紙の本
東南アジアへの視座
2015/09/27 10:02
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投稿者:タヌ様 - この投稿者のレビュー一覧を見る
世界史を学んだ程度だと、どうしてもEUの英仏独ような国民国家の歴史の観点をもってしまい、東南アジアの世界に対してイメージのある歴史を思い浮かべることができないのである。
著者はこの分野では大家であり、一般向け著作への期待は大きく、また読後感もそれなりであった。海を経由しての交易や華人商業ネットワークがそれぞれの王国を結び、仏教からイスラム教徒大きなうねりが国民性を彩り、そして大航海時代に列強の侵略に出会うこととなるのである。
いま、ASEANとくくられるものであっても個々の国民性や文化はしっかり息づいているこの地域の国々への著者の視点は冷静であり、ぶれのないものである。
読み物として面白い。
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「東南アジア」とはなにか?
2002/06/16 17:51
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投稿者:のらねこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
「東南アジア」という実態のない概念を、真っ正面から説明しようとした労作である。
ラッフルズの構想と実際の政策により、さまざまな民族や宗教、人種が混在している地域に、近代的な「国家」という概念が導入されたことから、さまざまな矛盾と逆説にさいなまれながらも、主として「外部からの圧力」を契機として、最初は植民地国家として、次いで、国民国家としての体制を、この地域の国々は整えていく。
二十世紀に入り、旧大日本帝国、アメリカ、中国など、周囲の勢力からの少なからぬ影響を受け、ダイナミックに変容をする様子が、新書、という体裁のせいで字数的な制約はあるものの、かなり詳細に説明され、アジア経済危機のさい、民族紛争や宗教対立が頻発した国とそうでなかった国、の差を、「同質性の差=国民国家の形成に成功した国と成功しなかった国の差」だと説明する。
最後に、今後の展望として、「アメリカのヘゲモニーは当面安泰であろう。日本は? 日本がアメリカにかわり、アジアでヘゲモニーを握る可能性は少ない。中国に、ついても同様」とし、基本的に「中国は農業が国の中心となったときに安定し、経済的な活動が活発になると国家としての枠組みは揺らぐ」と説明、国家としての中国より、「中国文化圏の経済的な影響力」の大きさのほうを強調している。
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ビジネスマンも必読
2001/03/31 08:51
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投稿者:大網さん - この投稿者のレビュー一覧を見る
プラザ合意以降の円高に伴い、日本企業のアジア進出が進んだ。しかし、それで日本人のアジア理解が深まったかというと、そういうわけではない。
本書は欧米による近代的秩序が持ち込まれる以前から現代までの東南アジアを、地域の枠組み・国家のアイデンティティという視点からまとめている。テーマは非常に大きいものだが、非常に要領よくコンパクトにまとめられており、ビジネスマンにも一読の価値があると思う。
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東アジア
2021/02/08 08:58
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投稿者:なつめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本も含めた東アジア、東南アジアのとらえ方がよくわかりよかったです。海を渡っての交流など、興味深く読むことができました。
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本質はリアルポリティクス
2003/05/10 15:57
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投稿者:梶谷懐 - この投稿者のレビュー一覧を見る
アメリカ主導による「世界の帝国化」が話題になっている現在、アジア地域における国民国家システムとは異質な地域秩序のあり方を「海の帝国」と名づけて話題になった(吉野作造賞受賞)この本を読み返してみるのも悪くはないんじゃないだろうか。
この本のいう「海の帝国」とは、具体的には16世紀ころから東南アジアに存在した、現在の国民国家システムとは異質の地域秩序のことを指す。浜下武志さんが提唱した「朝貢システム」に近いものといってもいいかもしれない。このシステムの特徴は、中央政府のようなかっちりとした政治的実体が存在しない中、華人やブギス人を中心とした自由な商人たちの交易ネットワークによって各地域が緩やかに結びついていた点だ。
近代的な国民国家は「帝国」との緊張関係によって生じてきた、というのが歴史学の教えるところだ。しかし、「海の帝国」の存在した東南アジアの場合、西洋列強の植民地支配がなければ国民国家の成立はありえなかった。西洋人による植民地支配と教育を受け、エスニックなグループごとに居住地が定められる中で、アジアの人々特に現地のエリート層の間に強固な「国民(われわれ)」意識が生じてきた。それが第二次世界大戦後の独立運動につながったことは説明するまでもないだろう。
じゃあ、第二次世界大戦後、多数の国民国家が成立したことで「海の帝国」は解体されたのか。そんなことはない、と白石さんはいう。ソ連や中国といった社会主義国に対抗しようとするアメリカの東アジア秩序構想のもとで、日本も含む形で資本主義的な貿易のネットワークが新たに出来上がった。これが社会主義中国に代表される「陸のアジア」に対する「海のアジア」であり、ここに戦前の「海の帝国」の性質が継承されている、というのが白石さんの見方だ。
「海の帝国」という概念を駆使して東南アジア政治史の大きな見取り図を描こうという試みは面白いけど、いくつかの点で違和感が残る。まず、華人やブギス人商人が主役であるこの本の前半部分と、アメリカによる東アジア秩序構想が前面に出てくる後半部のギャップが大きすぎる。たとえば後半部分には華人による商業ネットワークの話が全く出てこない。肝心の「海」が途中からどこかに行ってしまった、と言ったら言いすぎだろうか。
また、白石さんはどうも国民国家的な秩序に対抗するものとして「海の帝国」という概念を持ち出しているわけではないようだ。それどころか、アメリカのヘゲモニーを前提とした国民国家システム、という現在の地域秩序に変わる新たな「地域主義」が東アジアに生まれる可能性はありえない、そんなものに賭けて英米本位主義を排そうとするのは狂気の沙汰だ、とはっきり言い切っている。現実主義的な見方をすることが悪いとは思わないけど、「海の帝国」なんて大風呂敷を広げたわりにはずいぶん現状追認的で尻すぼみの結論だな、という印象はぬぐえない。
総じて言うと、「海のアジア」「帝国」という流行の用語を用いているわりに、この本の基本的な枠組みはオーソドックスなリアルポリティクスの認識に近い、というのが改めて読み返してみての感想だ。だからタイトルに惹かれて、国民国家を超える新たな世界秩序の見取り図をさぐる、といったポストモダン的な問題意識を期待してこの本を読むと、かなりがっかりするかもしれない。著者にしてみれば知ったこっちゃないだろうけど。
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・出だしはラッフルズの伝記かなにかかと思わせる感じだけど,ちゃんと読み進めると,アジアの覇権と秩序のあり方についての優れた論考になっている.
・日本の戦時中の行動については,ちょっと言及を避けているようなふしもある(第5章と第6章の間で時間が飛んでいる感じがする).
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帝国、地政学などを本が若干増えています。しかーし、あくまでも批判的地政学の視点から・・・。これも100円。未読
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元・京都大学東南アジア研究センター教授(現代インドネシア史、現在は名誉教授)、現・政策研究大学院大学教授の白石隆の描く広域海洋地域としての東南アジア近代史。
【構成】
第1章 ラッフルズの夢
第2章 ブギス人の海
第3章 よちよち歩きのリヴァイアサン
第4章 複合社会の形成
第5章 文明化の論理
第6章 新しい帝国秩序
第7章 上からの国民国家建設
第8章 アジアをどう考えるか
私も含めて日本人にほとんど知られていない東南アジアの近現代史を、一人の歴史学者が有機的な社会構造変化に注目しながら叙述するという一事をとってみても本書は画期的であり、予備知識無しで理解できる優れた歴史書として幅広く読んでもらいたいと思う。
話の幕開けは19世紀初頭、イギリス人ラッフルズによってシンガポールが建設される時点からである。その時点でのマラヤは、諸王たちによってまんだらのように勢力圏が形成された地域であった。ここにマラッカ海峡を支点としてマレー半島と周辺の島嶼を結ぶ海域は華僑たちによって、ネットワークが形成され、そこにイギリス政府の権威が形成され、海峡植民地がイギリス非公式帝国として成立したのであった。イギリスが望む自由貿易システムが適用されるようになったのである。
19世紀後半になると、これら植民地国家に変化のきざしが見え始めた。マックス・ウェーバーが定義するような正真正銘の主権国家ではないが、それでも一定の意志決定、国家的経済活動を行い現地人を支配する「よちよち歩きのリヴァイアサン」がこの海域に誕生したのである。
ヨーロッパ人官吏は、現地人たちをヨーロッパ的な秩序の下に管理・支配するようになった。そしてこのような管理体制は、現地人たちを、それまで全く意識されることのなかった「○○人」として社会的に定義し、民族に地理的・文化的な線引きがなされるようになった。現地経済を担った中国人や現地商人たちは力をつけるとともに、ヨーロッパ人の文明化の恩恵を蒙る階層を形成し、主体的で民族的な「わたし」という言葉を獲得することになった。
19世紀後半から20世紀前半において、これら植民地国家は、明治維新以来の日本の近代化政策とは全く異なる道ながら、しかし確実に近代国家形成の道を歩んでいたのである。著者が言うように、戦間期のインドネシアで見られたような民族意識の昂揚は、オランダ東インドをしてリヴァイアサンの「警察国家」化を促進させることになるが、それは裏を返せば彼らの文明化プロジェクトが「民主主義」という思潮を現地住民にも浸透させていったことの証明だと言えるだろう。
さて、1945年夏に大日本帝国の軍事力が一挙に東南アジアから消滅すると、この地域に遂に本来的な意味の主権国家が登場することになった。しかし、そこにはアメリカ合衆国という超大国による軍事的・経済的な地域秩序の形成という強い意志が介在していた。アメリカは東南アジアに、アジアの中核である日本の原料供給地、市場としての重要性を見いだすとともに、1950年代後半以後は、インドシナ半島を中心とした���事戦略を展開した。
1950年代は、植民地国家から独立した各国が国内体制を確立しはじめる時期であったが、多くの場合は独裁的な軍事政権による「権力集中」による政権安定・経済発展が志向された。本書ではタイ、インドネシア、フィリピンの戦後の権力構造が19世紀以来の社会構造の差異から説明されており興味深い。
本書によれば「東南アジア」という地域名は戦後になって初めて名付けられた名前だという。海禁策を推進した清朝や満蒙に勢力伸長を企図した戦前の日本に代表されるような「陸のアジア」に対して、この「東南アジア」はイギリスの自由貿易体制を中心にした「海のアジア」が近代において成立し、そして戦後にいたって冷戦期に中国との交易を分断されたものの、冷戦崩壊後今日に至るまで経済協力体制の構築が進められている。
「民主主義」という点ではまだまだ成熟してはいないが、このような歴史的な経緯を含めた日本の対東南アジア外交の行方を考えさせる書物である。
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イギリスによる海洋地域統一の理想から、フランス、スペイン、イギリスによる植民地化、20世紀のアメリカ、日本、東南アジアの三国貿易の拠点と変化する歴史が書かれている。ポイントは15世紀頃からの華僑ネットワークが張り巡らされていることである。中国語を学ぶことは東アジアを又に掛ける上で思った以上に重要かもしれない。
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何度も読み直したくなる学術書
というのはなかなかない。
ましてや自分の専門分野以外とくれば。
最初に出会ったのは、
大学3年のとき。
「東南アジア地域研究」という講義でテキストとして使われていた。
上海に3年いた間、
私は頻繁にこの本のことを思い出し、
読みたいと何度も思った。
帰国してもう一年が経とうという今、
その願いがかなってこうしてレビューを書いている。
日本も昔はそうだった。
廻船問屋が力をもち、商売も貿易も盛んだった。
人が海よりも陸を中心に生活をするようになって
アジアは変わった。
人は海から離れ、陸を時速300キロ以上で駆け抜け、
空を飛ぶ。
藩や海の曼荼羅は消滅し
リヴァイアサンが巨大になる。
時にはこうやって
感情を育てながら学術書を読むのもいい。
またきっと本棚から取り出して読む日が来る。
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アジア、というか主に東南アジアを軸にした歴史書というか教科書というか。構成の面で、作者が言いたいことが見事に表現されていると思う。
特に戦後におけるタイ、インドネシア、フィリピンの近代国家への歩みの中での類似点、相違点の比較は興味深かった。
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[ 内容 ]
「海のアジア」、それは外に広がる、交易ネットワークで結ばれたアジアだ。
その中心は中国、英国、日本と移ったが、海で結ばれた有機的なシステムとして機能してきた。
世界秩序が変貌しつつある今、日本はこのシステムとどうかかわっていくべきか。
二世紀にわたる立体的歴史景観のなかにアジアを捉え、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイを比較史的に考察する。
第一回読売・吉野作造賞受賞。
[ 目次 ]
第1章 ラッフルズの夢
第2章 ブギス人の海
第3章 よちよち歩きのリヴァイアサン
第4章 複合社会の形成
第5章 文明化の論理
第6章 新しい帝国秩序
第7章 上からの国民国家建設
第8章 アジアをどう考えるか
[ POP ]
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☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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東南アジアをシステムとして動態的視点から描き出した良書である。筆者によれば東南アジアとはアンダーソンのいう「想像の共同体」にすぎず、具体的に指し示すことができないものである。なぜなら、タイ史、ベトナム経済史など、東南アジアを構成する数々の国にまつわる諸説をひとまとめにしたとしても、「東南アジア学」として昇華されないからである。従って、この東南アジアをモデル化しなんらかの学説を唱えたいのであれば、それをシステムないしプロセスとして捉え、誕生から消失までを動態的に描き出す必要があるというのが筆者の主張である。
東南アジア諸国を歴史的な時間軸に当てはめて考えた場合、最終的に抽象化される概念は「多層性」と「開放性」であろう。かつて19世紀初頭の東南アジア諸国において、現在使われている●●人といった呼称は用いられていなかった。当時の東南アジア諸国は王の力を中心とした不明確な範囲によって区切られており、現在の国境線が示すように具体的な範囲を持つものではなかった。つまり、王国を統治する王の力が弱くなればこの範囲は相対的に矮小化し、逆もしかりだったのである。この世界において国家と民族的なカテゴリーは存在しない。当時の東南アジアでは●●人という呼称は単に文化的なものを示す言葉であり、現在のように運命的・先天的なものではなかったのである。しかし、このシステムはヨーロッパ諸国の植民地化によって激変することになる。まず植民地化によって王国は廃止された。このため、東南アジアという地域に具体的な国境線を持った国々が誕生していく。そして、そのように具体的な国境線によって区切られた内部に対しても、ヨーロッパ諸国は制度変革を行っていく。それはすなわち、民族的カテゴリーの形成であった。ヨーロッパ諸国は植民地統治をより容易にするために、植民地が内包していた多様性を、民族的カテゴリーを複数形成することによって管理したのである。これが東南アジアにおける複合社会の始まりであった。
このような統治のあり方はスコットが主張した概念を用いるとsimplificationされたものだということができる。彼の主張に乗っ取れば、国家は統治を容易にするために国民が持つ多様性を無視し、画一的に扱うのである。このようにsimplificationが進展していくと国家と画一化された国民との間に乖離が肥大化していき、最終的には統治政策の失敗を引き起こすというのがスコットの主張であった。
東南アジアではこのように、植民地化によって上から「人為的に多層化」され、また他の様々な植民地から影響を受け、近代国家として形成していったのである。このような近代国家の形成過程における特徴は、東アジアにおける近代国家の形成過程と比較するとより顕著になろう。すなわち、日本では欧米を目標として上から近代国民国家形成がなされ、それは閉鎖的なものであった。この特徴は中国においても指摘できる。このように見ると、東南アジアの近代国民国家形成は「多層性」と「開放性」が特徴であったということができるだろう。
スコットはsimplificationによる国家と国民の間のギャップの問題を指摘したが、東南アジア諸国においてはどうだったのか。それは、これらが独立を勝ち取り、近代国民国家を形成していく中での「ナショナリズム」の問題として指摘されよう。独立後の東南アジア諸国においての最大の目標は強力な国民国家の建設であった。しかし、そこにあるのは旧宗主国によって人為的に形成された民族的カテゴリーであった。従って、独立当初の東南アジア諸国は国民国家形成に必要である「ナショナリズム」を生み出す原動力を欠いていたと言えよう。このような組織をまとめるために、強力な中央集権体制、いわゆる開発独裁が独立後の東南アジアの多くの国で誕生したことは必然と言えよう。
このように、以上のような歴史的経緯を持つ東南アジア諸国が持つ「多層性」と「開放性」という特徴は、本書のタイトルが示すとおり、「海の帝国」という様相に関連付けて考えることができるだろう。
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東南アジアの歴史から紐解き、日本がどのようにアジアと接すべきかを論じた本。この本もITSの大先輩に進められて読んだ。
19世紀初頭のラッフルズのシンガポールを含めた新帝国の夢から始まる。
今あるアジアの地域秩序のシステム的な安定を図り、そのもとで日本の行動の自由を拡大していくことが結論としている。言い換えると、"アジア地域秩序の安定を図るため、経済協力・文化協力・知的協力・技術協力などの交流の拡大と深化を行い、日本・東アジア関係の経済的・社会的・文化的パラメータをゆっくりかえていくことで、長期的に日本の行動の自由の拡大がそれぞれの国の利益になる仕組みづくりが必要。"と述べている。
このパラメータについては明確に言及されていない。が、想像するに相互に影響し合うことで、同化ではないと思われる。すなわち同化でない「アジアの中の日本」を目指すことでもある。
(といっても判ったような判らないような)
でだしの数章が圧巻である。18世紀は海のまんだら、陸のまんだらを称するように、海上貿易が盛んであった。そこにオランダ人、イギリス人などの東インド会社がアヘンを売るなど中国系の秘密結社と手を握ることで、栄えていったという暗い過去がある。シンガポールの建国前後の話にも唸らされる。
今まで東南アジアとの付き合いもあったが歴史的背景を気にしたことはなかった。これが筆者のいう"パラメータをふって"のきっかけなのか。
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マレーシアのまんだら的世界観・「国家」観についてや、そもそも「東南アジア」という概念の成り立ちとその基盤の危うさについて知ることが出来てよかったが、実際の内容が結構ガチで(タイトルに反して)マレーシアの歴史限定なので、今はそれ以上は踏み込まないことにした。