新訂 福翁自伝
明治三十年,福沢は六十年の生涯を口述し,のちその速記文に全面加筆して『自伝』を書きあげる.語るに値する生涯,自らそれを生きた秀れた語り手という希有な条件がここに無類の自伝文学を生んだ.近代日本の激動期を背景に,常に野にあって独立不羈をつらぬいた精神の歩みが大らかに語られている. (解説 小泉信三・富田正文)
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評価内訳
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福翁自伝 新訂
2002/11/09 01:07
これを読むと、福沢諭吉という人は、ほんと何もしてないという感じがする
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:くるぶし - この投稿者のレビュー一覧を見る
これを読むと、福沢諭吉という人は、ほんと何もしてないという感じである。それも意志的に何もしない。明治維新の前後を生きた人だから、その間にはすごぶる事件という事件があったはずだけど、まず事件あるところに福沢なし。けれど、どこか辺境の山奥に篭っていた訳でもないのだから、それどころかおよそ時代の最先端のところにずっといたのだから、これは奇妙である。今読んでも、そうなのだから、当時もそう思われた。これはほとんど、その言い訳のような本である。
この本を読むと、福沢諭吉という人はまるで偉くないような気がしてくる。自伝だから、自分で自分のことを著しているので、ことさらに謙遜しようと思えばできないことはないが、彼は自慢だってしてる。それも、ほとんど飲み屋の気のいいおやじのような自慢みたいで、稚気に飛んでいて、ほとんどばかばかしくって好きだ。アメリカで15歳の女の子と一緒に写真を撮ってそれを自慢したとか、ロシア人に「日本に帰るな、ロシアにいてデッカイことやれ」とスカウトされた話とか、子供の頃から酒には底なしだとか、洋書を読んで実験がしたくてしたくてたまらない、馬のひづめからアンモニアと作ろうとしたら、これが臭くて臭くてたまらない、近所からも文句が出るから、小舟を借りて実験器具を積み込みそこで実験、川岸から臭いと叱られれば舟を河上へ、河上で臭いと罵られれば舟を川下へ、とまあこういうバカなことばかり書いてある。最後のくだりを「感心な実験精神の現れ」と感動してみせる人がどこかのサイトにいたが、福沢諭吉を最初から偉いとおもって読みにかかるからそうなるのであって、虚心に読むならここは笑うところだ。むしろむやみに有り難がるのは、福翁の意に叶わぬところだろう。虚心に読むなら、ここもかしこも笑うところである。
事実、歴史を何か英雄の引き起こした事件の連なりみたいに考えることを、福沢諭吉はそこかしこでしっかりと戒めてる(たとえば『文明論之概略』)。
さて慶應義塾というのは福沢諭吉が興した学校だが、それが三田に越す経緯というのが、福沢が病後で、神経過敏になってるのか気のせいなのか、とにかくなんだかいやな臭いがする。それで引っ越そう、福沢先生が引っ越すなら、塾も引っ越そうではないか、というのが事の始まり。アンモニアの小舟と同じに、要するに「臭い」のせいである。
福翁自伝 新訂
2008/02/03 14:53
福翁自伝
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:helmet-books - この投稿者のレビュー一覧を見る
僕は今年で24歳なのだが、
これを24歳で読めたのは、かなりよかったように思う。
小さくまとまっていた自分が恥ずかしくなった。
内容は福沢諭吉が速記者を前に、
口述した彼の人生の話。
鎖国時代の、尊王攘夷を唱えていた時代に、
海外に渡り、開国の為に尽くしていたこと。
開国主義を唱えることは、命をも狙われるということを意味するのだが、
それでも時代の維新にかけられる人の潔さ。
慶応義塾を設立し、改革的教育スタイルで、
人を驚かせ、結果多くの人に感謝されたこと。
あの時代に居たであろう、
勝海舟や徳川家なんか比ではない程大きい人だと感じた。
粗暴な感じの少年時代だったようだが、
その時代、兄に語った彼の夢というのが、
「日本一の大金持ちになって思うさま金を使うてみようと思います。」
ということだった。
やはり日本貨幣の象徴、
YENの一万円札を飾れるのをコノ人しか居ないと思った。
helmet-books