿でやったり、
こっそりマッチの箱の物語を読んだりします。
美しいものを、ただ姿形が美しいだけでなく、人間の中から出てくる美しさを深くにじませて描いており、
その美しいものへの憧憬の気持は、年を経ても色褪せることなく朋子の中に生き続ける。
この時代というのは、私はミーナよりも年下ではありましたが、伯父さんの会社の飲み物、
フレッシーはプラッシーのことでしょうし、男子バレーボールが熱狂的で、森田、大田、猫田といった
選手が活躍し、オリンピックでは胸の痛むテロ事件が起きたこと・・・そんなことを私は思い出します。
また、中学生になった朋子が、初めてブラジャーをして、扱いに困ってしまうところや、細くて
胸のふくらみのないミーナになんとなく戸惑いを覚えたり、シュミーズ姿というものがとても
霊的な不思議な雰囲気をもたらすこと、といった少女の性の艶めかしさというものも朋子の憧憬と戸惑いの
合間に見え隠れします。
朋子にとってミーナと一緒に過ごした洋館での一年間という時間は、いつまでも残っている
絵のきれいな「一年間」という時間のマッチ箱です。
美しい箱、容れ物の中の大事な大事な一年間。いつまでも色褪せないきれいなマッチ箱のような
13歳という多感な時期を手に入れることができた朋子。
そして、家族はそれぞれの道を行ったとしても、あの美しい時間は変わることなく、褪せることもありません。
その後の朋子の一生にはマッチ特有の燐の匂いを発し続けることができる、きれいな絵のついた箱に入った
美しいマッチの火のゆらめきのような思い出が残ったのです。
ミーナの行進
2019/08/04 16:10
こんな終わり方にしてくれてありがとう
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:たあまる - この投稿者のレビュー一覧を見る
岡山の母子家庭の普通の女の子が、1年間だけ芦屋の豪邸に預けられる。
そこに暮らす人たちは、奇跡のようにいい人ばかり。
なんという夢物語だろう。
みんなそれぞれに陰影を持つことがわかっても、でもやっぱりいい人たち。
どきどきすることがあったり、後の没落が示唆されても、優しい世界のままで最後まで読める。
語り手である朋子の「記憶の支柱」となった日々、中学1年生だった1972年度の1年間。
なぜ1972年か。
万博の熱は去り、でも世の中はまだ上り坂。
とはいえ、もうしばらくしたら、その坂は終わる。
その予感を孕みながら、まだまだ十分明るい時代だからか。
そして、ミュンヘンの事件。
ローザおばあさんを悲しい記憶に引き戻すあの事件。
さまざまな歴史や浮き沈みや変遷があっても、
人は人に優しく出来るという物語なのかもしれない。
登場人物になじんだ頃から、読み終わるのが惜しくて惜しくて、
ゆっくりゆっくり読んだ。
でも、こんな終わり方にしてくれてありがとう。