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18件
クライマーズ・ハイ
著者 横山秀夫 (著)
1985年、御巣鷹山で日航機が墜落。その日、北関東新聞の古参記者・悠木は同僚の元クライマー・安西に誘われ、谷川岳に屹立する衝立岩に挑むはずだった。未曾有の事故。全権デスクを命じられ、約束を違えた悠木だが、ひとり出発したはずの安西はなぜか山と無関係の歓楽街で倒れ、意識が戻らない。「下りるために登るんさ」という謎の言葉を残して――。若き日、新聞記者として現場を取材した著者みずからの実体験を昇華しきった、感動あふれる壮大な長編小説。
クライマーズ・ハイ
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クライマーズ・ハイ
2006/08/13 22:12
日航機墜落事故を舞台に新聞社内の人間模様を描く傑作
13人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ドン・キホーテ - この投稿者のレビュー一覧を見る
テレビでもドラマ化された横山秀夫の作品である。日航ジャンボ機墜落事故を背景に群馬県の地方新聞社の記者を主人公としたストーリーである。
横山自身が地方紙記者出身で、この事故の取材経験を持っていることから、テーマとしては長らく温存されてきたものである。予想通り、事故の取材、紙面づくりだけではなく、それまでの人間模様が反映される複数のストーリーが並列して走る。
新聞社の編集局の中では、主人公の悠木が日航事故の全権デスクに抜擢された。新聞社としては航空路がない群馬県で航空機事故が発生し、当惑気味であり、回避したかった雰囲気がよく分かる。犠牲者にも群馬県関係者はほんの僅かであった。
私にはこの新聞社内部の人間関係が抜群に面白かった。訳の分からないことをのたまい、どうしてこれが社長なのと聞いてみたくなる元編集局長の社長、その腰巾着の編集局次長、一方で社長と張り合う専務とその一派、調停屋と呼ばれ、実力の片鱗も見せない編集局長、記者上がりのはずだが組織の政治地図に染まってしまった社会部長など、多士済々である。役者は揃っている。
まさかこれだけでこの新聞社が動いている訳ではなかろうが、半分はこんなものだろうと想像がつく。かえって、このような規模の地方紙の方が新聞作りに関しては、自分が作っているという実感があるし、達成感もあるようだ。この他にも広告を扱う部署、総務部門、読者の反応などがダイレクトで返ってくる。
主人公の全権デスクが社会部長に食ってかかり、相手を罵る場面などは迫力がある。これは、サラリーマン社会では首か左遷を覚悟しないとできない芸当である。また部署間の争いもつかみ合い寸前まで行ってしまうが、これもあまり見ることができない。つかみ合いや罵倒の是非はともかく、職務に真剣に取り組んでいる証拠である。これらは20年前の出来事なので、この頃までの社会の活力を象徴しているような気がする。
バブル後遺症で不景気が続いているという台詞は、もう言い古されてきたが、この間に産業界は再編成の荒波を受けて肝腎の活力を削がれてしまったのではないだろうか。何となく漂う無気力感、責任感の喪失、箍の外れた業界モラル。
私は本書を読んで、ある種の懐かしさを感じ、活力のある職場、産業界のあり方を見直す契機になった。本書に描かれているのは、わずか20年前の事件ではあるが、遠い昔のことのように感じさせる。新聞社勤めの経験がある横山ならではの傑作であろう。
クライマーズ・ハイ
2008/05/10 08:03
世代交代
11人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kumataro - この投稿者のレビュー一覧を見る
クライマーズ・ハイ 横山秀夫 文春文庫
クライマーズ・ハイとは、登山者が登山中に気分が高揚していくことだと思います。
記述のスタイルが古い。21年前のことです。阪神18年ぶりのリーグ優勝、グリコ森永事件、週休二日制の未実施、電話ボックス、中曽根首相、福田赳夫元首相、小渕元首相、モーレツ社員、仕事の犠牲になる家族。「アサッテの人」諏訪哲史著とは大違いの書き方です。読みながら、もう50代後半以上世代の時代は終わったと感じます。私たち好みの記述手法です。
サラリーマン社会においては、仕事場で評判の良い人は家族関係が壊れている、家族を大切にする人は仕事がパッとしない。両立は無理なことです。
御巣鷹山の航空機墜落事故をきっかけにしているものの中身は地方新聞社の内輪話です。現代の若い作家、女性作家とは明らかに書き方が違います。2時間ドラマを意識して書いてあるようです。今の時代にそぐわない作品です。日航機墜落を素材としてありますが、別にそれが素材でなくともいい。
インターネット、携帯電話の到来とともに人間と人間が直接面と向かって感情をぶつけあう時代は終わりました。
なんだかんだと書きましたが、424ページで、胸がグッときて目頭がジンとにじみました。こどもをもったことのある人にはわかる、こどもとのむつかしい関係です。
クライマーズ・ハイとは、新米記者の神沢君のことです。彼は古い世代の生き残りです。
クライマーズ・ハイ
2006/06/23 22:03
読み終えた瞬間こそ、クライマーズ・ハイの境地
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よし - この投稿者のレビュー一覧を見る
1985年新聞記者悠木は、友人安西と谷川岳登山を約束するが、おりしも日航ジャンボ機墜落という世界最大の航空機の悲劇に遭遇することになる。このスクープに忙殺されることに。一緒に登れなかったことを悔やむが、安西も谷川岳には行くことなく病院に運ばれていた。時はたち念願の谷川岳登山の果てに見たものは…。
もっとこの墜落という衝撃の中で日航関係者や被害者のことを書いているのかと思いました。
予想に反して、事故のことは舞台が新聞社だけに淡々と書かれていますが、新聞社ゆえのことです。この事故への怒りや、見てきたものにしかわからない現場の雰囲気が伝わってきます。
また横山さんの持ち味、「組織の中の個人の葛藤」がこの新聞社の中で、いかんなく描かれています。新聞は売れればいいのか?新聞社のモラルとは?スクープとは?真実とは?次から次にと読者に投げかけられてきます。
日本中が悲劇に哀しみ、生存者に涙し、日本航空への怒りが渦巻いた、暑い、熱い1週間の新聞社の内部をノンフィクションと間違うぐらいに熱く語られています。
そして、横糸がジャンボ機墜落なら、縦糸は友人安西の死。
「なぜ山に登るのか」「下りるために上るのさ」
この会話が最後まで投げかけられています。そう意味ではれっきとしたミステリー小説。
それぞれの人物が過去を持ち、過去を乗り越えるため、山を越えていく。人生には山を越えるときがある。
そして、上り切ったら、まさにクライマーズ・ハイ。極限状態を通り越して陶酔の境地になるという。そして次の高みへ。
主人公の行いについて、賛否が分かれると思います。
「組織の中でどうなのか」
わたしはそれでも主人公の一途といっていいわがままを支持します。過去から未来へ前を向くための手段だったのです。
お薦めします。違う側面から日航ジャンボ機墜落を扱ったこの小説。読みきったときまさにクライマーズ・ハイの境地。まれに見る傑作です。