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賢者たちの街
1937年の大晦日。25歳の本好きな秘書ケイティは、下宿先のルームメイトのイヴとともに繰りだしたグレニッチ・ヴィレッジのバーで、完璧な服装と振る舞いの若き銀行員ティンカー...
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賢者たちの街
商品説明
1937年の大晦日。25歳の本好きな秘書ケイティは、下宿先のルームメイトのイヴとともに繰りだしたグレニッチ・ヴィレッジのバーで、完璧な服装と振る舞いの若き銀行員ティンカーと出会い、友達になる。この一夜が、3人を上流階級へと導く1年間の幕開けとなる──ウィットと教養に溢れた会話、ディケンズ、ソロー、クリスティーといった往年の作家の名作、20代の万能感と残酷な喪失……夢に向かって登ってゆく者たちの青春のきらめきをすべて詰め込んだ1冊。
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紙の本
煌めきはやがてほろ苦さに
2024/03/31 17:24
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投稿者:pinpoko - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者の初めに翻訳された『モスクワの伯爵』が高評価らしいが、デビュー作であるこちらも素晴らしいの一言に尽きる。
二つの大戦のはざまでつかの間の繁栄を味わうニューヨーク、マンハッタン。我々がニューヨークといえば、真っ先に思い浮かべるのが華麗な高層建築群だが、じつはそれらはこの物語に先立つこと10年前の株価大暴落に端を発した大不況下での一大失業対策事業の成果でもあった。
今に残る豪華なペントハウスが、失業と貧困に喘ぐ人々の労働の結晶であったというのが何とも皮肉だ。そしてこの皮肉が本作に登場するケイティとティンカーを取り巻く人間模様にも重要な関わりをもって物語は進行する。
全編、1938年当時のスノッブなニューヨークの生活の細部が散りばめられ、やがてそれらがパズルのピースのようにあるべき場所に収まってゆく。移民2世でマンハッタン周辺の低所得層の住む地域出身のケイティは、努力の甲斐あって今は大手法律事務所の秘書として働いている。そんな彼女のルームメイトは、中西部の実業家の娘だが、そこでの先の見えた生き方に満足できないイヴ。二人で気ままな都会暮らしをおくっているが、1937年の大みそかに二人の運命を変える出会いが起こる。
仕立てのいいカシミアのコートを着て、完璧なマナーを身に着けた上流階級の男性ティンカーだ。鋳掛屋という労働者を思わせるニックネームを自らにつけるのは果たしてどういう心境なのか。世間知らずのお坊ちゃんではないというアピールなのか、堅苦しい礼儀作法の下には、下情に通じたくだけた顔があるという証なのか。
財産や地位目当てだけではない微妙な三人の関係が始まるのだが、ある交通事故をきっかけにティンカーはイヴを自宅に住まわせ、やがてリゾート地を一緒に旅行するうちに男女の仲になってゆく。ここでケイティはあからさまな嫉妬など見せず、あまり会わなくなった二人から、緩やかに別の友人の輪に移ってゆく。このあたりの心理描写と背景となる様々なクラブヤパーティーの様子が、そこにかなりすんなりと溶け込むケイティの適応能力の高さを見事に表現している。
このケイティが、上昇志向むき出しのハングリーさではなく、ゆっくりと漂いながらも自分の目指す方向を正確に見極めている女性として描かれているのが何とも心憎い。秘書としての業務でも上司に一目置かれ昇進を打診されるし、華やかな付き合いをしながらも、かなりの読書家であり機転もきき、何より階級の違う相手にも気のきいた言い回しで見事に自分の考えを伝える様は、21世紀の現在でもお手本にしたいくらいだ。
とくに印象的だったのは、ペントハウスから紙飛行機を飛ばすシーンだ。まるで人生のように風や障害物や奈落を乗り越えて、計算しつくされたフォームと度胸と少しの運が明日の運命を切り開く。そこでは見せかけの上辺は役に立たない。後年ひとかどの地位を築いたケイティがある写真展で見かけたティンカーの2枚のポートレートがそれを物語っている。