読割 50
電子書籍
鳥獣戯話 小説平家
著者 著:花田清輝
一等史料、正史とやらに隠蔽された人物たちを、周到な論理と、痛快・奔放な推理力を駆使して復権し、常に未来に向けての力強いメッセージとして語る、“本物のアバンギャルド”花田清...
鳥獣戯話 小説平家
ワンステップ購入とは ワンステップ購入とは
鳥獣戯話・小説平家 (講談社文芸文庫)
商品説明
一等史料、正史とやらに隠蔽された人物たちを、周到な論理と、痛快・奔放な推理力を駆使して復権し、常に未来に向けての力強いメッセージとして語る、“本物のアバンギャルド”花田清輝の毎日出版文化賞受賞の『鳥獣戯話』、“平家作者考”とも言うべき異色の秀作『小説平家』を併録。
あわせて読みたい本
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
小分け商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この商品の他ラインナップ
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
紙の本
突破者どこへ行く
2014/11/20 21:33
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
武田信玄よりも、息子である信玄に国を追い出された父親の信虎に着目するというところからまず皮肉だ。その信虎が猿を飼っていたとあれば、武田軍団の戦法は猿の群れを真似たのだろうと言い、狐の話をしたとあれば、信長との化かし合戦の末に死後に本能寺に斃したと言う「鳥獣戯画」ならぬ「戯話」。読んでるとそんな気になって来るのだが、よく考えたらそんなわけはないだろうとなり、どこまでが空想でどこからが論評なのかうやむやの彼方に飛び去ってしまう。
下克上の世の中で、信長にしろ信玄にしろ、英傑たちは戦乱を終わらせようという行動原理で動いていたと思われるが、作者が信虎に仮託するのは武力ではなく言論でそれを行おうとする姿であり、ある種の近世の幕開け的な人物としている。「甲陽軍鑑」を初めとして当時の文献が不正確であり、ことに信玄を英雄視するためのひいき、曲説多しという前提から発展させてのことにはもっともらしさがあり、足利義昭のお伽集として、様々な陰謀をめぐらせていたというのは非常に面白い。もっとも彼の行動原理自体、子の信玄を憎しとして陥れようとしているとも、信長を倒して武田家を始めとする各地の有力大名の手で新時代を切り開こうとしているとも見えて、さてどこに芯のあることか幻惑されるのだが、口八丁の裏工作で陰で糸引く怪人としての迫力は満点だ。
「小説平家」では「平家物語」の作者は誰なのかについて、通説で言う「徒然草」にある信濃前司行長でなく、「平家物語」の登場人物でもある一字違いの海野幸長の書き誤りであるという新説で挑む。専門家に聞くと鼻で笑われたらしいが、この幸長説の方が面白い。それは幸長の生涯自体が面白いからだ。奈良で学僧として名を挙げた後、右筆として源義仲に仕え、それから京を逃れて東国に彷徨い、義仲の遺児義高の鎌倉からの逃亡の物語「清水物語」を影で糸を引いていただの、富士山麓に網目のように広がっていた洞窟に反頼朝陣営の人々が結集していたのと、またもや奔放の極みとも言えなくもないが、「吾妻鏡」なとの史書の歪められたと思しき部分をくぐり抜けて、伝承や物語の中に潜まされた真実をうまく引き出しかけている。なにより彼の生き様こそが、「平家物語」を貫く思想にふさわしいという論証が爽快だ。
さらに妄想は広がって、海の雫と消えたはずの安徳天皇が瀬戸内の小島で生き延びていたという、これも伝説だが、そこから役の小角か天竺ばりの魔術使いが活躍しはじめ、その狙うところは失われたはずの三種の神器か仏舎利かと、とめどなく歴史の暗部に分け入っていく。
それもこれも、権威や建て前に守られて存在する歴史、事実といったものの中にある空虚さをさらけ出して、緻密に練り上げたフィクションと対比させてしまおうという、底意地の悪さが痛快だが、この既成の常識を突破した先の出口はどこにあるのだろう。
電子書籍
小説だからこそ、気楽に読める
2019/01/28 12:41
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
花田清輝という人は、その昔、吉本隆明と激しい論争を繰り返し、最終的には敗れ去った人として世の中では認識されているらしい。その詳しい中身を調べてみようとネット検索するものの「吉本隆明」というだけで体が拒絶反応をしめしてしまい全く頭にはいってこない。よしもとばなな氏のあとに花田氏の作品を選んだのはたまたまであって意図したものでは全くない。この作品は、はたして小説なのかと読み始めてすぐに思ったのだが、武田信虎や平家物語の作者だと花田氏が決めつける海野幸長について思い存分に筆を走らせるためには、「小説」である必要があるのだということが読んでいるうちに理解できた。小説だからこそ、こちらも楽な気持ちで付き合える