紙の本
人の情を面白く切なく暖かく怪しく描いた11編
2010/01/27 19:03
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
時代小説9編ほか、『豹』『麦藁帽子』の現代小説2編を含む全11編。
どれも人の情を多彩に繊細に描き、人それぞれの情の働きが流れ込んでくる作品ばかりである。
特に印象に残っている作品をピックアップ。
『おもかげ抄』
長屋の住人に甘田甘次郎と陰口を叩かれるほど、女房に甘い鎌田孫次郎。
実は、妻は三年前に死去し、幸せにしてやれなかった妻を思い、生きている時のように語りかけているのだった。
そんな孫次郎に心打たれた沖田源左衛門は、仕官の話を持ちかけ、娘の小房を孫次郎に紹介する。
亡き妻への哀惜と誠を尽くす孫次郎の思いが、切なく暖かく、そして源左衛門の孫次郎を見る強く暖かい眼差しを描いている。
茶の席で出された菓子を見て孫次郎が目を潤ませた、その悔恨と尽きない愛慕に胸を熱くさせられる。
本書中いちばん気に入っている作品。
『風流化物屋敷』
化物屋敷と言われている屋敷に御座(みくら)平之助という若侍が引っ越してきた。
隣家に棲むとみは、不思議や不可解な事が大好きで、隣の化物屋敷にも興味津々。そこに突然人が引っ越してくるというので、とみは子どものように興奮している。
やがて平之助は化物屋敷に現れる化物たちに遭遇し、とみは平之助の話す遭遇話しが楽しくて仕方がない。
ややとぼけた平之助と化物たちのやり取りが面白く、とみのやや妄想気味のキャラクターもこの物語の味になっている。
この作品を読んで真っ先に気づくのが改行のほとんどない事。
全九章ある中で一つの章すべて改行なしがほとんどで、長々と連なる文章が独特の連続したリズムを作り出して、読者をたたみかける。
話が面白いので、改行がなくても苦しまずに読むことができる。
『人情裏長屋』
飲んだくれの浪人松村信兵衛は、仕官をする気はまったくなく、金が無くなると剣の腕を活かし、道場破りすれすれの事をして金を巻き上げているが、人情は人一倍あり、長屋のみんなから慕われている。
ある時、長屋に越してきた子持ちの浪人が、将来子どもを育てるための仕官を目指すので子どもの養育を頼むと、子どもを残し去っていった。
憤慨しながらも、長屋の娘おぶんの助けを借りながら、子どもを育てる信兵衛。
やがて仕官を果たした浪人が、子どもを引き取りに来たと長屋に現れた。
仕官をする気がまったくない信兵衛が、おぶんの助けを借りながら子どもを育てる様子と、信兵衛に生まれてくる父性が微笑ましい。
浪人と子どもに影響されて、ある決心をするラストがよい。
『泥棒と若殿』
成信は、家中の政争により廃屋に軟禁されている。
そこに伝九郎が泥棒に入るが、廃屋の酷さや、訳あって何日も飯を食べていない成信の人柄に惹かれ、伝九郎が成信を養っていくという奇妙な生活が始まる。
やがて成信は、自分を政争の道具にしかしない家を捨て、伝九郎と暮らしたいと思い始めた。
家のごたごたに嫌気がさしている成信が、人間の生活に満ちている伝九郎との生活を夢見るようになっていく様子が見所。
伝九郎との生活を夢見た若殿に、家臣たちの生活を背負っているという現実が迫るラストは切ない。
『雪の上の霜』
常に人の事を優先し、人の幸せのためなら自分は損をしてもかまわないという性格の伊兵衛と、そんな夫が好きな妻おたよの物語。
最後はやっぱり良い事をして損をするが、おたよはそんな夫がやっぱり好きなのだ。
紙の本
鶴田真由快演で好評のNHK「ゆうれい貸します」の原作者が、山本周五郎と知って驚いた人、原作「ゆうれい貸屋」を収めた本書を手にとってもう一度驚こう。
2003/06/24 10:36
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:拾得 - この投稿者のレビュー一覧を見る
コミカルでテンポの良い人情ものの時代劇「ゆうれい貸します」を、「鶴田真由さんってきれいなんだなぁ」と見ていたら驚いた。「原作、山本周五郎」とクレジットが流れるではないか。山本周五郎=『さぶ』の印象が強すぎた評者にとって意外だったからだ。早速、原作「ゆうれい貸屋」を収めた『人情裏長屋』を探し出して手に取った。
「もちろん」と言うべきだろう、番組と原作とはかなり違う。共通しているのは、弥六とお染とが「ゆうれい貸屋」を開業することと、世の中には成仏できなくてゆうれいになる者が少なくないこと、彼らが成仏するには身内の者に供養される必要があること、の三点くらいである。
しかし、そこが脚色の妙というべきか、それとも原作者の腕なのだろうか、それが気にならない。むしろ、「滑稽もの」と呼ばれる作品群を収めた本作品集からは、番組が作り出しているのと同じ雰囲気が湧き上がってくる。人情を扱ってお涙頂戴が自己目的にならず、生きていくことの滑稽さを描いて軽くなりすぎはしない。「生きてるって素晴らしい」などと言う気はないけれど、「生きているのもそう悪くはないことだよ」とは言ってみたくなる。
1950年に発表された本作が、21世紀の現代に活き活きと蘇ったことを素直に楽しみたい。
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滝田さんが長屋に住む浪人・松村信兵衛役で出演したTVドラマ「柳橋慕情」の原作本。しっとりとした良いドラマでした。
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居酒屋でいつも黙って一升桝で飲んでいる浪人、松村信兵衛の胸のすく活躍と人情味あふれる子育ての物語『人情裏長屋』。天一坊事件に影響されて家系図狂いになった大家に、出自を尋ねられて閉口した店子たちが一計を案ずる滑稽譚『長屋天一坊』。ほかに『おもかげ抄』『風流化物屋敷』『泥棒と若殿』『ゆうれい貸屋』など周五郎文学の独擅場ともいうべき"長屋もの"を中心に11編を収録。
【感想】
http://plaza.rakuten.co.jp/tarotadasuke/diary/200505100000/
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昨日眠たい帰り道 KIOSKで本を買った
なぜか目に飛びついた 人情裏長屋 山本周五郎である
何年か周期で 時代小説や落語ブームが私の中に去来するのですが。今年がそうらしい
帰ってひと寝りして こんな時間に本を読んでるわけだが
いいね 下町
「あんた」 「おまえさん」 「飴ん棒う」
「―ってー始末だ」「ちょいと旦那」 「粋だねー」
なんて言葉が溢れてる。 なんか幸せになるな。
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2007年5月に歌舞伎座昼の部で坂東三津五郎の若殿と尾上松緑の泥棒で上演された「泥棒と若殿」の原作が読みたくて探した本。お家騒動の内紛で幽閉されてその日の食料にも事欠き餓死するかもしれないと武士の世界に絶望しかけた若殿と、お人好しにもつい彼に食料を運んでくるようになってしまう泥棒との話で、非常に原作に忠実に舞台化されていることがわかる。山本周五郎はいい話ばかり書いているわけではないけれど、これは表題作を含めて大半が結末の温かい話を集めていて読後感がいい。講談調の語り口の楽しい「風流化け物屋敷」などもなかなかいいですよ。
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短編集でしたが、どの話も面白かったです。ゆうれいとの掛け合いがおかしくって大笑いしました。面白さというのはいつの時代も変わらないのだな、と心が和みました。
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笑わせる話、熱くなる話、スッとする話、怖い話…
いっぱい作品が詰め込まれているけれど、
この話のほとんどが、立場的に庶民(もしくはそれに満たない人々)
と言える人たちによって織り成されるのが良いです。
まさに大衆のための小説。
「泥棒と若殿」「雪の上の霜」あたりが個人的には好きだったかな。
笑ったのは「風流化物屋敷」と「長屋天一坊」。
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11の短編集。
その中で一番良かった作品は、「ゆうれい貸屋」。ゆうれいを使って一儲けしようとする男の話。笑えた。
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私にとって一昨年11月以来久しぶりの山本周五郎氏の小説。読み始めからもう山本氏の世界引き込まれてしまいます。11編の短編どれをとってみても珠玉いえる。男同士の友情を描く『三年目』や『秋の駕籠』などは『さぶ』を髣髴させる話だ。
驚いたのは表題作『人情裏長屋』だ。めっぽう腕のたつ浪人・松村信兵衛は裏長屋住まい。金の入り用があると「取手呉兵衛」と名乗って道場破りをして金を稼ぐ。あっ、これは今から三十数年前、私がまだ中学生か高校生の頃にテレビでやっていた時代劇『ぶらり信兵衛道場破り』ではないか。高橋英樹が主演、信兵衛役でした。普段は贅沢をせずこつこつと仕事をしてつましい生活をしている信兵衛が、困っている他人を助けるためにまとまった金が入り用になると道場破りに出かける。信兵衛はめっぽう剣が立つので道場の門弟をつぎつぎ薙ぎ倒してしまう。いよいよ道場主との手合わせという段になって、最初は力の差を見せつけ道場主を追い詰めるのだが、そこで勝ってしまわず道場主がいまにも「参った!」という寸前になって逆に信兵衛が「参った!!」と言ってわざと負けてやり、あとで袖の下を頂戴するという筋書きであった。そうか、山本周五郎氏の小説がベースになっていたのか。三十数年たって初めて知りました。そういえばそんな浪人・信兵衛に岡惚れするおぶんちゃん役の武原英子の可愛かったこと。なんとも微笑ましく味わい深い時代劇でした。YouTubeで検索すれば少し視ることが出来るようだが、DVDは無いのかな。是非もう一度視たいものです。
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山本周五郎はいつか読まねばと思いつつ手を出せていなかったのだが、
読書会の課題図書になったので読む機会を得た。
推薦してくれたかっきーさんが言うように、
「どのページを開いても泣ける」というところまではいかなかったが
(僕の人生経験がまだ浅いのかもしれない)、
いつくかの短編はとてもよかった。
表題作の『人情裏長屋』は、読書会でいろんな感想を聞けて面白かったが、
僕の感想は、
●その場所のいい・悪いではなく、その人の居るべき場所、居るべき世界というのがあるのかもしれない。本来、下にいるべき人間が上に行っても不幸だし、松村信兵衛のような人間が下にいるのも、いいようでやっぱり不自然なのかもしれない。
●「おぶん」は若いのに、賢くて情のあるいい女。惚れる。
の2点。
他には『風流化物屋敷』に出てくる「おとみ」がとてもかわいくて惚れる。
『泥棒と若殿』は号泣。
『豹』の正三はなんて意気地なしなんだ!と思い、『麦藁帽子』は美しいいい話だなぁと思った。
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タイトル通り、長屋の短編小説。
高校生の頃、付き合ってすぐに別れた男の子が何故か貸してくれた本。
メッセージは、読み取れなかった。すまん。
しかし、面白かった。
たぶん時代小説、好き。
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とっても好きな短編です。読み応えがあります。
お化けが出てくるようなおかしみのある話から、
離れ離れになっていた夫婦の再開、友情、ぞくっと
するような話まで、次は何が飛び出すか
ワクワクしながら読んでいました。
個人的にすごく楽しませて頂きました。
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今月の図書館での出会いから…この表紙ではなく、古い版で灘本唯人さんのイラストレーションの表紙でした。好きなイラストレータのひとりです。この絵は、どうかな?この大きさでは、わからないなぁ…本の中身ですが、つまみ食いのような感じで、短編を読んだだけなのです。時代小説の名手という印象がありますが、現代小説も2編ほど収録されていて、そっちのほうを先に読んでしまいました。解説を読むと、山本周五郎さんは戦前に直木賞を辞退されたそうです。現代では、欲しくて欲しくてたまらないヒトたちが多いようですが、時代が違うのでしょう。短編をポツリポツリと読んでいきたいものです。
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上野千鶴子さんが東大の入学式の祝辞を述べて話題になり、僕は全文をネットで読んでとても素敵だなあとココロ動きました。
"がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。"
素晴らしいですね。視点、そして分かりやすい言葉のセンス。ハラショー。
最近、山本周五郎を再読していて、山本周五郎の世界観というか主題というか通低音というか、つまりは、"がんばっても報われない社会" そういうことなのかもしれないな、と。
なんだかんだ、ソレである以上は、現代性があるの無いのという以前に、普遍であり不変である訳です。悲しいかな。
例えば「人情」とかのコトバで位置づけて片付けてしまうのは、読書の愉しみとしては勿体無い。
これがまた書き手が人情なんてタイトルに入れちゃってると、かなり偏見と予断に晒されちゃう訳ですが。
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「人情裏長屋」。山本周五郎、新潮文庫。
チャップリンの映画「キッド」。しばらく見ていませんが、見るたびに涙腺が緩む傑作だと思っています。映画演劇小説漫画、兎角元来涙モロイのですが、40代に入って更に磨きがかかり。
山本周五郎さんの短編、この本の表題作、「人情裏長屋」も、同じくです。
初めて読んだのは、11〜12歳の頃で、かれこれ35年余の間に3〜4度読み返していますが、再読するたびに泣けます。困ったものです。
「キッド」系列の物語と言えば。映画なら「三人の名付親」「グロリア」「怪盗グルーの月泥棒」「依頼人」「スリーメン&ベイビーズ」などなど、どこまで解釈を広げるかで無限に人気のあるジャンルです。
考えれば「レ・ミゼラブル」も、バルジャンとコゼットですから。
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江戸時代。江戸。
青年の浪人者が、裏長屋で飲んだくれて暮らしている。気は優しくて腕が立つ、同じ長屋の気丈な娘が憎からず想っていたり。同じくうだつの上がらない浪人仲間で、妻に死なれ赤子を抱えて難儀中の者がいる。 主人公が面倒を見たら、ある日、赤子を主人公に預けたまま失踪されてしまう。「出世したら迎えに来ますからよろしく」と。
困り果てて、でも仕方なく赤ちゃん育てに格闘し、やがて情が移る頃には、主人公の暮らしぶりも健全になり。そんなある日、子を捨てた親が、なんと出世して迎えにやってきます。
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メロドラマ、卑怯といえば卑怯、ズルいと言えばズルい。エンタメです。万人受け���す。センチメンタルだしある種おとぎ話だし。そもそも時代劇なんだし。
そうなんですけど、主人公が赤ちゃんに、桃太郎を話聞かせる段、矢張り何度読んでももう堪りません。泣けちゃうものは仕方ありません。こればかりは、読み手に子供がいるからとかそういう次元でも無いようです。
主人公や、彼女さんや、赤子の父や、皆のそれぞれの状況やら、こだわりやら、ヒネクレ度合いやら、やるせなさやら「がんばってもそれが公正に報われない社会」というペーソスに、それが一時的なモノぢゃァなくて考えたくもないくらい年老いるまで続いて行くというコトと、そのことに自尊心を鉋で削られながら耐えて行く以外の選択肢を実際のトコロ与えられていないという…、浮世、憂き世の具体的すぎるリアリズムに生爪を剥がされ突き刺し貫かれる痛みにキチンと書き手が自覚的だからなンですね。一文が長すぎますが。だから泣ける。かけそばがイッパイだからって泣けやァしません。古いけれど。
…とまあ、少年期以来のファンとしては周五郎小説の応援演説ならば雨ニモマケズなんですが。
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表題作以外も、いつもどおりどれも読ませます。個人的には「豹」「麦藁帽子」はイチオシ。ともに、(執筆当時の)現代劇。
「豹」は手塚治虫のブラックな短編を思わせる、男と女、心の闇にゾクッとさせます。「麦藁帽子」は、かつて想いあった男女の歳月や心のヒダ。まさに憂き世に虐められてきたヒトの傷口が、かくも痛いのに美しくなれるという。野菊の墓なショートストーリー。
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ちなみに、作品の初出年、よくわかりません。
新潮文庫から出ている、いちばん普通に手に入れやすい短編集です。このシリーズはどうやら、山本周五郎さんの没後(1967)、親交のあった人の手で編集されたもので、「町人もの」「女性もの」「武家もの」「現代劇」などが、固まらないように、どの一冊を手にとっても、山本周五郎の魅力を広く知れるように、という狙いで作られた。それはそれで考えようによってはブラボーなお仕事なんですが、短編ひとつひとつの初出年というのが割愛されていてあとを追いづらい。
全集とか読んだりすれば、あるいは研究者の方々は無論わかるでしょうが。誰でも気軽に見れる全データみたいなHPとか、ないかなあ。(無かったら作りたい)