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2件
ひゃくえむ。新装版
著者 魚豊(著)
100mだけ誰よりも速ければ、どんな問題も解決する── ◇『チ。-地球の運動について-』の魚豊、“全力疾走”の連載デビュー作!! 「100m走」に魅せられた人間たちの、狂気と情熱の青春譚!!
少年トガシは生まれつき足が速かった。だから、100m走では全国1位だった。「友達」も「居場所」もすべて“それ”で手に入れた。しかし小6の夏、トガシは生まれて初めて敗北の恐怖を知った。そして同時に味わった、本気の高揚と昂奮を──。100全力疾走。時間にすれば数十秒。だがそこには、人生すべてを懸けるだけの、“熱”があった。
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ひゃくえむ ジョウ 新装版 (週刊少年マガジン)
2022/06/13 01:32
熱に浮かされた者たち。
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ゲイリーゲイリー - この投稿者のレビュー一覧を見る
それに何の意味があるの?何かメリットがあるの?それで何が解決するの?無駄じゃないの?
そうした言葉は常識や規範という看板を背負っており、耳を傾けない者は愚者の烙印を押される。
しかし本当に愚者なのだろうか?
損得勘定だけでは計り知れない胸の内に渦巻く苛立ち。
納得しようと自分に言い聞かせても決して消えない悔しさ。
そうした想いや感情を常識や規範で抑圧するのか、それとも自身の内なる声に耳を傾けるのか。
どちらが正しいとかではなく、どちらを選択したいのかこそが重要であり、そしてその選択権は常に自身の手中にある。
もちろん、内なる声に耳を傾けることには恐怖を伴う。
外部の声に従う方がはるかに楽で安全だからだ。
しかし本作を読めば、そんな甘い考えは吹き飛ぶだろう。
自分の人生の舵を環境や他人に委ねるのではなく、自身の手で掴み取ること。
そのことでしか得られない高揚感を、本作は圧倒的な熱量で表現することに成功している。
内なる声に耳を傾け、熱に浮かされたとしても何の意味もなければ何も解決しないかもしれない。
ましてや他人や環境が変わるわけでもないだろう。
しかしそれでも、自分だけは必ず変わる。
自分の役割、自分の人生に対する決定権を自らの手に取り戻せるはずだ。
「チ。」で名を馳せた魚豊氏は本作でも私たちに問いかける。
快適な自己否定に留まるか、内なる声に耳を傾け自己肯定へと一歩踏み出すか、と。
ひゃくえむ ゲ 新装版 (週刊少年マガジン)
2022/06/15 22:43
陸上に人生を捧げた者たちの生き様。
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ゲイリーゲイリー - この投稿者のレビュー一覧を見る
承認欲求を満たすため、他者評価のために走るトガシ。
記録だけに執着し、自己評価のために走る小宮。
彼らは対極であると同時に表裏一体の存在でもある。
そんな彼らの「何のために走るのか」という問いは、「何のために生きるのか」という問いへと形を変え、私たち読者の心を揺さぶる。
そう、本作は陸上競技を描いた作品ではない。
陸上競技に人生を捧げた者たちの生き様を描いた作品なのだ。
だからこそ本作の持つ熱量に私たちは感化され、一つ一つのセリフに私たちの心は射貫かれるのだろう。
これまで他者評価のために走ってきたトガシは、初めて自分のために走る。
一方の小宮は、初めて対戦相手という他者の存在を認識して走る。
勝利と敗北、希望と絶望、そして自己と他者。
そうした二項対立から解放された先に待ち受ける景色を、私たちは生きている間に何度味わうことができるだろう。
「チ。」でもそうだが、著者は真剣になることができる一瞬を、命を懸けることができる人生を肯定してくれる。
死や現実を恐れる余り身動きが取れなくなってしまった人生ではなく、人生なんぞくれてやると言わんばかりの大胆さと信念を持った人生を。
そんな著者の作品を読むと、避けられない死を前にしても怯むことはないのだと思えてくる。
幸福さとは、死なんかには奪えやしない。
だったらどこまでも真剣に自らの人生を歩んでみようじゃないかと、そう思わせてくれる作品だ。