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「粗にして野だが卑ではない」 石田禮助の生涯
著者 城山三郎 (著)
三井物産に35年間在職し、華々しい業績をあげた後、78歳で財界人から初めて国鉄総裁になった“ヤング・ソルジャー”──自らを山猿(マンキー)と称し、欧米流の経営手腕を発揮した高齢のビジネスマンは、誰もが敬遠した不遇のポストにあえて飛び込む。問題の山積する国鉄の改革を通し、明治人の一徹さと30年に及ぶ海外生活で培われた合理主義から“卑ではない”ほんものの人間の堂々たる人生を、著者は克明な取材と温かな視線で描いた。ベストセラー作品を電子書籍化。
「粗にして野だが卑ではない」 石田禮助の生涯
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粗にして野だが卑ではない 石田礼助の生涯
2008/09/22 11:07
天性の相場師・石田礼助
15人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る
石田が「個人的蓄財には全く関心がなかった」がごとき、まるで石田という人物を理解していない書評が載っていたので、こうした誤解が蔓延するのを防止するため、あえて書評を投稿する。
石田礼助は東京商科大学(現一橋大学)を卒業し、三井物産に入社した、今でいう超エリートだった。総合商社の雄といえば今では三菱商事だが、戦前は違った。三菱商事なぞ、戦前の三井物産のライバルでもなんでもなかったくらい三井物産は他を圧するがごとき大商社だった(ちなみに商社などという汚らわしい会社は持たないことを家訓としていた住友財閥は、貿易はすべて三井物産に委託していたのである、戦前は)。だから三井物産に入社することは当時も超エリート大学だった東京商科大学といえどもそう簡単には就職できなかったのである。当時の三井物産のプレゼンスはそんじょそこらの会社とは違ったという。「ミツイ、インザマーケット」という噂が広まったとたん、世界の大豆相場が乱高下を始めたというくらい、三井物産の市場支配力は高かったのである。
超エリート大学から超名門企業三井物産に就職した石田だったが、石田は物産の中でも異質な存在だった。常に「動くものが好き」と公言し、小豆でも大豆でも小麦でも鉄でも相場なら何でもやった。そして破竹の快進撃を続けた。石田がその名を歴史に残したのは、三井物産のシアトル支店長として第一次大戦のアメリカに赴任した時である。ドイツによる無制限潜水艦戦争宣言を知るや否や、世界中で無差別に輸送船が撃沈され船腹の相場が跳ね上がると予見した石田は、当時零細な一支店にすぎなかったアメリカの片田舎のシアトルから世界に号令を発する。「世界中の船という船を借り上げろ」「世界中の造船会社に船の製造注文をだせ」
この石田の相場は大当たりする。なにしろ三井物産全体の利益の多くを石田のシアトル支店が上げ続けたのだから。しかも撤退も見事だった。戦争の終了をいち早く予見し、船で相場を張るのを早めに手じまいしたのだから。
しかし、「エイブルマンはいないか」を合言葉に「俺が相手にする奴は仕事のできるやつだけだ」と社内で放言する石田を物産は冷遇する。石田は結局三井物産の社長にはなれないのである。そして石田は引退し、国府津に広大な山林を購入し「悠々自適」の隠居生活に入る。
物産を退職したあと、当時はまだ優良企業だった日本国有鉄道の総裁に「民間から」就任した石田礼助なる人物を発掘したことは、城山の功績である。
城山三郎の悪いところは小説の主人公を西郷南州ばりの「地位もいらずお金もいらず」みたいな人物像に「粉飾」することである。広田弘毅みたいな反米反白人のアジア主義者で軍部の中国侵略に大アマで日本を国際社会における孤立へと導いた「無責任政治家」を「清廉で潔白。従容と東京裁判の不当判決を受け入れて死を選んだ大政治家」みたいに描いてしまう。
確かに石田は引退したが、彼の相場好き、ギャンブル好きからは生涯卒業できなかった。隠居しながらも彼は証券会社に電話し続け株で儲け続けるのである。経団連で財界の集まりがあってある会社の社長から今度の有望な新規事業についての内訳話を聞いたりすると「今の話ホントか」と叫んでは席を立ち、公衆電話から証券会社に電話してその会社の株を大量に買ったりしていたという(今ならインサイダー取引でしょ、これ)。それに当時の三井物産の管理職の退職金は我々の想像を絶するもので、退職金で家が20軒買えて、それを貸家にして家賃で暮らしたという話もあるくらいだ。まして物産の副社長まで上り詰めた石田は、ありあまる金を身にまとって老後を送っていたことは想像に難くないのである。
粗にして野だが卑ではない 石田礼助の生涯
2008/09/21 09:48
ベストセラー小説。文庫化されていたので
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:龍. - この投稿者のレビュー一覧を見る
ベストセラー小説。文庫化されていたので、読んでみました。
第5代国鉄総裁石田禮助の物語。
ビジネスマンとしても人生を考えても晩年と言える78才総裁職に就任し、国鉄の経営に心血をそそいだ人物伝。
正直言って、石田という人物を、この小説を読むまでは知りませんでした。ビジネスマンとして決して有名というわけでもないようです。しかし、小説を読んでみると「昔の日本のビジネスマンは骨太の人が多かった」という印象が残ります。
「勲章を断るのは・・・マンキーが勲章を下げた姿、見らせやせんよ」
つまり、粗にして野なのだそう。しかし、卑ではないということ。卑というと、卑屈なという意味。人間としての生き方がこの言葉に凝縮されているような気がします。
個人的な蓄財は、当たり前のように無関心。さらに名誉欲もなく、ただひたすらに仕事をする。人のため国のため。
私を含め現代のビジネスマンにこのような意識をもっている人がどのくらいいるか?とても疑問です。「昔はよかった」というフレーズは使いたくないけれど、今のビジネスマンの成功は、お金に裏打ちされたものが多いのが事実。
かっこ見た目は悪いけど、中身は堂々としていたい
http://blog.livedoor.jp/c12484000/
粗にして野だが卑ではない 石田礼助の生涯
2007/04/21 20:20
心を鉄筋にするということ
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:くにたち蟄居日記 - この投稿者のレビュー一覧を見る
出張の機内で読み始めた。大変読みやすい本で あっという間に読み終えた。
読んでいて 最近人気の白川次郎を思い出した。白川ほどのエリート生まれではない分 石田の方が泥臭い。但し その泥くささは 実は「泥をかぶってきた」という面が見えて大変面白かった。白川の方が やはりお坊ちゃんであったのだと思う。
本当の石田が かように格好良い人であったかどうかは 僕にして知りようが無い。但し 読んでいて 石田が 本書に書かれていた通りの人であることを強く祈ったものである。それほど 明治生まれの気骨を強く感じた次第だ。
最近 「骨太」「鉄骨」等 骨という感じを使うものが増えた。それだけ僕らに骨がなくなってきたのだと思う。体の骨は時として脆くなるが 心の「骨」は 骨粗症になるべきではない。そんな城山のメッセージを強く感じた。