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ダイヤモンド・エイジ
近未来、ナノテクの発達により、文明社会は大きく変貌していた。世界は国家ごとではなく、人種・宗教・主義・趣味などを共有する者の集まりからなる、多種多様な“国家都市”に細分化されている。上海の貴族フィンクル=マグロウ卿は、孫娘の教育用にナノテクの枠をきわめた初等読本の作製を依頼するが…ダイヤモンドをはじめ、すべてをナノテクで作りだせるようになった近未来を描く、ヒューゴー賞・ローカス賞受賞作。
ダイヤモンド・エイジ 上
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紙の本ダイヤモンド・エイジ 上
2006/05/27 22:48
ダイヤを作るモノ、ダイヤに等しきモノ
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:シノスケ - この投稿者のレビュー一覧を見る
ナノテクの発達は人類社会に変容をもたらした。国家という集合概念は崩れ去り、人種や宗教、おのおのの主義主張から分分派し細分化されていた。マフィアのピザ屋とタクシー+剣士という突拍子もない仮想世界を組み立てたのは『スノウ・クラッシュ』だったが、やはり国家ではない集合体が幅を利かせ、特にアメリカの扱いは相当ひどかった気がする。本作ではそもそも国というまとまりがなく、同じ都市部の中でも派ごとの明確な境界や、人々の扱いの違いが目立つ。
さて、物語はある部族の有力者フィンクル・マグロウ卿が最愛の孫娘のために、ナノテクの真髄からある書物の作成を依頼することから始まる。初頭読本(プリマー)と呼ばれることになるそれは、子供の精神を大きく開花させ、貴族らしい思考と意思の力を開発する。作成を命じられたハックワースは、自らの娘にもその本を与えるべく不正な方法を用いてコピーを作り出すことに成功するが、肝心の本は不幸な事故から兄と暮らす貧民ネルの手に。幼い少女は本を手にしたことで世界の変容へと巻き込まれ……
ネルの読む本の物語がお話としては実は肝要で、そこに作者の主張が明文化されている分親切な作品なんじゃないだろうか。それぞれの視点が交わることもなく、思惑も重ならず、ただ共有社会の厳しい束縛と社会としての慣性が分化しているようで面白い。その中でネルの持つプリマーが彼女の幼少体験にどんな役割を果たしていくのか。ナノテク自体はかすみがちだけど、科学的魔法の域に達していても必要なものは現代と変わらないんじゃないか?
紙の本ダイヤモンド・エイジ 下
2006/05/30 22:32
ナノテクがもたらしたものは。
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:シノスケ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本の形状をしたインタラクティブ・ソフト<プリマー>はこの世にただ一つのはずだったが、フィンクル=マグロウ卿の意図とは裏腹に技術者ハックワースが不正にコピーし流出してしまった。ハックワースが娘のために与えるはずだったそれは、貧民外で暮らす少女ネルの手に渡り、そこでプリマーと交流を深め、教育を受けたネルはついに家を飛び出すが、そのプリマーがふたたび世に出たことで様々な思惑が絡み合う。ネルと、知らず知らずのうちに彼女の母役となったミランダ、ハックワース、そしてドクターX……。ナノテクは世界の改変をもたらしたが、ナノテクの粋を極めたプリマーは果たしてどんな変化をもたらすのか。
3人の少女に、同じプリマーを与えても違った結果となる。ひとりはフィンクル=マグロウ卿の思惑通りの人格を形成するが、他の二人はまた違った人間となった。果たして問題はどこにあるのか。その成長の差は一体どこから来るのか。簡単な回答としては、いつも気遣ってくれる母親の存在だろう。しかし、そもそも片方が良くて片方が悪いという問題でもない。それでも、ナノテクを通じ、さらに血が繋がっていなくても、間に何らかの情愛が芽生えたという単純な話では終わらせたくない。西洋も東洋もごたまぜにした背景と、尖がっていてかつ洗練された人間関係は魅力的。
ストーリーそのものは実は弱いので、あくまでネルを中心にそれを取り巻く周囲の環境と雰囲気を黙って楽しめばいい。芋虫が蝶へと変身していく様は、近未来の雰囲気の中でもやはり力強く美しいのだ。