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ドン・キホーテさんのレビュー一覧

投稿者:ドン・キホーテ

816 件中 1 件~ 15 件を表示
スクープ

スクープ

2009/03/08 20:56

キャラクター作りのうまさがよく出ているテレビ報道小説

16人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 今野敏の小説であるが、お得意の警察小説ではない。テレビ局の報道記者が主人公である。昔は新聞記者の活躍に焦点を当てた「事件記者」などの報道を主役に据えたものが結構あったように記憶しているが、最近はほとんど見なくなった。それに代わって、テレビ局を舞台にした小説やらドラマやらが増えてきたような気がする。こんなところでも時代の移り変わりを感じる。
 本書は7つの短編から構成されている。つまり、第1章から第7章までの7編である。短編とは言っても、ストーリーの舞台設定は同じである。いずれも主人公の報道記者が担当しているニュース・ショー番組にスクープを提供するという内容である。
 テレビ局のニュース・ショーに報道記者が付いていること自体、一般の視聴者は知らないであろう。こういうところは面白いところである。毎日、会議にも遅刻や欠席が続く主人公であるが、実績はその辺の報道記者とは比較にならないほど上げている。
 品行方正な記者では小説にならないかもしれない。記者の枠をはみ出た勤務ぶりである。この記者は人に憎まれない性格なのか、皆に好かれている。これもやや小説的で、本当にこんなやつがいるのかと思うほどである。
 ことの真偽はともかく、7編とも大変楽しめたことは確かである。報道とは言っても事件を扱う点については警察小説と類似している。危ない潜入取材なども随所に登場してくる。
 ニュース・ショーであるから、当然キャスターがいるのだが、キャスター同士の会話や番組製作者との受け答えなど、楽しめるところは多い。最近、番組改編期になると、キャスター人事で沸く時代であるが、本書ではテレビ界での片鱗が垣間見えて一層興味をそそられるのである。
 世相を反映するのも流行小説なのだろう。テンポも速くて、調子に乗って読むことができた。せっかくなのだから、この主人公のキャラクターを生かして、続編を書いてほしいと思う。警視庁刑事とのコンビも飽きない。それにしても今野はキャラクターをうまく作り出していくものだと感心させられた。

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第三の時効

第三の時効

2006/04/02 20:51

人物描写とその視点が抜群に面白い捜査モノ連作短編集

13人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 話題の作家横山秀夫の短編集である。今回は短編集といってもそれぞれに登場する人物は同じである点で今までの各々の設定を変えたものとは異なる。言うならば「F県警捜査一課事件メモ」とでもいう内容である。
 F県警刑事部捜査一課には、強行犯捜査を担当する3つの班がある。この3班は互いに手柄を競い合う関係から、きわめて仲が悪い。班長3名も個性が強く、孤立しがちである。うまく捜査員を使っていくことが班長の使命でもある。
 その甲斐あってか、この捜査一課の成績は連戦連勝である。こういう設定の捜査一課強行捜査班の活躍ぶりを描いたのが本書である。しかし、それだけならどこにでもある警察小説である。横山秀夫の真骨頂は、事件自体を描いているというよりは、むしろその人物を描いているというべきであろう。
 三班それぞれの班長の個性を十分に描いている。そういう点ではこの班長たちが短編の主人公である。それだけならまだ他にもいくらでも類似した小説がある。さらに横山は上司である捜査一課長、刑事部長の行動や心理描写にも及んでいる。これだけ個性的な部下を持ち、いがみ合いもほどほどに抑えつつ、実績を残していくのは相当難しい。その捜査一課長は何を考えつつ、この班長たちを御していくのか。今まで置き去りにされてきた主人公の周辺、とくに上司にまで書き及ぶ点が横山秀夫の優れた個性なのであろう。記者時代の視点と経験が生かされているのかも知れない。
 全6編であるが、あっという間に読み終えてしまった。横山秀夫の作品は人物を入念に描いているので、知らず知らずのうちにその主人公のキャラクターに親しみが沸いてくる。そういう点ではそのキャラクターを生かしてロング・セラーだって狙うことができるのだが、それをやらずに次々と新しい主人公を登場させている。
 今までにも婦警シリーズの平野巡査、D県警警務部の二渡警視などテレビ化された有名なキャラクターも少なくない。今回のF県警強行犯捜査班は是非とも続きが読みたいところであるし、二渡警視や平野巡査だって続編が待ち遠しいのである。ところがそれをやらないところが憎いのである。
 と考えていたら、解説記事には月刊誌で続編が発表されていると書かれている。班長3名のキャラクターと事件の深層を再度読むことができるようだ。ファンにとっては嬉しいことである。

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クライマーズ・ハイ

クライマーズ・ハイ

2006/08/13 22:12

日航機墜落事故を舞台に新聞社内の人間模様を描く傑作

13人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 テレビでもドラマ化された横山秀夫の作品である。日航ジャンボ機墜落事故を背景に群馬県の地方新聞社の記者を主人公としたストーリーである。
 横山自身が地方紙記者出身で、この事故の取材経験を持っていることから、テーマとしては長らく温存されてきたものである。予想通り、事故の取材、紙面づくりだけではなく、それまでの人間模様が反映される複数のストーリーが並列して走る。
 新聞社の編集局の中では、主人公の悠木が日航事故の全権デスクに抜擢された。新聞社としては航空路がない群馬県で航空機事故が発生し、当惑気味であり、回避したかった雰囲気がよく分かる。犠牲者にも群馬県関係者はほんの僅かであった。
 私にはこの新聞社内部の人間関係が抜群に面白かった。訳の分からないことをのたまい、どうしてこれが社長なのと聞いてみたくなる元編集局長の社長、その腰巾着の編集局次長、一方で社長と張り合う専務とその一派、調停屋と呼ばれ、実力の片鱗も見せない編集局長、記者上がりのはずだが組織の政治地図に染まってしまった社会部長など、多士済々である。役者は揃っている。
 まさかこれだけでこの新聞社が動いている訳ではなかろうが、半分はこんなものだろうと想像がつく。かえって、このような規模の地方紙の方が新聞作りに関しては、自分が作っているという実感があるし、達成感もあるようだ。この他にも広告を扱う部署、総務部門、読者の反応などがダイレクトで返ってくる。
 主人公の全権デスクが社会部長に食ってかかり、相手を罵る場面などは迫力がある。これは、サラリーマン社会では首か左遷を覚悟しないとできない芸当である。また部署間の争いもつかみ合い寸前まで行ってしまうが、これもあまり見ることができない。つかみ合いや罵倒の是非はともかく、職務に真剣に取り組んでいる証拠である。これらは20年前の出来事なので、この頃までの社会の活力を象徴しているような気がする。
 バブル後遺症で不景気が続いているという台詞は、もう言い古されてきたが、この間に産業界は再編成の荒波を受けて肝腎の活力を削がれてしまったのではないだろうか。何となく漂う無気力感、責任感の喪失、箍の外れた業界モラル。
 私は本書を読んで、ある種の懐かしさを感じ、活力のある職場、産業界のあり方を見直す契機になった。本書に描かれているのは、わずか20年前の事件ではあるが、遠い昔のことのように感じさせる。新聞社勤めの経験がある横山ならではの傑作であろう。

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半落ち

半落ち

2005/10/17 08:54

卓越したエンターテイメント

12人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 話題となっている横山秀夫作品の中でも評価の高いといわれる作品である。昨年映画化されて話題にもなった。私自身は残念ながら映画はまだ見ていない。警察小説は多くの作家が取り上げてきたところであるが、そのほとんどが事件や犯人を追う刑事物であるのは当然であろう。それを支えているのが管理部門であるが、昨今日本の警察でも管理部門の緩み、即ち、汚職、裏金、セクハラなどどこの組織でも起こりそうな事件が露呈して社会の非難を浴びている。
 この小説は管理部門の問題を、警察が何とか丸く収めようとするのだが、事件を処理する検察、弁護人、裁判所の各パートがそれぞれの事情で動き、処理する様を、各部の立場から見てみようという物語である。各部と言っても、それぞれに属する個々に事情のある個人である。
 事件捜査に当たる警察だけではない。捜査には検察も当たるので、衝突が起きても不思議ではない。当然この捜査両者の確執は表面に出てくる性質のものではないが、人間同士の役割分担に何もないわけがない。事件のフローを見れば最終的には裁判で処理するのだから、裁判を担当する検察が立場上上位にあると思いがちだが、捜査の現場はやはり警察の独壇場である。テレビ・ドラマに出てくるように検事が直接乗り込んで捜査するわけでもない。あまり光が当たらないところに光を当てる着想が面白い。
 事件のフローには当然弁護士も登場する。単に犯人側の弁護に当たるのでは当然過ぎて光を当てても面白くないのだが、それぞれの個人的な事情を抱えている。これをどのようにストーリーに展開させるかが作家の腕であろう。裁判官に至ってはより世間に知られているところは少ない。判決文を書く際の微妙な心理描写や背景描写が巧みである。
 本書は一つのストーリーを時系列的に追っていくのではなく、事件終結までに関わってくる人の立場を分けて、それぞれがどう考え、どう行動するかを描いている。章立ても人物ごとに分けてある。こういう趣向は読者には新鮮で興味深い。もちろん、過去にもあったであろうし、外国ものにもあるであろう。
 しかし、こういうささやかではあるが、何とか読者の興味を惹きつけようとする工夫が人気の所以であろう。分かりやすさ、珍しさ、新鮮さ、意外性、何でも取り上げてみて読者の興味を惹き付けて欲しい。この種の小説が持つ創造性こそがエンターテイメントの源泉であろう。

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奈良の寺社150を歩く

奈良の寺社150を歩く

2010/02/14 21:44

趣味の古寺巡礼へいざなう

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 これも平城京遷都1300年にちなんで出版されたものであろうか。奈良周辺の寺社150ヶ所を実際に歩いて回った際の、記述である。私が寺社巡りに初めて出会ったのは、社会思想社の現代教養文庫『大和古寺巡礼』であった。コンパクトではあるが、寺社ごとに区切られており、寺社のガイドブックといった趣であった。

 この『大和古寺巡礼』が昭和37年の出版であったから、それ以後もう47年が経過したことになる。著者の槇野氏は京都についても同じように歩いて回った記録を残している。徒歩で巡る京都と奈良の違いは、京都は寺社の密度が高いということであるという。一方、奈良の場合は寺社が離散して存在しているので、きわめて効率が悪いという。

たしかに、京都に比べて、例えば、吉野と東大寺では奈良とは言っても、かなり離れている。また、有名寺社でも西の京と斑鳩の両方を歩いて行くとなると、徒歩では相当厳しい。もっとも、山の辺の道に沿って点在する寺社を巡る「山の辺の道の寺社を歩く」では、全長11.5キロの行程で、徒歩にはほどよい距離かも知れない。こういうコースも奈良ならではの趣がある。三輪山があるせいか、寺よりは神社が多いのも興味深い。

 この種の書籍では写真が重要である。寺社の風景が写真として掲載されていると、いないでは読者に与える印象がだいぶ異なる。その点、本書は写真がふんだんに盛り込まれており、単に寺社の故事来歴の紹介ではなく、実際に行ってみて確かめてみたくなる効果を出している。また、地域地域の地図が良い。地図に書かれている範囲内であるならば徒歩で巡ってもそれほど無理はないであろう。

 薬師寺は中学の修学旅行で訪れたが、その際拝観した薬師三尊像は、今の金堂にはなかったのだ。その後、西塔も復興し、東西両塔が揃った。このように最近の薬師寺をめぐる復興事業なども詳しく説明されている。また、本薬師寺、薬師寺、新薬師寺などの関係についても触れられており、多くの人の疑問にも答えている。

 ガイドブックは数多く出版されているが、観光目的だけならば他のガイドブックの方が様々な便宜を図っていると思われるが、本書は寺社の創建から今日に至るまでの概要に重点を置いて描いている点で、「趣味の古寺巡礼」にマッチした書籍であるといえるかもしれない。

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中国歴史地図 HISTORICAL ATLAS

中国歴史地図 HISTORICAL ATLAS

2009/03/29 21:39

中国史を一望でき、その面白さを実感させる韓国の歴史アトラス

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は韓国の歴史学者が共同で執筆した中国の歴史書である。タイトルにあるとおり、単なる歴史書ではなく、歴史を地図上に表現したところに大きな特徴がある。歴史地図である。
 韓国で本書は歴史を専攻する大学生の教科書として使われているとのことである。大型の本で、頁数もかなりのものである。中学、高校時代の世界史では中国史にどれほどの時間が割り当てられていたであろうか? それを顧みると、ほとんど知らないことに気が付く。
 本書は大きく古代、中世、近代、現代に分けられており、近代はさらに前期、後期に分割され、5つ部分から構成されている。
 本書では古代にそれほどの頁が割かれているわけではないのだが、昔では記述のなかった夏王朝、そして青銅器文明と甲骨文字の殷王朝、春秋時代、そして統一王朝である始皇帝の秦王朝の登場が白眉である。中学、高校時代が懐かしく思い出される。
 中世は知っての通り、また異なる局面である。遊牧民族の動きによって漢が滅び、五国十六胡時代を経て、隋、唐の帝国が勃興する。当然、日本の中世とは時代的に対応していない。
 近代は前期、後期の2つに分けられている。前期はモンゴル民族に代表される遊牧民族が中国を支配した時代である。後期からは明、清などの王朝が史上の中心になる。現代はアヘン戦争から中華民国、中華人民共和国、文化大革命などに続いている。
 わが国における中国史と大きな違いはないように見えるが、朝鮮半島との関わりは、やはり詳しく書かれている。また、元王朝の朝鮮半島での戦やわが国への侵攻などの記述は詳しく書かれている。
 本書では中国文明という言い方はしていない。中国という限定された地域ではなく、東アジアという広域での歴史を視野に入れた史観である。たしかに、元などの遊牧民族の国家は、ユーラシア大陸全域を活動地域としていたし、本書における中国史は内容的にも中国だけでなく、周辺の地域と歴史を共有しているといっても良い。
 歴史地図とは一般的にどのようなものを指すのであろか? 史上の動きを地図上に表現したものと考えてよいだろう。中国史における歴史地図では、王朝の興亡や群雄割拠など氏族や国家の動きと存在が地図上に示される。また、これらの国家間の戦乱や有名な戦いなど、軍団の動きなどが地図では明快に示すことができる。ここに、大きな効果が期待できるのである。
 一つのテーマ2頁という量的な制約条件があるが、この文章も過不足がなく、凝縮されている。読んでいくうちに夢中になってしまうほど面白い。タイトルにあるように中国歴史地図には違いがないが、2頁に収められているテーマの設定や解説の方に価値があるのかも知れない。それほどよくできていると思う。
 また、イラストや写真も内容をよく助けている。中国悠久の歴史を古代から紐解く面白さがある。当然、切れ目なく書かれているので、物語でも読んでいるような気になる。次が気になって読み進んでいくわけである。
 こういう歴史書はたしかに教科書のようでもあり、事典的な価値もあるもので、歴史を学ぶ教材として、あるいは学ぶ楽しみを発見する資料として、新たな側面を切り開くものであると実感した。

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カラヤン帝国興亡史 史上最高の指揮者の栄光と挫折

カラヤン帝国興亡史 史上最高の指揮者の栄光と挫折

2008/06/08 21:15

帝王カラヤンの音楽ビジネス盛衰史

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 カラヤンが亡くなってからすでに20年近くが経過した。私自身はカラヤンの演奏を生で聴いたことはない。何しろ演奏会の値段が高過ぎたからである。しかし憧れの的であることは変わりなかった。
 カラヤンといえばベルリン・フィルハーモニーである。昔はこのように指揮者がオーケストラと継続的な関係を持つことが普通であった。しかし、その少し前はベルリン・フィルだけではなかったのだ。ウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めていたし、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団とも深い絆で結ばれていた。
 著者がカラヤン帝国と呼ぶのはこうした時代のことである。フルトヴェングラー、チェリビダッケ、クレンペラー、クナッパーツブッシュ。これらの指揮者は主に戦後に活躍した巨匠たちであるが、私にとっても伝説の指揮者である。チェリビダッケは読響を振りにきた1977年に本番は勿論、リハーサルまで聞いたことがあるが、指揮棒から出てきた音楽はやはり伝説的な響きであった。
 カラヤンはオーケストラなどの演奏団体、レコード会社、音楽祭をうまく手玉にとって交渉を重ね、その地位を拡大していった。当初は巨匠たち、とりわけフルトヴェングラーに睨まれていたが、それをものともせずに立ち向かっていく。チェリビダッケの後任に選ばれたのも政治手腕が冴えたからに他ならない。
 本書では、こうしてカラヤンが駆け出しの頃から領土を拡張し、ベルリン、ウィーン、ロンドンと制圧していく姿を時間を追って描いている。ウィーンを手放した後はベルリンとの関係が深まり、カラヤン・ベルリンフィルの強力な関係ができ上がる。反面オペラを演奏する機会はあまりなかった。
 しかし、カラヤンも年齢には勝てない。ベルリンフィルとの間にも不協和音が聞こえてくるようになる。とりわけ有名なのが、サビーネ・マイヤーという女性クラリネット奏者の採用をめぐって楽員と鋭く対立した事件である。
 そこからは低迷する一途で、カラヤンは失意のうちに亡くなるわけである。日本との関係にも触れられている。中川氏によれば、日本はカラヤンにとって『植民地』だったという。本書では日本は『植民地』という表現が使われている。上得意だったということである。聴衆の金離れもよい。演奏会は常に満席である。本当に良いお客さんだったようだ。
 政治的な手腕や交渉術に長けている人は珍しくない。しかし、指揮者としての才能が秀でた人はそうはいない。この2つが結びついたからこそカラヤン帝国が出現したわけである。本書はカラヤンがいかに帝国を築いていったか、いかに領土を拡張していったか、いかに老いて没落していったかが丁寧に時間を追って記している。まるで小説でも読んだかのような読後感があった。
 カラヤンが来日した際、某大学オケの学生がカラヤンに指揮を依頼したところ、快く引き受けて実際に練習場に姿を現し、皆を驚かせたこともあった。意外な一面を持っていたのも確かだったようだ。

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古代からの伝言 水漬くかばね

古代からの伝言 水漬くかばね

2007/04/08 21:39

古代朝鮮半島での歴史的な大敗を描く

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 聖徳太子が没して、天下は蘇我氏の思うがままである。馬子が死しても、蝦夷、入鹿という後継者が立派に育ってきた。これからも蘇我氏の天下が続くと誰しもが考えたのだが、野蛮な手段の実力行使で大化の改新の世となった。右も左も改革である。
 主人公は中大兄皇子と中臣鎌足である。この二人の改革は順調に行くかに見えた。本書はこの時代の半島情勢を中心にわが国古代史の一面を描いている。この二人の改革路線に水を差したのは、やはり半島戦略の失敗であった。過去には聖徳太子もここで躓いてしまった。
 しかし、その後の半島情勢はどうであったか。首尾よく任那を奪還しえたか? 三韓の国々に加えて隋や唐という中国の巨大な統一王朝が出現してからは、軍事的にも到底かなわぬ相手が登場することとなった。
 本書は中大兄皇子と鎌足の大化の改新政権の改革の歩みと、朝鮮半島における唐・新羅連合軍との戦いに大敗を喫するまでを描いている。すなわち、白村江の戦いである。
 任那を奪還するどころか、長年の同盟国であった百済が唐に滅ぼされそうになるという惨憺たる結果になってしまった。さらに、高句麗とも同盟を結んで唐に対抗しようとする。その唐は新羅と同盟を組む。
そして、ついに倭国派兵の運びとなる。水軍を主力とする部隊になるので、急いで軍船を造船し、2万7千名の兵を半島に送り込んだのである。
 本書は後半にこの白村江の戦いを描き、全体を盛り上げている。これだけの部隊が動くと、安心感が湧くようだ。負けるわけがないという安心感である。ところが、相手の唐も負けずの大部隊である。白村江は白江という川の河口部分である。白江はそれほど川幅があるわけではないので、大船団が一旦入り込むと簡単には進むことも、引くことも難しい。
そこを突かれてしまった。
 かくて、倭国は歴史上稀に見る大敗を喫してしまった。これで任那どころか半島におけるあらゆる権益を失ってしまったのである。この後は、残った高句麗が唐・新羅の連合軍と国の興亡をかけて戦うことになる。
 白村江の戦いまでの盛り上げ方、戦いの描写など見事な出来栄えである。この戦いも高校時代に歴史の教科書で学んだ覚えがあるが、小説になると分かりやすいものだ。勝敗は知ってはいるものの、周辺国との外交や地政学まで学べたことは大いに満足した。

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東京の戦争

東京の戦争

2007/01/08 00:09

戦時の東京での生活が描かれている希少なエッセイ

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は吉村昭が第2次大戦に関する記憶を綴ったものである。終戦から62年も経たこの東京も戦争という悪夢の中に存在した都市であった。さすがに62年も経過するとあれほどの辛い経験をした人々も世代交代によって少なくなり、存命の人も記憶が薄れていくばかりである。
 米軍機B−29による空襲の猛烈さは何回も聞かされたことがあるのだが、戦後世代にとっては実感が伴わない。空襲によって非戦闘員一般に犠牲者が多数出たわけだが、当時は処理出来ずに道端に黒焦げになった死体が遺棄されていた。今だったら、食事がまともに喉を通らないであろう。これがこの大都市東京で実際におきていた事実なのである。
 かなり些細なことにも戦時特有の現象が出ていたようだ。空襲によって鉄道も相当の被害があり、戦後の買出し客で長距離であるにもかかわらず、列車は超満員であった。家の着物などと物々交換した上に得た食糧を、また超満員の列車に乗って東京まで運ぶわけである。要所要所で取締りが行われ、没収の憂き目にあう。
 かと思うと、吉村少年(中学生)はそういうさなかに一人旅を敢行した。旅行許可証がなければ長距離のたびは禁止された時代だが、100キロ以内であればまだ自由であった。甲州でブドウを分けてもらって味わったり、一晩宿泊させてもらったり、人々の親切に触れたりで貴重な経験をしたようだ。
 戦中の世相は空襲一色ではなく、それ以外の生活があったことは当然であるが、戦災だけが強調されるあまり、それ以外の生活はどうであったかについては、あまり知られていない。戦災以外は現在と変わらないものなのか、違うものならばどのように違うのか、戦争を知らない世代の好奇心はそれなりにある。
 本書はそれに答えている希少なエッセイである。石鹸、タバコ、戦争と男女、進駐軍、蚊、虱、食べ物など、戦時生活のまとまった話が得られる書である。

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隠蔽捜査

隠蔽捜査

2008/03/09 22:00

ありえない総務課長の行動だが、つい引き込まれるストーリー展開

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この物語はテレビドラマ化されている。あいにく私は見損なったが、テレビ化されるだけのことはあるストーリーであると思う。
 冒頭から描かれている主人公、竜崎伸也はあまりにも正直な性格なのか、皆から変人扱いされる。正義を主張し過ぎるように見えるのである。おそらく、この感覚は時代とともに変化していくものであろう。逆に言えば、現代はあまりにも不正直で、偽りに満ちた世の中であるといえよう。昔はここまで歪んではいなかったはずである。ごまかしや隠蔽、偽装だらけで始末に終えない。
 竜崎は、警察庁長官官房総務課長である。これは誰でもが就けるポストではない。官房の総務、人事、会計の三課長はまさに警察エリートコースの入口である。これを歴任した者の将来はある程度保証されているといってもよい。
 総務課長の重要な仕事にマスコミ対策がある。組織下に広報室を擁するのもそのためである。同期生に警視庁刑事部長がいる。この2人の関係を軸に、ストーリーは展開する。
 たしかにマスコミ対策は広報室に属し、広報室は総務課に属する。しかし、総務課の仕事はこれだけではないはずだ。その割には主人公は広報やマスコミ対策に力を入れ過ぎている。実際はこんなこともないし、現場に出かけるということもないであろう。だいぶ誇張があるようだ。案外、刑事ドラマに影響されているのかも知れない。
 あまりこれをやると、信憑性が失われてしまう。しかし、小説である。真の姿に近付けようとすると、逆に面白みが半減するのだろう。実際にはなくとも、あるように描くのも小説家の腕であろう。
 同期生同士の交流、家庭の問題、揉み消し、ある事件を通して、本書は警察キャリアの実相を表現しているといってもよい。その実態があまり世間に出てこないキャリアの考え方、行動が描かれているのだが、その真偽のほどは分からない。しかし、小説としては結末も放り出さずにしっかりとまとめられている。それがあまりにも都合のよい結末であってもである。

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奈良のたからもの まほろばの美ガイド

奈良のたからもの まほろばの美ガイド

2007/04/15 21:13

是が非でも行ってみたくなる奈良の風と雰囲気の描写

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 このところ、古代からの伝言シリーズを読んでいるせいか、現代の奈良に出かけたくなり、手に取ったのが本書である。広義のガイドブックと言えよう。
 作者の石村さんは、奈良秋篠の森に構えた店のオーナーである。店だけではなく、プチ・ホテルやコーヒー・ショップも経営している。その石村さんが見つけた地元人ならではの奈良とっておきの見所を紹介した本である。
 奈良といえば、修学旅行で生徒たちが必ず行く場所がある。それは、東大寺の大仏殿である。広々とした奈良公園とそこで戯れる鹿が奈良特有の風物である。東大寺の境内は開放的である。歩いているとどこかの田舎の畦道でも歩いているような風景が広がっている。若草山側にはお水取りで有名な二月堂がある。二月堂を囲む裏道は今にも崩れそうな築地塀に沿った情緒ある小道である。
 奈良公園の奥には藤原氏の氏神である春日大社がある。大社の本尊はこの背景になっている春日山それ自体である。春日大社から坂を下りてくると、かつては元興寺の境内であった通称『ならまち』がある。鎌倉などと同様小道と路地が迷路のような面白さをかもし出している。
 奈良ホテルの周辺は奈良公園とも隣接しているせいか、きわめて静寂な場所である。そしてその一画には和式の旅館がいくつかある。観光客はあまり気にも留めないのだが、いかにも奈良らしい旅館が立ち並ぶ。石村さんはそのうちの一軒を推薦している。
 このように、本書は奈良公園の周辺、神々の宿る場所、高畑町のホテルや宿、味わいのある路地の街「ならまち」、少し離れて吉野、石仏のある滝坂道、そして1000年以上を経た仏像などを丁寧に紹介している。
 知っているところもあれば、知らないところもある。しかし、一旦読んでしまうと是が非でも行ってみたくなる。たしかに奈良は条件を備えている。京都は京都の良さがあるのだが、やはり大都会と言ってよい。しかし、奈良は鄙びた街並みが残っていて、なおかつ
古代を髣髴とさせる雰囲気を持つ。石村さんは奈良に合った表現と描写(写真を含む)で奈良の素晴らしさを読者にもたらしてくれている。
 丁度JRでも奈良への旅を勧めているようだから、それに乗って出かけてみることにしようか。

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開幕ベルは華やかに 改版

開幕ベルは華やかに 改版

2008/10/19 21:51

凝った造りで、さすがに読ませる有吉小説

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 早いもので有吉佐和子が亡くなってから四半世紀が経過する。私は有吉の作品は初めて読む。最後の書き下ろし小説となったのが本書である。本書は、舞台芸能界の裏側をえぐるもので、大物俳優の稽古振り、俳優を取り囲む多種多様なな人々、舞台人の日々の生活など、われわれ一般人とは生活ぶりがかなり異なるだけに、興味が注がれる。
 もちろん、単なる舞台芸能界の一部を読者に開陳するだけではない。そこに殺人事件を絡ませて、娯楽性を高めているところに、サービス精神旺盛な有吉の真骨頂があるのではないかと思う。作品もそういう点を目指しているような気がする。
 登場人物はベテランの大物女優とこれもベテランの歌舞伎俳優である。どちらも70歳台であるが、俳優同士の主導権争い、そして付き人、興行会社相互の確執など、劇場に行って観劇する立場のわれわれにはうかがい知ることができない諸事情が露わにされている。
もちろん、それが本当がどうかは分からないが、真偽などはどうでもよいのである。いかにもそれらしいことが書かれており、事情を知らない読者は納得してしまうのである。
 本書の主人公は渡紳一郎という作家で演出家である。冒頭から役者と脚本家が衝突して、脚本家が降りてしまった。慌てた興行会社が主人公に助けを求めてきたというところから始まる。この辺りも如何にもありそうな話しで、冒頭から読者を巧みに誘い込む。
 戦中に中国で活躍した男装の麗人「川島芳子」の生涯を舞台化したという設定である。ストーリーがかなり詳細に語られている。そこまで書かなくともよいのにと思ったのだが、実は違っていた。台詞がそのまま書かれている箇所も結構ある。これは不作為でそうしたものではなく、必要だったのだ。つまり、読者を舞台を観劇に来た観客として位置づけるためにだ。そうすることによって、小説にどっぷりとのめりこませるという効果が出てくるのである。
 すなわち、ストーリーとは直接結び付かない舞台の内容が読者の頭に入ってしまうのである。読者はまるで舞台を見ている観客である。殺人事件の解決に力が入れられているようにも見えるので、推理小説としても楽しめるし、楽屋裏の人間模様を垣間見ることもできるという楽しみもある。才能ある作家であることを改めて感じさせる作品であった。

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大和古寺風物誌 改版

大和古寺風物誌 改版

2008/07/06 21:35

大和の古寺を歴史観、宗教観を以って読者によみがえらせるロングセラー

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 先般、和辻哲郎の『古寺巡礼』を読んだのだが、連想したのが亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』であった。和辻の方も古寺巡礼とだけあるが、内容は大和の古寺巡りである。年代は和辻の方が30年以上古いものだが、亀井の方ももはや60年以上前の戦前に大和の古寺を訪れた際の随筆である。
 本書の場合、大和でも斑鳩を中心とした法隆寺、法輪寺、薬師寺、唐招提寺、東大寺などの有名寺院のみである。亀井はこれらの寺院を巡りながら、寺の伽藍などについて、思いを語り、仏像への親しみと執着について詳しく語っている。しかし、単なる寺巡りの記録ではなかった。
 斑鳩の地、寺院建立の歴史に思いをはせ、聖徳太子の偉業、聖武天皇の艱難辛苦を感じ取り、その感慨を記録したものであった。それも日本書紀や続日本紀を読んでの上である。ときには、古代史に関する感想と記述が多く、寺院とは離れた評論が多かったのである。
 和辻とは異なり、亀井は明確に宗教的な含みをその裏付けとしているし、そこかしこに寺の荒廃ぶりを嘆くところがある。亀井が見た荒廃は昭和17年頃という第二次大戦の戦中である。現在とは異なるので、どの程度の荒廃であったかは、文を読んだだけではよく分からない。
 それと同時に仏像に対する近年の扱いを嘆いている。近年とは戦前である。亀井は仏像が見世物になっているという。この当時仏像がどのように扱われていたかは分からないが、現在はさらに拍車がかかっているとは言えまいか。
 そういえば、最近薬師寺の薬師如来像の脇侍である日光、月光菩薩像が初めて寺を出て東京で展示されて話題となった。門外不出だった仏像である。寺を出て見世物になったといえば、これがその典型ではなかろうか。寺院の収入源となってしまったのだろうか。しかし、時代が違うといえば、それも正しい。寺院に寄進する檀家、檀林の存在はいまや名ばかりになってしまったのか。
 こうでもしないと寺院は荒廃するばかりであろう。幸か不幸か世界遺産ブームのせいか、仏像などの古代史跡や文化遺産に対する関心は高まっている。商業主義に走ったと批判するのはたやすいが、裏付ける財政がなければ荒廃する一途であることも確かである。
 すでに60年以上も前に書かれたものであるが、亀井の歴史観、宗教観と相俟って、古代の大和に触れられるロングセラーである。文芸評論家の随筆らしく、含みのある文章と内容であったと思う。

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鼓動

鼓動

2006/05/14 21:06

作家のショウケースとしても、エンターテイメントとしても価値の高い一冊

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 兄弟編の『決断』を読み、大いに気をよくした後早速本書を読み始めた。作家が違うだけで、警察小説の短編集であることに違いはない。
 推理小説とはよく耳にする言葉だが、警察小説などとは聞いたことがない。最近誰かが流行させたものか。わが国での推理小説は、欧米のように私立探偵という主人公の候補となりうるものがないので、捜査の面白さを出すとすれば、警察あるいは検察などにならざるを得ないのは理解できる。
 本書に収録されている作家は、大沢在昌、今野敏、白川道、永瀬隼介、乃南アサの5人である。それぞれ個性があって面白い。
 私は警察小説というジャンルはよく分からず、この5人の作品は一度も読んだことがない。
 大沢には新宿鮫などの人気シリーズがあるようだ。ここに収められている『雷鳴』は、短編の中でも短いのだが、その新宿鮫が登場する。推理小説らしい意外性もあり、楽しめた。切れ味の鋭い新宿鮫の活躍を読みたくさせるイントロとしてはスリムな傑作だと思う。
 白川の『誰がために』は、幸福から不幸へ突き落とされた警察官のストーリーである。主人公は弁護士に告白するシーンは、なかなか読ませる。偶然が重なり過ぎていて、有り得る話とはとても思えないが、それでも楽しむことができるのは、作家の腕前なのだろう。
 乃南の『とどろきセブン』は、新米の交番勤務警察官が主人公である。交番勤務は現場そのものなので日々想像を越す出来事があるはずである。それだけでも期待を抱かせるのだが、本編は地域住民との交流を軸に展開する。警察小説というよりは、地元に密着する警察官とその警察官を頼りにする地域住民との出来事をコメディ調に描いた作品で、捜査や事件らしいシーンはほとんどない。警察小説というジャンルも幅が広く、そこからまた新たにジャンルが出てきそうな予感を抱かせる。
 5作品はいずれも優れたエンターテイメントであったと思うが、全く知らなかった作家の作品に触れることができたのが収穫で、言わば作家のショウケースのようであった。兄弟編とも合わせて11名の作家と出会ったわけであるが、全てが気に入ったわけではないので、この中から次の書を選ぶと言う楽しみも加わった。

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ナミヤ雑貨店の奇蹟

ナミヤ雑貨店の奇蹟

2017/05/07 21:15

東野圭吾の真骨頂か?

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東野圭吾の今まで私が読んだ作品とはやや毛色の異なるものである。加賀シリーズなどの事件モノでそのアイデアが秀逸であることは認識した。本作品は事件や殺人などは出てこない。出てきてもあくまで添え物である。

 新聞やネットでも人生相談のコーナーはなくならない。想像であるが、読者の中にはこの質問を自分のものとして捉え、自分の人生に役立たせようという人が少なくないのであろう。近頃NHKのドラマで手紙の代筆を受けるという設定がある。いまどき手紙の代筆なんてと思うのだが、代筆なので、本人の事情をあらかじめ聴いておかなければならない。

 質の悪い代書では、そんな面倒なことをしないし、依頼する方もあまりプライバシーをさらけ出すことは避けたいと思う人が多いのだろう。しかし、ドラマはそうはいかない。代書を引き受けたからには本人の事情を聴いておかなければならない。このプロセス自体が人生相談を半ば手掛けていると言えなくもない。

 本書で登場するナミヤ雑貨店は雑貨店の方は、商売が繁盛せず、主人も老齢化したので閉店したのだが、どういうわけか人生相談の手紙を受けて、返事を返すという仕事を行うことになっていた。主人答えが面白いし、真面目に答えてくれるという評判をとり、悩みを打ち明ける人が増えてきた。

 これだけでも小説は成り立つような気がするが、東野はこのやり取りに時間を超えるというアイデアを加えたのである。人生相談の小説は探せば多いかもしれないが、降車のアイデアはないのではないか。SFのようなストーリーなのだが、誰もが楽しめるストーリーに仕上がっている。

 続編は望まないまでも、こういうアイデアは面白い。東野圭吾ならではの特徴がよく出ている。この意外性が人気の秘密なのかもしれない。

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