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ヨーゼフ・メンゲレの逃亡
ヨーゼフ・メンゲレ、アウシュヴィッツ絶滅収容所に移送され、降車場に降ろされたユダヤ人を、強制労働へ、ガス室へと選別したナチスの医師。優生学に取り憑かれた彼は、とりわけ双子の研究に熱中し、想像を絶する実験を重ねた。1945年のアウシュヴィッツ解放時に研究資料を持って逃亡。その後、49年にアルゼンチンに渡った彼は、79年にブラジルの海岸で死亡するまで南米に潜み、捕まることも、裁かれることもなく様々な偽名のもと、生き続けたのだった。そして、その死が遺骨のDNA鑑定によって確認されたのは90年代になってからのことだ。なぜメンゲレは生き延びることができたのか? 彼は、どのような逃亡生活を送ったのか? 謎に満ちた後半生の真実と、人間の本質に、ジャーナリスティックな手法と硬質な筆致で迫った傑作小説。ルノードー賞受賞作。
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ヨーゼフ・メンゲレの逃亡
2019/05/26 04:39
表紙右下に羅列された名前は、メンゲレが逃亡中に使っていた偽名。
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:かしこん - この投稿者のレビュー一覧を見る
ヨーゼフ・メンゲレといえば、アドルフ・アイヒマンとよく対比されるナチ逃亡犯。
以前、『マイファーザー』という映画も観ましたが、あれは息子から見た父・ヨーゼフの話だった。
彼の逃亡中のことについては謎が多いイメージなので、物語を逆につくりやすいのかなぁ、とぼやっと感じていましたが、かなりドキュメンタリータッチの“ノンフィクション・ノベル”(カポーティの『冷血』のような)でした。
1945年、アウシュヴィッツ解放時のどさくさに紛れて研究資料を持ち出して逃げ出した、優生学を金科玉条にしている医師ヨーゼフ・メンゲレは、名前を変えてアルゼンチンへ渡る。その後、南米を流転しながら潜伏し、追手から逃れたまま79年にブラジルで死亡する。公開裁判にかけられたアイヒマンと違って、何故彼は逃げ通すことができたのか? その間、彼はどんな生活を送っていたのか?
本編が250ページなく、章立ても81と各章が短いにもかかわらず、一文の情報量と書かれていない行間から感じられることに「おおっ!」となること多く、序盤は結構早めに読めたのだが、だんだんじっくり読み込まずにはいられなくなってきて、このページ数にしては時間がかかった。
訳文が読みにくいということはない。むしろわかりやすく短い文章でリズムよく畳みかけてくるような感じなのだが、それ故に読み逃すところがあってはならないとこちらが過剰に神経質になってしまって。
メンゲレが見つからなかったのは、彼が特別な大きな力に守られていたからではなく、ただ追う側の状況が整ってなかっただけ、というのは・・・なんだか肩透かしですね。それもまたアイヒマンとの対比になるわけだけど。
アイヒマンは<凡庸な悪>と言われた。 ではメンゲレは?
「自分は言われた通りのことをしていただけ。 悪いことだと思ってやっていない」というのはこの二人に共通の認識なのだが・・・メンゲレは自分の手でメスを持ったからね。助手(というか部下?)によりひどいことをさせていたけど、双子を自分で選別し、どういう方法をとって調べるのか決めていたわけで・・・それってもう、「悪のマッド・サイエンティスト」そのままだよ。
後半の読みどころは息子のロルフがブラジルの父のもとに会いに行く場面。
映画『マイファーザー』とは逆の視点で描かれるため、よりロルフの苦悩は強くなりつつも、彼の本心は見えづらい。親と子だからって関係ないとは言い切れないからこそつらい・・・まして相手は遺伝がなにより重要という相手だもん。家族であるからには見捨てるわけにはいかない、という常識に縛られてしまってて、ヨーゼフはそんな苦しみにも気づかずにつけこめるところに全部つけこむ。それは相手が息子だけではなく、出会うすべての人たちに。
裁判を受けずに寿命まで逃げ切った、と思われがちだけど、それが恵まれたものだとはいえないと感じられるのはあまりに<宿命>的でしょうか。
勿論、これは事実そのものではない。取材したりのちにわかったことをつなぎ合わせて、いかにも事実のように、できるだけ事実に近づけるようにまとめられたもの。100%か0か、で決められるものではなくて、グレーな部分をどこまでと見るかだけど。
ゴングール賞をとれなかった作品の中から選ばれるルノードー賞を受賞し、さらに賞の中の賞(プリ・デ・プリ)も受賞したというまさにフランス文学最前線。
歴史小説でもあるのだけれど、それが<広義のミステリ>というジャンルにくくれるのがうれしい。