新撰クラシックス 藤十郎の恋/忠直卿行状記(小学館文庫)
著者 著:菊池寛
【ご注意】※お使いの端末によっては、一部読みづらい場合がございます。お手持ちの端末で立ち読みファイルをご確認いただくことをお勧めします。人生の実相を解き明す菊池寛の戯曲・...
新撰クラシックス 藤十郎の恋/忠直卿行状記(小学館文庫)
商品説明
【ご注意】※お使いの端末によっては、一部読みづらい場合がございます。お手持ちの端末で立ち読みファイルをご確認いただくことをお勧めします。
人生の実相を解き明す菊池寛の戯曲・短篇集。
芝居のための芝居によって男は芸を獲得し、女は死を選んだ。元禄期の人気歌舞伎役者・坂田藤十郎が打った恋の芝居を描いた「藤十郎の恋」など、戯曲3篇、短篇3篇を収録。〈新撰クラシックス〉シリーズ第4作。
※底本の解説文は反映されておりません。
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てっきり史実だと思っていたら……。
2011/07/14 12:44
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:辰巳屋カルダモン - この投稿者のレビュー一覧を見る
歴史上の人物や事件に題材をとった小説や戯曲はたくさんある。その創作世界の方が世に知れて、後世にあたかも史実のごとく伝えられることもある。歌舞伎の忠臣蔵や勧進帳がそうだろう。表題作『忠直卿行状記』もそのひとつだ。
越前福井67万石の藩主、松平忠直は徳川家康の次男、秀康の息子。素晴らしい血筋だ。大阪夏の陣の活躍で、祖父、家康から褒美に名物の茶入を与えられた。だが、その後次第に乱行が噂されるようになり、31歳のとき幕府から豊後に追放され56歳で没するまでの後半生をその地で終えた。
こうした断片的な記録をもとに著者は、「これこそが史実だ」と読者が納得し錯覚する傑作を作り上げた。
生まれながらの権力者ゆえの孤独に苦悩する青年君主、その心の動きが緻密に描かれる。
「それは、確かに激怒に近い感情であった。しかし、心の中で有り余った力が、外にハミ出したような激怒とは、全く違ったものであった。その激怒は外面は、旺んに燃え狂っているものの、中核のところには癒しがたい淋しさの空虚が、忽然と作られている激怒であった」
折々、このように詳しすぎるほどの心理描写が入る。理路整然、実に現代的感覚の心模様だ。
権力者は孤独だといわれる。「権力」という絶対的な力を手にしているのだから「孤独」に耐えるくらいのことは当然だ、とする雰囲気もある。本当にそうなのだろうか。
忠直卿が凡庸な君主なら適当に折り合いをつけて「孤独」と上手く付き合っていけたかもしれない。かなり優秀な人だったゆえにプライドがアダとなり悲劇は膨らんでいった。
人と人との付き合いがしたい、との切なる願い。しかし、ただ服従のみの家臣に思いは伝わらない。怒りに触れた家臣が切腹したと聞いても淋しく笑うばかりの忠直卿。
これは遠い昔にいた非道なお殿様のお話ではなく、目の前の壁を打ち破ろうと奮闘するも果たし得ない悩める一青年の物語なのだ。
かたや、もうひとつの表題作『藤十郎の恋』には心理描写がほとんどない。こちらは歌舞伎の戯曲なので、むしろ逆のように思われるのだが。両者の違いが興味深い。
著者は歌舞伎に造詣が深かったという。役者を信用してその演技にすべてをゆだねたのだろう。何とも頼りない読後感は、芝居を観て初めてひとつの作品として完結するらしい。実業家としても成功した、著者の「芸」の深さを感じる。