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さよならドビュッシー
著者 中山七里
祖父と従姉妹とともに火事に遭い、全身大火傷の大怪我を負いながらも、ピアニストになることを誓う遥。コンクール優勝を目指して猛レッスンに励むが、不吉な出来事が次々と起こり、ついに殺人事件まで発生する……。ドビュッシーの調べも美しい、第8回『このミス』大賞・大賞受賞作。
さよならドビュッシー
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さよならドビュッシー
2011/07/04 07:22
心の中がドビュッシーのアラベスクで満たされる
13人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:道楽猫 - この投稿者のレビュー一覧を見る
行間から、
ピアノの音が確かに聞こえた。
ピアノは、小さい頃から今に至るまで、私にとってずっと憧れの楽器である。
小学生の頃、ピアノが弾きたくて弾きたくて、でも貧乏だった我が家ではピアノを習うなんてそんな贅沢が許されるわけもなく、私は、近所からいただいた中古のオルガンをブーカブーカ鳴らしてピアノを弾いているつもりになって悦に入っていた。
今の私は知っている。ピアノという楽器は、もちろんそんなに簡単に弾きこなせるほど生易しいものではないということを。
解説者は"スポ根"と評していた。
確かに、火事で大火傷を負い、ほとんどの皮膚を移植するはめに陥った主人公が、最終的にピアノコンクールに出場するに至る過程は、実に過酷なものだ。
しかしそこには、単なるスポ根とは違う、きちんとした(かどうかピアノを習ったことのない私にはわからないが少なくともそう思わせるだけの)理論の裏づけがあり、"努力と根性"だけで何事かを成してしまうというような荒唐無稽なお話ではない。
そしてこの物語は、秀逸な叙述ミステリーでもあるのだ。
ミステリー読みなら、この程度のトリックには気付かなきゃ、と思う方も多いだろう。
だが私は気付かなかった。
あの犯人のことは、もちろんわかった。で、ミステリーとしては凡庸だなと思っていた。
ところが、なのである。
気を付けて読んでいれば、ところどころのエピソードに違和感を覚えて当然なのに。
うっかり、ピアノのほうにばかり気を取られていて、見事に作者の策略に嵌ってしまった。
今から思えば…そうだよね、おかしいよね。なんで気付かなかったのか。うーん悔しい。
でもそこに気付くと、物語はまた違う輝きを放ち始める。
主人公の、そこに至るまでの想い、葛藤、苦しみ、そんなものが一体となったクライマックスは圧巻だった。
主人公が目指していた、聴衆に風景を見せることの出来る演奏が見事に再現されていた。
確かに私にはその時ドビュッシーのアラベスクが聞こえたのだ。
ただ、なんだろう。登場人物には、ミスリードとは違った意味で違和感のある人物が多かった。
お祖父ちゃんにしてもみち子さんにしても、何故か台本をしゃべっているような作り物感が満載なのだ。
特にみち子さんは、それまで全くと言っていいほど人物描写がなく、イメージが固まっていないところにいきなり滔々と方言で語り出すので、「この人どうしちゃったんだろう?」とビックリしてしまった。
そりゃ、作者にはちゃんとしたイメージがあってのことだろうが、読み手にはきちんとそれを文章で提示していただかないと伝わらないし、違和感が募るだけで感情移入ができなくなるよ。
それと、もうひとつ。
「車椅子に乗ってる人がくると、みんな一斉に道をあけ、見て見ぬふりをする。」
というくだりがあり、それは確かにそうなんだろうけど、その理由として
「みんな関わりたくないんだ」
と切って捨てる。
けれどそうだろうか。
中にはもちろんそういう人もいるだろう。でも、みんながみんなそんなんじゃないと私は思う。
「儀礼的無関心」という言葉がある。
電車の中で泣いている人を見かけたとき、どうしたんだろうと気になりつつも必要以上にそちらを見ず、気付いていないふりをする、というのはみんなごく普通にやっていることだろう。それはある種の思いやりである。
明らかに相手が困っていれば手を差し伸べる。邪魔だろうから道もあける。けれどもそれ以上はお節介になる可能性があるし、ジロジロ見るのは明らかに失礼だろう。だから見ない。
でもそれは決して「関わり合いになりたくない」からではない。私はそれは一般的な思いやりなのだろうと理解している。
なので、この部分については、私は大いに異議を申し立てたい。
…すこし熱くなり過ぎた。
クールダウンクールダウン。
タイトルの「さよなら」の意味は最後に明かされる。
けれど、それは決して悲しいだけの言葉ではなく、希望に満ちた未来への約束の言葉でもあった。
涙が一筋こぼれ、読後もずっと心の中にドビュッシーが鳴り響く。
このシリーズを、もっと読みたいと思った。
さよならドビュッシー
2012/03/30 22:57
目で楽しめる音楽
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あま~いてんぷら - この投稿者のレビュー一覧を見る
初めて読む作家さんなのに、ジャンルを一切知らずに読み始めていました。
というより、作品の出だしがミステリーであるという雰囲気が薄く感じたので、物語の中盤までミステリーであることに気付きませんでした。(作者様、ごめんなさい。)
読み始めから中盤までは、「火事の被害にあった少女の奮闘記」的なものだとばかり思って読んでいました。
音楽の世界を描いていますが、演奏シーンや曲の情景といった表現が非常に豊かで、もともと好きだった「月の光」をもっと好きになることができました。
音楽の知識があまりなくても楽しめますが、読んでいるうちに“この表現を理解したい”と思い始めると、自分自身の音楽知識の乏しさに、残念な気持ちになりました。
読み終わる頃には、もし叶うならば、岬洋介という人に会ってみたい、彼の演奏を生で聴いてみたいとさえ感じていました。
さよならドビュッシー
2011/02/09 18:14
まさかの展開に翻弄されまくり!面白い!
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ひろし - この投稿者のレビュー一覧を見る
資産家の優しい祖父を持つ16歳の少女、遥が主人公の物語。ピアノの才能に恵まれ、新しく始まる高校生活に胸膨らませていた。従姉妹で同じ歳のルシアが天災で両親を亡くし、一緒に生活するようになる。ルシアもピアノを趣味としていて仲も良く、姉妹とライバルが一緒に出来たようで嬉しい・・・。といった序盤だけを読むと、かの「のだめカンタービレ」を彷彿とさせるような、少女が音楽と一緒に成長していく・・・みたいな物語か思いきや。ところがところがこの物語は、その序盤で驚愕の大転回を見せるのである。演劇に例えるのはどうかと思われるけれど、例えるなら舞台上に設置された春のうららの美しい書割を、一瞬にして叩き割ってぶち壊して、明るかった舞台を一気に暗転させてしまうような、そんな展開を迎えるのである。
そしてある意味地獄に落とされた主人公の少女は、それこそ命がけ、「自分の存在全てをかけ」て音楽と取っ組み合うようにして毎日を生きていく。この部分は、とかくクラシック好きには堪らない読み応えが有る。ベートーベンやショパン、ドビュッシーといった作曲家たちの名作の解釈、ピアノの練習シーンでのリアルな見解。どこを読んでもわくわくと胸躍るばかりである。
そして物語はこのまま、少女の音楽世界での成長と成功を描いて行くのかと、思いきや。何と物語は、最後にもう一度ひっくり返るのである。予想だにしない結末に、何しろ驚かされた。そしてひらりと舞い落ちる美しい一片の花びらのように、タイトルの「さよならドビュッシー」が提示されて物語りは終る。そのタイトルの意味が分かった瞬間ぞぞぞと鳥肌が立ち、万感の思いと共に「うまい!」と思わず声が出てしまった。久々にぐわんぐわんと翻弄された作品。ぜひ巻末なども読まず前知識をあまり入れずに、ずば!っと読み始めて欲しい作品です。